28-3(アウレリア)
生誕祭の衣装は、その形が予め決められているため、試着して直す部分はないかの確認と、合わせて使うアクセサリーを選ぶだけで良い。普段の式典やパーティのドレスを見繕うよりは随分と簡単な仕事である。
いや、簡単な仕事のはずだった、という方が正しいか。
「……マダム。……マダム? 聞こえていますか……?」
客間のソファにかけ、テーブルを挟んで向かいに座る衣装店のマダムに声をかけるが、返事はない。アウレリアの背後に視線を向けたまま、完全に動きを止めていた。
試しにひらひらと手を振って見て、やっとのことで、はっとこちらを見る。アウレリアの方に顔を向けたマダムは、自分の行動に驚愕したように真っ青になり、慌てた様子で立ち上がると、「も、申し訳ありません……!」と、勢いよく頭を下げた。
アウレリアは苦笑しながら、「気にしないで」と声をかける。ちらりと背後に視線を向ければ、澄ました顔で控えているディートリヒの姿があった。
(……今回の衣装店なら、大丈夫かしらね)
心の中で呟く。実を言うと、ここに呼んだ衣装店の主人は、彼女で三人目だった。動きを止めて固まった程度なので、彼女は随分とマシな方なのである。謝罪までしてくれたのだから、なおのこと。
奇声を上げてディートリヒに近付こうとした前回の店主や、彼に合う衣装のデザインばかりが浮かんで来て仕事が手に着かないと言い出した最初の店主に比べれば。
「マダム。このまま打ち合わせは続けられるかしら? どうしても駄目だったら、彼が休みの日を選んでまた打ち合わせをお願いしますけれど」
言えば、彼女は首を横に振った後、「いえ、大丈夫ですわ。殿下。お話を続けましょう」と答えた。ごほん、と咳払いをした後、彼女がアウレリアの背後を見ることはなかった。少し過剰なくらいに、顔をそちらに向けないようにしているようだったが。
この人ならば、大丈夫だろう。そう思い、アウレリアは「ええ、それじゃあこちらの装飾だけど……」と、話を続けるのだった。
生誕祭用のドレス、というより式典服の細部について話し合い、華美にならない程度のアクセサリーを選ぶ。それが終わったら、今度は生誕祭の日程についての詳細を聞き、立ち回りを理解して。
そうこうしている内に、気付けば昼食の時間だった。
予定も押していたため、簡単なものをと執務室へと運んでもらい、それを口に運ぶ。横になる前に少し身体を休め、ベッドに入ったのは、いつもよりもほんの少しだけ遅い時間であった。
傍らには、夢を記録するためにパウラが控え、彼女と反対側のベッドサイドには、いつものようにディートリヒが立っている。
「それでは、よろしくね」
そう言ってアウレリアは、ゆっくりと目を閉じた。夢を、見るために。
ここ半月ほどの間に見る夢は、以前に比べて比較的易しいものが多かった。というのも、なぜか小型の魔物が多く、襲撃される側も、騎士でなくとも何とか対処が可能だったのだ。怪我をすることはあっても、命まで奪われるようなことはなくなっていた。
そのような変化が起きたのは初めてのことで、王太子である兄、イグナーツは、魔王が姿を消したからではないか、と推測していたけれど。どうしても、アウレリアは腑に落ちなかった。
(魔王は元々、聖槍によって封じられていたのだもの。確かに、完全に魔王城からも姿を消しているから、状況は違うかもしれないけれど。……何というか、違和感が消えないんですよね……)
あまりに急激な変化だからだろうか。いやそもそも、魔王が消えたというならば、力の強い魔物が台頭してくるものではないのだろうか。それとも、頭角を現そうとする魔物同士で討ち合いになり、命を落としているために減ってしまったとでも言うのだろうか。
何にしても、人間の感覚からでは、何が起きているかは分かり得なかった。
(……いえ。大事なのは、人々を助けること。何が起こっているかは、ひとまず置いておくべきだわ)
思い、アウレリアは頭の中から余計な考え事を消していく。静かに、静かに、布団に沈み切るような感覚を得て、ゆっくりと目を開いた。
誰かの視界の隅にある、目印を捜しながら、状況を探っていく。ここはどこだろう。ああ、旗が見えた。確か、あの紋様は。
そう、思った時だった。
ぱっと視線が動き、アウレリアは森の方を見た。ああ、やはりそうだ。あの紋様は、魔王城がある黒の森からほど近い領地。視界の隅では、周囲に置かれていた物が一定の間隔で大きく跳ね上がり、地面が振動しているのが分かる。
何か大きなものがくる。ここ数日見ていた魔物とは、比べ物にならないほど、大きなものが。思い、視線をただ森の方へと向けた。そして。
木々が、割れた。
(どら、ごん……?)
それは、黒の森の奥深くにしか存在しないと聞く、強大な魔物。びっしりとした鱗と恐ろしい程の鋭い爪と角、牙を持つ、巨大なトカゲのような魔物。
ドラゴンであった。
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