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28-1(アウレリア)

 目を開けた。ぼんやりとした思考をそのままに、肩ひじを付いてゆっくり身を起こす。が、ほんの少しだけ背中がベッドから離れたところで、アウレリアは動きを止めた。腹部にある、腕と思しきものに阻まれたために。


 再び仰向けに横になり、更に身体を横に向ける。向き合う形になった、健やかに寝息を立てるその人の赤い目は、まだ、これでもかという程にびっしりと並んだ睫毛に縁取られた瞼に隠されていた。


 通った鼻梁に、薄い唇。肌理細やかな肌。頬にかかった、ふわふわとした先の赤い髪が、彼の呼吸に合わせて揺れるのを眺め、無意識に手を伸ばす。そのまま、指先でそれを払おうとするけれど。


 ぱっと動いた、自分の物ではない手に掴まれて、出来なかった。つい今まで、アウレリアの腹部の上にあった腕である。


 驚きに、一気に目覚めたアウレリアに対して、ディートリヒは目を閉じたまま、アウレリアの手を自らの頬に当てた。すり、と、頬を摺り寄せるような仕種をする彼は、寝惚けているのだろう。甘えるようなその行動に、心臓が妙に跳ねた気がした。




「ディートリヒ、起きてください。朝ですよ」




 思わずくすりと笑いながら、そう優しく声をかける。眠いのは十分に理解できるけれど、そろそろ目覚めなければ。今日も今日とて、予定はしっかりと詰まっているのだから。


 薄く、その白い睫毛が震え、瞼が上がる。宝石のような真っ赤な瞳がちらりと伺うようにこちらを見た後、彼は再び目を閉じ、腕を伸ばしてきた。ぎゅうとアウレリアの身体を抱き込んで、腕の中に閉じ込めようとする。


 白い夜着に包まれた彼の胸に顔を押し付けられて、アウレリアはくすくすと笑いながら抗議した。「ディートリヒ、ほら、起きて」と、まるで子供に告げるように言えば、彼は不服そうに「んー」と小さく唸った後、腕を解いてくれた。


 一応ディートリヒの方が五歳も年上なのだが。これでは一体、どちらが年長者なのか分からなかった。




「おはよう、アウレリア。今日もよく眠れた?」




 半身を起こしたアウレリアに、少しだけぼんやりとした様子のディートリヒが訊ねてくる。アウレリアがちゃんと眠れているかどうか確認するのが、彼の、朝の日課だった。


 「もちろん、眠れたわ」と言って微笑みつつ、アウレリアは少しだけ彼から視線を逸らす。寝相は良いはずなのに、大きく夜着の開いた彼の胸元が目に入ってしまい、居たたまれなくなったから。




(本当に、もうすっかり元に戻ってしまったのね)




 一瞬だけ目に映った、程よく引き締まった彼の身体を思いながら、アウレリアは少しだけほっとしてそう思った。


 月日は少しずつ、しかし確実に重なっていくもので。ディートリヒがブロムベルク辺境伯爵の名を与えられてから、気持ちを伝えあってから、すでにひと月が過ぎていた。


 毎日しっかりと眠っているためか、ディートリヒの容貌は少しずつ健康的なそれへと戻っていき、今ではすっかり元の美しさを取り戻している。騎士という職に就くだけあって、体力も回復力も人並み以上にあったのだろう。もっと時間がかかるかと思っていたが、考えていた以上にあっという間に元に戻ってしまった。


 いや、元に戻った、という表現は少し違うかもしれない。




(元々美しい人だったけれど、髪と目の色のせいで、何というか、人ではないものを見ている気になるのよね。同じ人間とは思えないもの。……それに)




 以前にはなかった、むせ返るような艶めかしさが見え隠れするようになった気がする。ふとした視線や、仕種、態度が、あまりにも甘く、とろりとしていて。


 おかげで日常的に心臓がうるさくて困っているのだが、彼にそれを言うわけにもいかず。ベールを身に着けているのを良いことに、必死に目を閉じて耐えている今日この頃であった。まあ、寝室にいる間はそうはいかないため、動揺は彼に筒抜けだろうけれど。


 にも関わらず、である。




「アウレリア、何で目を逸らしたの? 二人でいる時くらい、俺を見て。淋しくなるでしょ?」




 彼の色気から逃れようと目を逸らせば、こうなのだ。以前も言っていたが、彼はアウレリアの視線が自分のそれから逸らされるのが嫌なようで。周囲に人がいる時は、余裕のある様子を崩さない彼に落ち込んだ様子で言われれば、そのあまりの態度の差に、そちらに目を向けざるを得なくなる。


 そして、アウレリアの視線が彼のそれと重なった瞬間、彼は本当に美しく笑うのだ。とてもとても、嬉しそうに。


 あまりの美しさに、このままでは自分の目が眩んでしまうのではないかと、最近のアウレリアは真剣に心配している所だった。

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