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23-3(ディートリヒ)

 それから夜会までの数日間は、気が重くなるばかりだった。ディートリヒは現在、白騎士団の予備の団服を着て、アウレリアの護衛として勤務しているわけだが、夜会ではこの制服を正装として身に纏うことになるため、きちんと採寸して服を合わせることになったのだ。そこまでは分かる。しかし、だ。




(今度の夜会で辺境伯爵になるからって、参加するかどうかも分からない夜会のための服まで作る必要が本当にあるのかな……)




 団服の採寸と同時に、名のある王家の御用達のブティックの店主に、服を作ってもらってはどうだろうか。そう言ったのは、同じく夜会のためのドレスを試着し、自らの準備を粗方終え、その場にいたアウレリアではなく。彼女の様子を見に来ていた、彼女の兄である王太子、イグナーツであった。




「どのみち必要になるから、作っておいて損はないだろう。オーダーメイドだから、今度の夜会にはもちろん、間に合わないけどね」




 そう言う彼の言葉に逆らえるはずもなく。ディートリヒは笑みを張り付けて彼の言葉に応じたのである。目の前のテーブルの上に置かれた沢山の布地や宝石を見ながら、ディートリヒは心の中で嘆いていた。どれもこれも、同じに見える、と。口に出したら、ブティックの者たちにすごい顔をされたが。


 どうやら、容姿が変わる前の自分に幻想を抱いていた者も多かったようである。申し訳ないが、貴族育ちの者たちと一緒にされてもこちらの方が困るというものだ。


 立ち会ってくれたアウレリアが口を出してくれたおかげで、ようやくデザインが全て決まったのは、夜会の前日のことだった。




「お疲れさまでした、ディートリヒ卿。お疲れでしょう? 紅茶でもいかがです?」




 ブティックの者たちが去った、アウレリアの私室の客間。最初の二日ほどは彼女にも関連していたが、あとはほとんどがディートリヒの衣装のデザインばかりを見ていた気がする。仕える王女に何をさせているのかと心の中で何度も思ったが、彼女は「私は楽しいので大丈夫ですよ」と言うので、有難く最後まで同席してもらったわけである。本当に助かった。


 しかし、デザイン選びが終わった以上、自分は彼女の護衛である。差し出された紅茶は丁重に断り、静かに仕事へと戻ったのだった。




(彼女の髪のおかげで、ある程度の音を聞き分けるのには支障がなくなったから、ちゃんと護衛として働けるのは、良かった。……辺境伯爵の地位をもらっても、お飾りの領主ではいたくないからね)




 胸元に隠した、アウレリアの髪の束に触れながら思った。場所が場所だけに、領主といえど戦地に赴かずに済むはずがない。王都を離れ、領地に向かうのはおそらく、アウレリアが二十の年を越え、結婚して共に来てくれることになった後だろうから、まだ先の話ではあるが。


 まあその前に、彼女に触れることなくこの声を消す方法が見つかれば、婚約関係も解消され、領地に向かう時期も早まるかもしれない。自分も、そして彼女も、眠るための何らかの方法が見つかったら、という、二つの条件が満たされた場合に限るが。




(『女神の愛し子』は常にこの国に存在していて。でも、夢を見ずに眠る方法は存在していなかったのを考えると、まあ、無理だろうけれどね)




 領地経営など考えたこともないため、その辺りはアウレリアと共に、与えられた地を盛り立てていけたらと、そう思った。


 昼を過ぎ、昼食を終えると、アウレリアは毎日、自らの執務室へと向かう。あの日から、ディートリヒもまた、毎日彼女の傍らに寄り添っていた。彼女の意識を、現実へと呼び戻すために。


 アウレリアは毎日、夢を見ていた。いつか、この先の未来で起きる魔物の襲撃をその身で体験し、それを記録して人々を救う手立てとしていた。夢から覚めた彼女の目を醒まさせることが、ディートリヒの新しい仕事である。


 泣き叫ぶ彼女を引き寄せ、抱きしめ、声をかけて。胸ぐらをつかまれ、時には引っかかれ、噛みつかれ、殴られて。それでも、彼女に言葉を囁き、目を醒まさせた。目を醒ました彼女が自分を見て、その肩の力を抜く。その瞬間が、ディートリヒにとってはとても心地良かった。自分を見て安心する彼女の姿が、たまらなかった。




(俺は、この崇高で、洗練された、愛らしい人が、……心底、好きなんだろうね)




 毅然として、民の為にと自らを傷付ける彼女が、自分にだけは心の奥底を吐露して泣き喚く。女神のような彼女の、本来の、ただの少女である姿が、とても愛おしかった。


 夢など見ないようにしてしまいたいのがもちろん、ディートリヒの本音ではある。怯える彼女が、あまりに苦しそうで。けれど、彼女自身がそれを誇りとし、受け入れるというならば。


 自分に出来ることは、苦しむ彼女を慰め、慈しむことだけだから。少しでも彼女の心を守れたらと、ディートリヒは彼女に声をかけ続けるのだった。




(明日の夜会で、俺が何を言われても別に構わないけれど。……彼女が何か言われていたら、大人しく出来るかな)




 初めて言葉を交わした時に言っていたような、彼女の本質も知らず、彼女を傷付けるような言葉を聞けば、知らない内に手が出るかもしれない。魔法を使ってしまうかもしれない。


 下手に暴れたり、周囲に危害を加えれば、彼女にも迷惑をかけてしまう。だから出来る限り我慢しなければと思うも、そんなやつがいたら人知れず葬ってしまいたいというのが本音である。困ったことに、黒魔法はそれが出来てしまうから。




(しないけどね。……多分)




 薄暗い思考を隠しながら、ディートリヒはまた夢から目覚めたアウレリアを優しい表情で見つめ、穏やかな声をかけ、目醒めさせるのだった。

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