22-1(アウレリア)
初めて夢を見たのは、まだ十の年にも満たない頃だった。
夢の中で、トカゲの頭を持つ人型の魔物に襲われ、首を刎ねられたのだ。自分のものとは到底思えない、高い位置からの視界に戸惑っているうちに、自分の意志とは関係なく動く身体がその魔物と出会った瞬間に。
今でも覚えている。転がった頭部から見た、その景色を。色のない世界の中、黒に近く、しかし黒ではない液体が、水たまりのように広がる光景を。
忘れろと言っても、無理な話だった。
自分の泣き叫ぶ声で目覚めたアウレリアを、侍女やメイドたちが驚いて慰め、慌てた様子の父と母、そして兄がやって来た。一体どうしたのかと、周囲にそう問いながら。
誰にも理由など分かるはずもなく、母がアウレリアに問うてきた。何があったのかと。
『ゆめ。ゆめを見たの、かあさま……』
両親は納得した様子だった。苦しそうに顔を歪めながらも、アウレリアが『女神の愛し子』だと理解したのだ。
「先代の『女神の愛し子』だった、公爵家の令嬢が亡くなったと聞いたのは、その日のことでした。『女神の愛し子』は、王族の血が流れる女性に引き継がれているから」
ディートリヒと共にベッドに横になり、仰向けになって天蓋を眺めながら、アウレリアはそう説明した。隣から視線を感じてちらりとそちらを向けば、思った通りと言うべきか、ディートリヒはこちら側を向いて横向きに寝転がっていた。アウレリアの手を握って。
先代は、十七歳という若さで亡くなったという。それでも、『女神の愛し子』の平均寿命からすれば、三年ほどは長く生きていた。
その頃には、先代の容態もあまり良くはなく。父も母も気づいていたのだ。次の『女神の愛し子』は、アウレリアではないか、と。『女神の愛し子』となる少女の年齢は十歳前後の場合が多く、王族の血が流れている少女たちの中で、その年頃だったのはアウレリアだけだったから。
「毎日、眠っては泣き叫んで目覚めて、疲れて眠って。そしてまた夢を見て泣き叫んで起きての繰り返しで。……そんな私を見守る、両親や兄の方が心配になってきました」
忙しい合間を縫って様子を見に来る三人の顔には、疲労の色が濃く出ており、苦しくなった。三人をそんな風にしているのは、自分だと分かっていたから。
「だから、その頃から言うようになりました。私は大丈夫だ、と。心配しないで、と」
幼いながらにも、気付いていた。自分が、この残酷な夢を見なくなることは、もうないのだと。それと同時に、どれほどこの夢が、重要なものなのかも、理解していた。
「私を心配して、健康状態に支障を来す両親や兄を安心させたくて、何ともないふりをするようになりました。手が震えないように、声が震えないように、必死に抑えて。それでも、随分と長い間、皆私を心配してくれていましたね」
夢に、匂いや色、触覚がなくて本当に良かったと思う。それらがすべて揃っていたら、自分は気が触れていただろう。それか、自ら命を絶っていたはずだ。
次の死が待っていないのならば、死んだ方が良いと思う。それほどまでに、何度も何度も、殺されてきたから。
「それらの感覚がなかったから、夢だと思い込むことが出来ました。……思い込むよう、言い聞かせることが出来ました。同時に、周囲の、侍女やメイド、騎士たちから言われたのです。私のこの、『女神の愛し子』の力は、希望なのだ、と」
夢の中で悲惨な形で命を失った誰かを救うことが出来る、唯一の情報だから。唯一の力だから。まるで女神そのもののように、彼らはアウレリアを讃えた。
「褒められたかったわけじゃないの。でも、民を、誰かを救えることは、純粋に誇らしかった。だから、……必死に押し殺した。誇りなのだと自分を納得させて、心の奥を麻痺させて」
自分はもう、このような夢を見ることに慣れたのだ。だから大丈夫なのだと、そう思い込んで。
でも、本当は。
「……先に謝るね、アウレリア。ごめんね」
静かにアウレリアの言葉を聞いていたディートリヒが、ぽつりとそう呟く。驚いてそちらを見れば、彼は自らの身体を、アウレリアの身体へと寄せた。まるで、抱きしめるようにして腕をアウレリアの首の下へと通し、反対の手で、彼がいる方とは逆のアウレリアの肩を掴んで、引き寄せる。
まるで、ではない。彼はアウレリアを、抱きしめていた。
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