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30-2(ディートリヒ)

 ディートリヒはイグナーツの言葉に頷いた後、「もちろんです、殿下」と答えた。




「望まない行為を押し付けられることがどれだけ恐ろしいか、俺ほど良く知っている者はいないと思いますので。王女殿下が望まない限り、耐えきってみせますね」




 幼い頃から何度も、ディートリヒの意志など関係なしに強要された行為。幸い、ある程度の年齢になったころには、魔法や剣を使いこなすことが出来るようになっていたため、本当の意味での行為を強要されることはなく、逃げ切ることも出来たわけだが。


 幼い頃の記憶というのは根深いもので、ディートリヒはこの年になっても、他人に触れられることを忌避する傾向にあった。素肌での触れ合いなど、以ての外だと思っていた。


 彼女に、想いを寄せるようになるまでは。




「……あの子が望むのならば別、とでも言いそうな台詞だな。兄として、妹が愛されているのは嬉しいことこの上ないが、あの子は王族だ。結婚するまで、……せめて婚約するまでは、やめてくれよ」




 ディートリヒの言葉に一瞬息を詰まらせたイグナーツは、しかし続いた冗談交じりの台詞を拾い、苦笑交じりに呟く。ディートリヒとて、酒の席を暗くしたいわけではなく、イグナーツの言葉に笑って、「覚えておきましょう」と答えた。


 王族である彼女との結婚となれば、数か月どころか一年は先となるため、気が遠くなりそうだが、婚約式はすぐそこに迫っているから。と言っても、先程口にした通り、彼女が望まなければ話は違う。それだけは、絶対だった。




(彼女が俺を傷付けるのは構わない。でも、俺が彼女を傷付けることだけは、俺自身が許せそうにないからね。……不思議だな。もっと触れたいなんて、触れて欲しいなんて。……俺が、他人に対してそんなことを思うなんて)




 酒が回り、僅かにぼんやりとした思考で考える。


 相手が女であろうと、男であろうと、初めてだった。心の底から、触れたいと願ったのは。抱きしめていてなお、もっと近くに行きたいと願ったのは。


 これ以上近付くはずのない距離が遠く感じ、もどかしいなどと、自分でもおかしいのではないかと思う。それでも、もっとと思うのだ。もっと、もっと傍にいたいと。


 彼女と共に眠るようになった頃は、まだ良かった。眠れない毎日を過ごした故に、病的に痩せ細っていた彼女に自分の欲をぶつけようなどと、思うはずもなかったから。


 ただ大事にしたくて、労り、護りたくて。傍で眠っていても、彼女が負担に思わないようにと、神経を尖らせていた。


 それが、今では。




(……気付いてないのかな、アウレリア。以前と比べて、健康的になってきて、どこもかしこもふわふわしてる。もちろん、まだまだ他の令嬢たちに比べたら細いけれど。……素直に甘えられるのが俺だけなんだろうし、擦り寄ってくるのとかもう、本当、すごく嬉しいんだけどね)




「本当に、可愛すぎて、ただの生殺しなんだよ……」




 堪えきれずに零し、頭を抱えたディートリヒを、イグナーツとレオンハルトは哀れみを込めた目で見ていた。




「……あ。そういえば、王太子殿下。王女殿下は明日、レオノーレ女神に会うんですよね? 伝承では。ディートリヒ、お前、あの話したの? お前が見た夢の話」




 ふと、思い出したようにレオンハルトが問いかけてくる。すたすたと歩いてテーブルの方へと向かい、自分で用意していたらしい酒の瓶を、そのまま口許に運びながら。


 年の割に幼い顔をして、行儀が悪い彼をちらりと見た後、イグナーツが「何の話だ?」と訊ねてくる。ディートリヒは顔を上げた後、余計なことをと思い、レオンハルトを睨みつけた。


 以前、アウレリアと共に眠った際に見た夢。とある名で呼ばれる女と、とある者にそっくりな見た目の男の夢。前回レオンハルトと共に酒を呑んだ際、その話をしたのだ。丁度その時に話題になった男が、夢で見た男とそっくりだと、そう思った相手だったから。


 しかしその夢に何の意味があるのか分からず、酒の席での戯言に留めたはずだったのだが。


 興味深そうにこちらを見てくるイグナーツに、ディートリヒは軽く息を吐く。「王女殿下と共に眠るようになった日に、ある夢を見たのです」と、告げた。




「何もない荒野を歩く、男女の夢。その男は女を、『レオノーレ』と呼んでいました。女神と同じ、その名で。女は男を、『ゲオルク』と。そして、その男の容姿なのですが。……俺の影に封じられている魔王に、そっくりだったのです」




 「色味以外は、瓜二つと言って良いほどに」とディートリヒは続けた。しかも、それだけではないのだ。




「実は先日、もう一度見ました。同じ男女の夢を」




 もう、ひと月ほど前になるだろう。アウレリアの本心を聞き、俺の傍にいたいと言ってくれたあの日。また見たのだ。あの二人の夢を。


 レオンハルトにも話していなかったため、というより会う機会がなかったため、彼もまたじっとこちらを見ていた。一方、イグナーツは、アウレリアとは違うその碧の目を細めると、「どんな夢だった?」と訊ねてくる。


 視線を手元のワインに落とし、ディートリヒは再び口を開いた。


 「愛おしそうに手を取り合って微笑む、二人の姿でした」、と。

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