24-2(アウレリア)
ディートリヒの後に名を呼ばれたのはもちろん、レオンハルトであった。ヒットルフという名の領地を得た彼は、ヒットルフ侯爵と名乗ることになる。レオンハルト・ベーレンス=ヒットルフが、これからの彼の名だった。
「また、ヒットルフ侯爵と聖女ビアンカの婚約を私と息子の名の許に認めよう。異論を認めるつもりはない」
国王がそう有無を言わさぬ口調で言えば、会場の周囲、主に令嬢たちがいる辺りの雰囲気が暗くなった気がした。今回の儀式で最も高位の爵位を得た二人が、それぞれ婚約を決めていたのだから、そのような空気になっても仕方がないだろう。
勇者の称号を持つレオンハルトが侯爵位を得て、最後の魔王との戦いで最も功績を挙げたディートリヒが辺境伯爵位を得た。ビアンカが神殿の所属でなければ、伯爵位辺りを得たかもしれないが、彼女はレオンハルトの婚約者と宣言されたことで嬉しそうにしているので、それはそれで良いのかもしれない。
問題は、もう一人。例の魔法使いの令嬢は、やはり、名を呼ばれることはなかった。
(立ち位置的にも、おそらく彼女はビアンカ嬢と同じくらいの功績を挙げた人のはずなのだけど……。侯爵と辺境伯爵の位を授けられた二人がいるというのに、伯爵位を得る者がいないのも不自然に見えるわ)
ディートリヒが得た辺境伯爵の位の次に高い爵位は、子爵位であった。爵位の順序でいくと、伯爵の位だけが抜けていることになるのである。
理由もなく、彼女だけが褒美を与えられないということは有り得ないだろう。ならば、彼女は何かをしてしまったのかもしれない。儀式を成功へと導いたとされる面々の中にいながら、褒美を与えられることすらなくなるような、大きなことを。
(後で、ディートリヒに聞いてみようかしら。彼らも、何も不思議に思っていないようだから、きっと何かを知っているはずだもの)
近頃は、ベッドに横になって一日の出来事などの他愛ない話をしてから、眠るのが日課のようになっている。だからその時に聞けば良いと、当たり前のように思った。
もしかしたら、自分が考えているよりもずっと重大な理由があって、あの令嬢は褒美を与えられないのかもしれない。そうなれば、教えて貰えないかもしれないが、その時はその時だとアウレリアは開き直ることにした。
「儀式を成功させてくれた者たちの今後の活躍を期待する。与えられた地位に恥じない生き方をして欲しい。……さあ、諸君の為に用意された夜会だ。存分に楽しんでくれ」
ふっと、国王が気を緩めたような笑みを浮かべると同時に、城の使用人たちが動き出す。広間には瞬く間にテーブルがいくつも設置され、立食形式の食べ物を載せたワゴンが大量に運び込まれた。流れるような動きで、豪華な食べ物がテーブルの上へと並べられていく。
意識をそちらに取られていたら、広間の一角にいつの間にか楽団が陣取っており、明るい音楽を奏で始めた。『魔王封じの儀式』の成功を祝う夜会は、ここからが本番だと言わんばかりであった。
「アウレリア。お前はディートリヒ卿の元へ行きなさい。婚約者として発表したのだから、別の人間を常に傍に置いておくのはおかしいだろう。もちろん、婚約式は別に行うことになるが。……最後までいろ、というわけじゃない。無理のない程度に、楽しんでおいで」
国王である父は、穏やかな表情でそう言うと、視線を広間の方へと移した。
いくら侯爵、辺境伯爵に婚約者がおり、伯爵の位の者はいないとしても、貴族たちにとって、子爵や男爵など、爵位を得たばかりの者たちを自分の勢力に取り込むのは重要なことである。もちろん、自らの力で爵位を得ることが出来ない令嬢たちにとっても、爵位を持つ存在は重要だろう。何も知らない相手ならば、自分の良いように貴族として育てることも可能だろうから。
貴族たちも、貴族になった者たちも、これから大変だろうと、僅かに同情しながら、広間へと向けた視線をゆっくりと動かしていく。先程、彼を見た位置とは少し歩いた程度の場所に、レオンハルトと話すディートリヒの姿があった。そこから少し離れた位置で、彼の方を見ながら、令嬢たちがこそこそと何か話している。その顔に浮かぶのは、失望、そして嘲笑。
それは、彼にアウレリアという婚約者が出来てしまったからだろうか。それとも。
彼の美しかった容貌が、変わり果ててしまったからだろうか。
(婚約者が出来たからというのならば、仕方がないこと。憧れた人に、急に婚約者が現れたのだから。でも、……彼の容姿が変わってしまったからという理由で、あんな風に彼を見ているのならば)
なぜか胸に、もやもやするものの存在を感じた。
彼の元に向かおうかと思うも、一人で動くことが出来る立場でもなく。アウレリアは背後のクラウスに一度視線を送った後、「クラウス卿」と声をかけた。
「ディートリヒ卿を……」
再びディートリヒの方へと顔を向け、呼んで来てくれないかしら、と続けようとしたアウレリアは、その口を噤む。視線に気付いたのか、偶然なのか。真っ直ぐにこちらを見たディートリヒは、話していたレオンハルトとビアンカに声をかけた後、こちらに歩み寄って来た。
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