26-1(ディートリヒ)
『骸骨さま』
そう呼ぶのを聞いた時、一体何のことを言っているのか分からなかった。
『さま』と付いている以上、おそらくその対象は人で、位の高い者だろうとは思った。同時に、何て悪趣味な呼び方だろうとも。
(どういった事情であっても、人のことをあんな風に呼ぶやつの気が知れないな)
しかも、その言葉は案外、誰の口からも聞こえて来た。冗談めかしたような口調で、誰もが揃って言うのだ。「お似合いだ」と。
ああ、と思った。もしかしたらそう呼ばれているのは、自分なのかも、と。
(お似合いってことは、恋人とか婚約者とか結婚相手とかがいる人間だろうから。それだと、俺が一番そう言われても不思議はないかな。確かに、前に比べて痩せちゃったからね。特に顔が)
げっそりと頬がこけた姿は、骸骨と呼ばれてもまあ、納得できる。
しかし、なぜお似合いと言われるのだろうか。ベールを被っている彼女の、神秘的な雰囲気と合っている、ということだろうか。骸骨なのに。
そんなことを考えていた時、レオンハルトから久々に声をかけられたのだけれど。
その後、アウレリアをエスコートしながら近づいたバルコニーの近くで聞こえてきた言葉に、ディートリヒは動きを止めた。『骸骨さま』という言葉の真意が、分かったから。
「何せ、あのベールの下は骸骨みたいなんだもの」
楽しそうな嘲笑と共に続く声。同意する数人の令嬢たちの言葉。
ほんの少しだけ零れた、疲れたような、諦めたような、細い溜息。
その瞬間、理解した。『骸骨さま』とは、彼女のことを言っているのだ、と。そして彼女は、アウレリアは、令嬢たちが自分のことを言っているのだと気付いているのだ、と。憤り、驚く様子も見せないその態度に、それは今初めて聞いたわけではないのだ、と。
「……今、あいつら何て言った?」
誰のことを、何と言ったのだ。
こんなに民を想い、自らを犠牲にする尊い人を。それゆえに痩せ細り、疲れ切ってもなお、誰かを救うことをやめない人を。
(『骸骨さま』だと……?)
自分でも気付かぬうちに、完全に目の据わったディートリヒは、アウレリアが必死に自分の気を引こうとしていることにも気付かなかった。どうやって思い知らせてやろうかと、そんなことを考えていたのだけれど。
「卿。……ディートリヒ、こっちを見て」
焦ったような声と共に、くい、と何度も団服の裾を引かれる気配がして、はっとする。今自分は、どんな顔をしていた。
(あれだけレオンハルトに、キレるなって言われたのに……)
どうやら自分は、真剣に怒った時の顔がとても怖いらしいので。
「ああ、ごめん。考え事をしてた。……じゃない、してました。何かご用ですか? 殿下」
そう言って、慌てていつも通りの表情を装うけれど。アウレリアはむしろ焦ったように、「そろそろ疲れたので、戻りましょうか」と声をかけて来た。普段通りの様子で、しかし少し硬い態度で。
失敗したかもしれないと、取り繕った笑みの裏側で嘆くしかなかった。
「……で。王女殿下の態度が少し余所余所しい気がする、と? ……まあ、普通に考えると、怖がらせたんじゃないかな」
「……だよね……」
『魔王封じの儀式』の成功を祝う夜会から一週間が経過した。何年ぶりだろうか、レオンハルトからの酒の誘いに乗ったディートリヒは、アウレリアに遅くなる旨を告げ、黒騎士団の者たち行きつけの店に足を運んでいた。
今も、周囲にはディートリヒの元同僚たちが数人、席に着いて酒を片手に何やら談笑している。レオンハルトにとっては、今も同僚だが。
相変わらずというべきか、レオンハルトが年齢確認をされるのを見守った後、二人で酒を口にしながら言葉を交わす。夜会の場ではろくに話も出来なかったから、丁度良かった。以前と違い、ディートリヒを見て擦り寄ってくる男女もいないため、とても気が楽である。
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