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30-1(ディートリヒ)




「あれで無意識だから、どうしようもないよね。……生殺しって、思った以上につらい……」




 疲れた顔で呟くディートリヒに、その場に居合わせたレオンハルトと、上司に当たる王太子、イグナーツは思わず顔を見合わせる。レオンハルトは呆れたような顔になったが、イグナーツは困ったように笑った。




「ちなみに、……まあ何となく想像はつくが、何の話か聞いても良いか?」




 イグナーツはテーブルの上のグラスにワインを注ぎながら、薄く微笑んでそう問うてくる。穏やかで、優しい雰囲気を纏う彼は、やはり彼女と血が繋がっているのだなと、そんなことを思った。




「部下の為に、自ら酒を持って、酒の席に誘ってくださる、優しい王太子殿下の妹君のことですね」




 片手に持ったワイングラスを捧げて、冗談めかしてそう口にする。イグナーツは可笑しそうに笑って、「我が妹は、随分と魅惑的な存在らしい」と言い、ワイングラスに口を付けた。


 ここは、レオンハルトに与えられた爵位、ヒットルフ侯爵家の本邸となる屋敷である。新たに作られた爵位のため、貴族の屋敷が立ち並ぶ区画にありながら、少々王城から離れた位置にある屋敷を与えられていた。と言っても、王城に毎朝通うのには問題ないくらいの距離であるため、レオンハルトは満足しているようだったが。


 以前も、別の侯爵家の屋敷だったらしいのだが、所有していた領地が魔物に襲われ、経済的に立ち行かなくなり、没落したという話だった。その後、王家が所有して管理しており、レオンハルトに与えられたというわけである。


 そんなヒットルフ侯爵家の屋敷の中は、まだ物も少なく、がらんとしている。現在ディートリヒたちがいる客間も、ソファやテーブルがあるだけの空間という感じだった。貴族の家を飾るような、装飾品という物が見当たらないのである。


 足を踏み入れた直後に、思わずレオンハルトに訊ねたのだが、「オレに分かるわけがないだろ」と言われてしまった。「お前の屋敷も、似たようなもんだろうね。きっと」と続けられ、口を噤んだのがさっきのことである。ディートリヒと言い、レオンハルトと言い、元々は平民なのだ。屋敷の装飾品など、分かるはずもなかった。




「でも、良かったじゃないか。魅惑の我が妹が禊のためにいないのだから、眠ることは出来ずとも、ゆっくり休めるだろう」




 ゆったりと、この屋敷唯一の、客用のソファに腰かけた王太子は、そう言ってまたグラスを傾ける。彼の言う通り、アウレリアは明日の生誕祭に向けて、聖力を蓄えるためにと、神殿にある泉で一晩を明かすことになっていた。


 そのため、神殿まで送り届け、護衛の当番となっていたクラウスや他の白騎士たちと交代し、王城に戻ったところまでは良かったのだが。




「……アウレリア、……王女殿下がいないと、淋しくて」




 一度は寝室に入ったものの、駄目だった。彼女のいない空間が淋しすぎて。ここひと月以上、毎日傍にいたのである。眠ることが出来ないのもあり、耐えきれずに部屋を出たのだった。


 イグナーツが腰かけているソファから少し離れた場所にあった、一人掛けのソファに座っていたディートリヒは、そう言って眉を下げる。窓枠に寄りかかって、こちらを見ていたレオンハルトが、また呆れたように溜息を吐いた。「お前は子供か」と、言いながら。


 そんな二人の様子に、イグナーツは楽しそうに笑う。「だから、王城を彷徨っていたんだな」と、彼は少し前のことを思い出すように言った。




「ふらふらと中庭を歩く影があるから、何かと思ったぞ。城に出ると噂の幽霊かと思って白騎士たちとコルドゥラの木の方へ向かえば、ディートリヒ卿がしゃがみ込んでいたものだから驚いた。……私の護衛たちは、月明りに照らされた卿の顔を見て固まっていたがな」




 「女でも男でも、お構いなしに魅了するのだな。卿は」と、イグナーツは楽しそうに言う。「私の護衛たちは、もっと鍛えなければな……」という、ぼそりと続いた言葉は聞こえなかったことにした。


 まあ、そうしてディートリヒはイグナーツと顔を合わせ、黒の森の調査の為に打ち合わせをする予定だったレオンハルトの元に、二人で向かったのである。暇ならば来いと言われたので。


 打ち合わせが終わった後、三人で酒でも飲もうという話になり、今に至るというわけだった。ちなみに、移動はディートリヒが闇魔法を使ったため、一瞬だった。教えて貰った座標は、近くにある別の屋敷の物だったため、そこから少し歩いたが。


 くるくると、グラスの中で赤いワインを回すディートリヒを、イグナーツは少しだけ困ったように眺めていた。




「……生殺し状態の卿には悪いが、あの子はまだ本調子ではない。……本調子という物が存在するのかも分からないという具合だ。王太子としてではなく、兄として頼む。……あの子を傷付けるのだけは、やめてくれ」




 静かな、穏やかな口調。けれどその声音は、どこか切実なもの。妹を想う、優しい兄のそれだった。

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