29-2(アウレリア)
一日の日程を終えると、身体を清め、夜着に着替える。そのままであれば、透ける材質などの特殊なものではないため、アウレリアはそこまで気にしていなかったが、かなり身体の線が浮き出ているのは仕方がないことだろう。生地が薄く、あくまでも睡眠を妨害しないための装いである。
共用の寝室に入ると、まだディートリヒの姿はなかった。ベッドサイドに置かれたランプに火を灯し、ベールを外す。一日の働きに固まった身体を伸ばそうと、両手を天井に向けて伸ばした。
がちゃりと、音がした。
「今日もお疲れ様、アウレリア。少し聞きたいんだけ、ど……」
アウレリアが使っている寝室とは反対側の扉から出てきたディートリヒは、そう言いながら歩み寄って来たかと思うと、こちらを見て足を止める。不思議に思い、伸ばしていた腕を戻しながら、「どうしました? ディートリヒ」と問い掛けるけれど。
彼はこちらからゆっくりと顔を背けると、「ごほん」と、どこかわざとらしい咳をした。「いや、ごめん。何でもないよ」と言う彼は、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべてこちらに向き直る。そのままアウレリアの隣へと歩み寄って来たのだけれど。視線はなぜか、アウレリアの方から逸れたままだった。
実はアウレリアが伸びをしていた時、そもそも身体の線が浮き出る夜着を身に纏っていたことや、ランプの光のせいで身体の線が透けてしまっていたのも相俟って、かなり煽情的な姿になっていたわけなのだが。そのようなことを、アウレリアが気付くはずもなかった。
「ディートリヒ? 本当に大丈夫? 私が何かしてしまいましたか?」
あまりにこちらを見ないので、おそるおそるそう問いかける。と、彼は驚いたように、ぱっとこちらを見た後、その首を横に振った。綺麗な赤の瞳が見開かれ、とろりと輝いて見えた。
「違うよ。君は何も悪くない。ただ俺が、君を直視できなかっただけ。あまりにも綺麗で可愛くて……」
言い募る彼は、目元が僅かに朱に染まった、その赤の瞳を細めてこちらを眺める。何か眩しいものでも見つめるように。
もちろん、彼の言葉をそのまま鵜呑みにするはずもなく。アウレリアは「ふふ」と小さく笑うと、「そういうことにしておきます」と答えた。まるで本心と思っていないというような声色で。
その言葉に、ディートリヒが「そういうことに、って……」と、驚いた顔をしていたのだけれど、ベッドに腰かけようとしていたアウレリアは気付かなかった。
「聞きたいこと、というのは何でしょう? 私に分かる範囲で良ければ、お教えしますよ」
改めてディートリヒの方へと向き直り、自分の隣を示しながらそう告げる。ディートリヒは一瞬、何とも言えないような表情になった後、気を取り直したように、アウレリアが示した位置に腰かけた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。……昼間に見た夢だけれど、本当にドラゴンがどこかの街に現れたの? 他の魔物じゃなくて?」
先程までの優しい表情を消して、彼は真面目な顔でそう問いかけてくる。やはり兄も含めて、『魔王封じの儀式』に参加していた者たちは、ドラゴンに遭遇したのかもしれないと思った。信じられないと、その顔が言っていたから。
アウレリアがこくりと頷き、「ええ、間違いなく」と答えれば、彼は不可解そうな表情のまま、「そっか……」と呟いていた。
「ドラゴンが、森の外に……。しかも、怪我をして、追い出されたみたいに見えたって言ってたよね。……ドラゴンより強い魔物なんて、魔王くらいしか……」
ぼそぼそと、彼は呟く。まるで思い出の中を彷徨うように、遠くを見つめる。
そんな彼の様子に、「やっぱり、そんなに強い魔物なのですね」と思わず呟けば、彼はゆっくりとこちらを見た後、深く頷いた。「うん、強かったよ」と、言いながら。
「でも、ちゃんと倒せた。かなりきつかったけどね。……俺たちがドラゴンに遭遇したのは、森のかなり奥の方まで進んだ時だったから。そこまでの間に人数がちらほら減ってたんだけど。そこで一気に減ってしまってね」
「あっという間に、四人になったんだ」と、彼は教えてくれた。随分と昔の話をするかのように。
「だから、こんな魔物より強い魔王なんて、絶対に倒せるはずがないって思った。封じられていて良かった、って。……なのに」
ぽつり、と最後に落ちた言葉は、どこか暗い色を纏っていた。まるで、何かが憎くてたまらないとでも言うように。
その様子を不思議に思いながら、「なのに?」と重ねて問う。ディートリヒははっとしたようにこちらを見ると、「なのに、まさか封印が解けるなんてね」と言って笑った。
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