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3-1(アウレリア)

 僅かな月明りの下、穏やかな時間はゆっくりと過ぎていく。ここに来て、もうどれくらい経っただろうか。


 さすがに少し長居しすぎたかもしれないと、全く気は進まなかったけれど、アウレリアは一つ息を吐き、重い腰を上げた。挨拶だけして、早々に部屋に引き上げようと、そんなことを考えながら。




「そろそろ、会場の方に戻りますね。話を聞いてくださり、ありがとうございました。騎士様。おかげで少し、気が楽になりましたわ」




 言いながら、これは本当だと自分で納得する。


 一人でただぼんやりと空を見つめていただけでは、ただ鬱々としていただけだっただろう。付き添うと言われた時は溜息が出たが、今となっては、彼がいてくれて良かったと、素直にそう思った。


 顔も分からない、見知らぬ相手で。自分ではない別の誰かとしてだったからこそ、本音を吐露出来たのだから。

 本当に、気が楽になった気がした。




(私を知っている相手には言えるわけないものね。クラウス卿なんて、相手の令嬢を始末するとか言い出しかねないもの。……彼がいないのは正解だったわね)




 思いながら、敷いていたハンカチを手に取る。洗って返すためにも、傍らの騎士に名前を聞かなければと思ったのだが。


 「会場に戻る必要なんてないと思うけど」と、騎士がまたぼそりと呟くのが聞こえた。




「君の周りの人たちは、君の頑張りを知っているんじゃない? 疲れたから帰った、って誰かに伝えてもらえば、それで良いだろうに」




 言い募る彼の声を聞いて思う。どうやら彼から見える自分は、随分と具合が悪そうらしい。確かに、『骸骨みたい』と呼ばれる程度には、体調に支障がありそうに見えているんだろうけれど。


 けれどアウレリアにとっては、この体調の悪い状態こそが普通なのだ。むしろ、健康な状態というのがよく思い出せなかった。

 アウレリアが女神に選ばれたのは、七歳頃のこと。健康であった頃よりも長い年月を、身体の不調と共に生きているのだから。


 親切な心配に苦笑しながら、「ありがとうございます」と返した。




「けれど、これも義務なので。あなたがこうして怪しい人間かもしれない私に付き添ってくださっているのと同じですわ。……大丈夫。いずれ、慣れるでしょうから」




 社交界に顔を出した以上、これからは『女神の愛し子』として人前にも出ることになる。


 これまでの『女神の愛し子』は、皆アウレリア以上に身体が弱く、寝室から出られない者や、今のアウレリアよりも若い歳で亡くなった者もいる。それを考えると、アウレリアはこれでも、とても健康な方なのだ。


 レオノーレ女神に仕える神官によれば、女神から与えられる力、聖力が、アウレリアはこれまでの『愛し子』と比べても異様と言って良い程に高いらしい。その影響だろう、ということだった。


 これまでと違い、目で見ることの出来る『女神の愛し子』という存在を、人々は強く望んでいた。特に近年、魔物の動きが活発化しているため、なおのこと縋る相手が欲しいのだと思う。


 人前に出れば、この醜さについて口に出す者もいないはずがないから。少しずつ慣れて行けば、もう、この心が病むこともないだろうから。


 自分を納得させるために心の中で呟いていたアウレリアは、騎士がまたぼそりと、何かを口にしたことに気付かなかった。




「……君自身がそこまで言うなら、何も言えないね。それじゃあ、会場の方まで送って行くよ。手を」




 言いながら、さっと彼は手を差し出してくる。白い手袋に包まれた手は、月の光に淡く浮かび上がっていて。


 思わず手を出そうとして、やめた。


 彼のエスコートを受けるということは、人がいる所まで共に歩くということ。つまり、アウレリアが何者であるか、気付く可能性がある、ということだ。




(もちろん、分かったとしても、なかったことにすれば……。だめね。彼がどう反応するか分からないもの)




 しれっと、自分に剣を向けたことなどないというように振る舞えるか。それとも、馬鹿正直に洗いざらい口にするか。


 さすがにそれはないと思うが、彼がアウレリア自身でない以上、絶対とは言い切れないのである。あえて危険を冒す必要はないだろう。


 思い、「一人で戻れるから、大丈夫ですよ。持ち場にお戻りください」と伝える。

 騎士はまた一拍の間を空けた後、「……そっか」と呟いた。




「それじゃあ、手を出して。このブレスレットの座標を少し借りよう。中庭も、案外広いからね」




 「少しだけ、楽させてあげる」と言う彼の声は、悪戯を思いついた子供のように、弾んでいた。

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