23-1(ディートリヒ)
すうすうと、やっとのことで眠りについた腕の中の少女の背を撫でながら、ディートリヒは彼女の真っ黒な髪を眺めていた。見るともなしに、ぼんやりと。
この部屋に入った時に、闇魔法を使ってこの空間を隔離しておいた。昼間の光景を見て、彼女と話したいと思っていたから。周囲に声は聞こえない方が良いだろうと、そう思って。
本当に、良かったと思った。彼女の泣き喚く声は。彼女の心の奥底の声は、自分以外、誰にも聞こえていないから。
強い人だとは思っていた。出会ったその、最初から。優しい人だと。自分を顧みない人だと。
けれど、そんなものじゃなかった。そんな程度の、話じゃなかった。
「夢の中で、何度も魔物に殺される、って」
そんなの、ただの拷問ではないか。
思わず抱きしめる腕に力が入りそうになり、動きを止める。軽く息を吐き、アウレリアの頭を抱き込むようにして、その髪に顔を埋める。甘い花の香りが、鼻孔を擽った。
孤児として生まれ、平民として生き、『黒の森』の中を二年以上も彷徨った。アウレリアの、『女神の愛し子』の力がなくても、自分たちは生き残った。魔物の襲撃に耐えながら。
だけど、そんな自分でも一度も経験したことがないのだ。魔物に殺される瞬間、なんて。
それを何度も繰り返し経験させられるのだ。逃げ場もなく、ただ毎日毎日、繰り返し。
考えただけでも、ぞっとする。
「……俺は、君に何と言ってあげたら良かったんだろ……」
自分が口下手だから、というのももちろんあるだろう。けれど、今の話を聞いて、彼女の状況を目にして、何か声をかけられる者がいるのだろうか。少なくとも自分には、何も言えなかった。
せめてその苦しみを少しでも、ほんの少しでも吐き出して欲しくて、慣れない誘惑をしてみたのに。
彼女らしいというべきか。ディートリヒの言葉を拒否した彼女は、あまりにも誇り高く、美しく。そして。
「……とっても、脆く見えたよ」
周囲にばかり目を、優しさを向ける彼女は確かに『女神の愛し子』だった。これ以上にない程、その名に相応しい人だった。民を護り、国を護り、これ以上ない程誇らしい人だった。けれど。
本音を漏らした彼女自身を守ることは、出来ないでいた。死にたくないと呟く彼女もまた、この国の民の一人だというのに。
だから。
(俺が、護りたいと思った。君の心を。強い君の、一番弱いところを。……君の周りには、沢山の人がいて。俺以上に、その役割に相応しい人間もいるんだろうけれどね)
自分が、護りたいと思ったのだ。表面上の彼女ではなく、彼女の弱さを。彼女の嫌う、彼女自身を。
「俺にだけは、本当のことを言って。これからも。全部全部、受け止めてあげるからね」
ふわりと、触れるだけの口づけを彼女の頭に落としながら呟く。彼女の身を護る者は大勢いるだろう。彼女の誇りを支える者もいるに違いない。
だから自分は、彼女の弱さを引き受けられる人間になりたい。ただ一人の、そんな人間に。辛く当たっても、我儘を言っても、迷惑をかけても良いと、彼女が思える、そんな人間に。彼女の心が少しでも軽くなるならば、自分は彼女が傷付けることの出来る唯一で構わなかった。
そこまで考えて、思う。もしかしたら、自分は。
「……君に、依存して欲しいのかもね」
自分だけは絶対に傍にいないといけない。彼女がそう思うような人間になりたいのかもしれないと思い、苦笑する。
どうやら自分は、自分で思っていた以上に、随分と面倒な性格をしているのかもしれなかった。
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