表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/111

24-3(アウレリア)


「殿下、お呼びですか?」




 アウレリアのすぐ目の前、一段下の位置まで来たディートリヒは、そう言って微笑む。なぜ分かったのだろうかと、少々驚いた。同じ会場内といえど、アウレリアの位置からディートリヒがいた場所までは、そこそこ距離があったから。まさかこちらの会話が聞こえていたはずもないだろう。


 不思議に思いながらぱちぱちと瞬きをした後、「殿下?」ともう一度訊ねられて、アウレリアは頷く。クラウスの手を煩わせずに済んだので、その点は良かったと思いながら、アウレリアはその場で立ち上がり、ディートリヒの方へと手を伸ばした。




「エスコートして頂けたら、と思いまして。構いませんか? ディートリヒ卿」




 特に何をするわけでもないが、二人で連れ立って会場内を歩いて回れば、本当に婚約者なのだと周知出来るだろう。いわゆる、パフォーマンス的なものである。


 ディートリヒもすぐにそのことを察したようで、「もちろん。俺で良ければ、いくらでも」と明るい口調で言い、アウレリアの手を取った。段を降りるアウレリアの身体を支え、そのまま自らの腕へとアウレリアの手を導く。頭一つ分以上高い位置にある顔を見上げて「ありがとう、ディートリヒ卿」と言えば、彼は嬉しそうに笑って、「殿下のエスコートが出来るだけで光栄ですので、お気になさらず」と呟いていた。


 ディートリヒのエスコートを受けながら、アウレリアは会場内をのんびりと歩く。と言っても、数歩ごとに貴族たちからの挨拶を受けるために立ち止まり、また歩いてを繰り返しているため、大した移動はなかった。移動出来なかった、という方が正しいが。


 言葉を交わす人々は皆、新たにブロムベルク辺境伯爵となったディートリヒの紹介を求める。婚約者が決まったといえど、最高位の貴族となったディートリヒと顔を繋いでおくことがどれだけ重要なことか、彼らは理解しているからだ。


 このような場は慣れているのか、はたまたそのように装っているのか。ディートリヒは顔に浮かべた笑みを絶やすことなく、紹介を求めて来た貴族たちと言葉を交わしていた。


 用意された料理に手を伸ばす暇もなく、稀に侍従たちが運ぶ飲み物を口にした程度で。かなりの人数の挨拶を受けたため、そろそろ戻ろうかとディートリヒの方を見上げた時だった。くすくすと、どこか嘲るような笑い声が密やかに聞こえて来たのは。




「以前のままなら、なんて不釣り合いなと思ったけれど、ねぇ」




「今のあの方の容姿なら。何せ、あのベールの下は骸骨みたいなんだもの。痩せてしまったあの方とお似合いよ」




「クラウス卿が『骸骨さま』の婚約者にならずに済んで良かったわ。次期侯爵様な上に、あの容姿だもの。『骸骨さま』にはもったいないわよね」




 ひそひそ、ひそひそ。


 囁く声は、少し先の、細く開いた窓の向こうから聞こえてくる。大方、バルコニーで休んでいる令嬢たちの内緒話だろう。風が緩く会場内に向かって吹いているため、もう少し声を落とさなければ、内緒話にはなりようがないが。


 いつものことだと息を吐いて、ディートリヒの方へと顔を向ける。自分のことは慣れているから良いが、彼のことを悪く言う言葉を聞かせたくなくて、「戻りましょう」と、今度こそ声をかけようとして。


 びくりと、肩が揺れた。真っ直ぐにバルコニーの方を見つめる彼の赤い目が、今までに見たことのない程、鋭く、光っていたから。




「……今、あいつら何て言った?」




 ぼそりと、呟かれた言葉。普段は甘く艶のある声が、低く冷たく聞こえて、ぞくりと背筋が冷たくなる。視線を向けられているわけでもないというのに。


 機嫌が悪い。今まで見たこともないくらい、本気で。




「……卿。ディートリヒ卿」




 意を決して、アウレリアは声をかける。彼の視線をこちらへ向けようと、その服の裾を何度も引っ張った。「卿。……ディートリヒ、こっちを見て」と、顔をそちらに寄せて、周囲に聞こえないように彼を呼ぶ。


 はっとしたように、ディートリヒはぱっとこちらを見下ろしてきた。その表情は、先程までが嘘のように、穏やかなものだった。




「ああ、ごめん。考え事をしてた。……じゃない、してました。何かご用ですか? 殿下」




 少しだけ慌てたように言い直し、にっこりと笑う彼は、その前の表情を知らなければとてもかわいく見えた。もっとも、その前の表情を知っているアウレリアからすれば、あまりの表情の差に冷や汗が出そうだったが。




(これ以上ここにいない方が良いみたい。それだけは、間違いない気がするわ)




 思い、アウレリアはベール越しに彼に笑みを向けると、「そろそろ疲れたので、戻りましょうか」と、やっとのことで伝えたかった言葉を伝えたのだった。

 気に入って頂けたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けたら大変喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ