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28-2(アウレリア)

 兼用の寝室を出て専用の寝室へと入ったアウレリアは、ベールを身につけながらベッドサイドのテーブルの上に置かれたベルを鳴らす。今日の予定を頭に浮かべながら待っていると、ほとんど間を置かずに、専属侍女であるパウラが、他数人の侍女とメイドたちを連れて現れた。「おはようございます、王女殿下」と、明るく声を上げながら。




「本日も、よくお眠りになられましたか?」




 ディートリヒと同じく、毎日そう聞いてくるパウラにくすりと笑って、「ええ、とても気分が良いわ」と返す。パウラは自分のことのように嬉しそうに、「それはようございました」と言って笑った。




「本日は殿下の生誕祭のための衣装合わせがありますので、あまり凝ったドレスでは大変でしょう。部屋着に近い形になりますが、こちらはどうかと思いお持ちしました」




 言って、パウラが見せたのは、淡い緑色の、すっきりとした意匠のドレスであった。彼女の言う通り、ティーパーティや昼食会などに出るにはあまりにもあっさりとしすぎているが、今日の午前中はおそらく衣装合わせで潰れてしまうため問題ないだろう。思い、「ありがとう、そのドレスにしましょう」と言って頷く。もちろん、ドレスに合わせたベールもちゃんと用意されていた。


 メイドの一人が持って来た盥には程よく温まった湯が張ってあり、アウレリアは礼を言ってベールを外し、それで顔を洗う。もちろん、その間侍女たちは皆顔を逸らし、こちらを見ないようにしていた。


 そこまでする必要はないと以前言ったのだけれど。ベールを着けるようになってからは、アウレリアの気持ちを汲んで、顔を露わにしている際は、見ないようにしてくれるようになっていた。別に彼女たちが相手ならば、問題ないのだけれど。何せ、『骸骨みたい』と言われる前からずっと、この顔を見ても気にせずに仕えてくれている者たちだから。




(だからこそ、なのでしょうけれどね)




 思い、ふふと微笑みながら、アウレリアは盥の横に用意されていたタオルで顔の水滴を拭った。ドレスと合わせて準備された淡い緑のベールを身に着け、「ありがとう、もう大丈夫よ」と言えば、侍女たちもメイドたちも、一斉に顔を上げて動き出すのだった。


 侍女たちは慣れた様子でアウレリアの夜着を脱がし、新たに持って来たドレスを身に着けていく。されるがままに着付けられた後は、椅子に座り、鏡の前で髪を整えられた。腰に届く、長い黒髪。


 そういえば、ディートリヒと共に眠る前までは、どれだけ手入れをしても髪がどこかぱさぱさとしていたけれど。今では少しも引っかかることなく、さらりさらりとブラシが通る。アウレリアの目から見ても、艶やかになった気がした。




「やはり睡眠というのは大事なのですね。あんなに細かった殿下のお身体も、少しずつふっくらとしてきました。もちろん、このひと月で以前の美しさを取り戻されたディートリヒ卿ほどの変化ではないかもしれませんが」




 アウレリアの考えを読んだように、パウラがブラッシングされるアウレリアの髪を眺めながら、嬉しそうに言う。髪に触れる侍女もまた、穏やかな表情で頷いていた。


 確かに彼女の言う通り、少しずつ肉付きも良くなってきた気がする。腕や足、腹部、そして胸元。大きな変化、とまではいかないが、以前の、病的な細さは少しずつ解消されている気がした。髪も艶やかになったし、周囲は知らないだろうけれど、顔の肌も、以前のかさつきがなく、しっとりとしている気がする。


 それもこれも、全てディートリヒと眠っているおかげである。




「彼と一緒だと、とても安心出来て、本当にぐっすりと眠れるから。全て、彼のおかげだわ」




 言ってベールの下で微笑む。全て、彼のおかげだと、そう思って。


 そんな安心しきった表情をした主人を見て、パウラが少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。言うべきかどうか悩むような素振りを見せ、意を決したように「ですが、殿下」と穏やかな口調で呟いた。




「彼も男性だということを、お忘れなきよう。婚約式が行われるまでは、仮の婚約者という立場ですし、殿下は王族です。昔ほど厳しくはありませんが……」




 直接的にならないよう、考えながら言葉を紡ぐパウラに、アウレリアは首を傾げる。確かにディートリヒは自分の仮の婚約者で、男性だが。




「大丈夫よ。ディートリヒ卿は、ああ見えて優しくて、真面目な人だから。それに、相手が私だもの。そういう気分にはなれないと思いますしね」




 心配無用だと思いながら苦笑するアウレリアに、パウラは歯切れ悪く、「そう、でしょうか、ね」と答えていたけれど。




(今のままだと、そんな風に思えるはずないもの。……もう少し身体を休めれば、もっと健康的な身体になれるかもしれないから。そうすれば、……ディートリヒも、私を女性として見てくれるかしら)




 せめて結婚するまでには、もう少し。ほんのりと頬を染め、そんなことを考えていたアウレリアには、パウラが困ったような顔で、「そう思っているのは、殿下だけかと思うのですが……」と呟いた声も、届いていなかった。他の侍女やメイドたちだけが、パウラの言葉にしきりに頷いていた。

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