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26-2(ディートリヒ)

 まあ、気が楽だからと言って、気が晴れたわけでは決してないが。


 今更ながら、感情を剝き出しにしてしまったことを後悔する。こんなことならば、相手が誰だろうと間髪入れずに、闇魔法であのバルコニーごとどこかに飛ばしてやれば良かった。


 そう考えているのが顔に出ていたのだろうか。レオンハルトは少々呆れたような顔で、「またろくでもないこと考えてるだろう」と呟いていた。




「何にしても、素直に話すのが一番じゃないかな。殿下に対して何かしたわけでもないし、思うところがあるわけでもない。それに、余所余所しいってお前が思っていても、殿下は別にいつも通り過ごしてらっしゃるだけかもしれないだろう」




 もぐもぐと、運ばれてきた辛めの味付けの肉料理を口にしながら、彼は言う。「少なくともオレはそうしてるな」と続いたため、どうやら彼自身の体験談のようだと理解した。確かに、彼とビアンカは何でもよく話しているようだった。


 話す機会だけを考えるのならば、彼とビアンカよりも、自分とアウレリアの方が共にいる時間が長いというのに。レオンハルトは騎士舎、ビアンカは神殿に居を構えており、その上神殿には門限があるのだから。


 一方で、自分は基本的にアウレリアの傍から離れることはないし、夜もずっと傍にいる。あの夜会までは、眠りにつくその時まで、他愛ない話をしていた。


 最近では、目もあまり合わない。話していてもどこか上の空である。加えて、だ。




(眠る位置が、離れた気がするんだよね……)




 横になった時、以前よりも自分と彼女の間に空間が出来た気がするのだ。腕を伸ばす角度でも分かる。物理的にも、精神的にも、遠くなった。


 それがすごく、寂しい。




「……話してみる。怖い顔してごめんて謝って、……そうしたら、また俺のこと、見てくれるかな」




 人の視線が嫌いだった。纏わりつくそれにうんざりしていた。容貌が変わった今、誰からも目を向けられないことに清々していた。でも。


 彼女の目がこちらを向かないのは、苦しかった。


 視線を厭うからこそ分かる。ベール越しであっても、彼女の目が、自分を見ていないことが。だから。


 レオンハルトが酒を一口飲み込みながら、まじまじとこちらを見ている。「お前、本当に好きなんだな」という彼の声に、ディートリヒは泣きそうに笑った後、「うん」とだけ小さく呟いた。


 そうして、近況報告も兼ね、レオンハルトに話を聞いてもらった、その日の翌日の夜。アウレリアと共に使う寝室へと入る前に、ディートリヒは、自らに与えられた王城の寝室で深く深呼吸をしていた。


 善は急げと言うよりは、ただ耐えかねただけかもしれない。何にしろ、きちんと話をしようと思ったのだ。




(昨日は帰ったのが遅かったから、彼女のためにもって、すぐに寝ちゃったからね。……今日はちゃんと、謝ろう)




 あんな風に感情を露わにして、怖がらせたことに対して。そうすれば、元に戻れるだろうから。なぜ怒っていたのか、ということは、あまり説明したくないけれど。今でも正直、怒りは消えていないから。


 あの夜会の後、クラウスにそれとなく聞いてみたのだ。彼女のことを、気分の悪い呼び名で呼んでいる者がいるようだ、と。彼は事も無げに「知っています」と応えた後、有ろうことか、「あまり気にしないことです」と続けた。




「あの呼び名は、『魔王封じの儀式』に貴方方が向かう際、貴方に発言を請われた殿下に嫉妬した者たちが口にし始めたもの。殿下はそれを聞いて呆れておられましたが、特に罰する気もないと仰いました。殿下が気にされないのでしたら、私たちには彼らを罰することは出来ませんから」




 「本当に、女神のように崇高な使命を持つ上、広い懐を持つ方なのです」と、クラウスはどこか嬉しそうにさえ言っていたけれど。ディートリヒは素直に頷けなかった。


 自分が発端だと聞いた時は申し訳ない気持ちでいっぱいになったが。いくら女神のように崇高で、広い心を持っていても。呆れていて、罰する気がないとしても。誰が聞いても気分が悪い言葉を投げかけられて、気にしないでいられるとはとても思えなかった。




(だってアウレリアは、その役割や立場に目を向けなければ、……俺から見た彼女は、普通の女の子だから)




 彼女と初めて会った時のことを思い出す。剣を向けた自分の服装を見て、仕事をしているのだと気付いたのだろう彼女は、自分の立場を必死に隠そうとしていた。仕事をしていただけのディートリヒが、罰されることのないように。


 今回もそうだろう。彼女はクラウスの言うように、広い心で、たかが嫉妬からの言葉で王族を侮辱した罪を問われないようにと、何も言わなかったのだろう。彼女らしいと言えば彼女らしい。


 しかし、だ。




「少なくとも俺は、捻り潰したいと思っちゃうんだよね」




 彼女の心を害する言葉を発する者なんて、皆、消し飛ばしてしまいたい。


 クラウスのように、貴族生まれ貴族育ちであったならば、感情を制御することも出来るのだろうか。アウレリアに関しては、彼女を大事に思う気持ちは同じだと思っていたけれど。初めて彼と考えが合わないと、そう思った。


 こんこん、と部屋の扉をノックして、寝室へと入る。以前はディートリヒのことを警戒する意図もあり、互いの寝室に見張り代わりの護衛が控えていたけれど。婚約式を行ってはいないが、正式に婚約が発表されたこともあり、護衛はアウレリアと自分の部屋の外の廊下に控えていたため、周囲には誰もいなかった。


 兼用の寝室のベッドには、すでにアウレリアが座っている。「お疲れ様です、ディートリヒ」という彼女の声に、「アウレリアも、一日お疲れ様」と声をかけて、そちらへと歩み寄った。

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