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20-3(ディートリヒ)

「髪はある程度の長さまで伸ばして束ねたら、落ちることも少なくなるんじゃないかと。試してみようと思ってるんです。……まあ、今はその必要もないでしょうけれど。服は切り裂いてレオンハルトの処分品として捨てるようにしたら、さすがに持って行く物はいなくなりましたよ」




 他にも、ペンなどの固い物は、原形が分からないくらい細かく砕いて処分し、書類などは自ら燃やすようにしていた。不思議なことに、おかしなことをする者は身分が高い場合が多いため、自衛するのが最も効率が良いのだ。それなりに効果はあったので、それでもどうにもならない相手は、気にしないことにした。それ以外に、手を打つことなど出来なかったから。


 握りしめた手が痛まぬよう、アウレリアの手を解いていく。安心させようと、「後はもう、いつものことだと慣れました」と、笑って続けるけれど。


 アウレリアは不服そうな様子で、深く息を吐いた。「それ自体がおかしいのです」と言いながら。




「被害者の方が気を遣い、身を守るしかないなんて。……けれど、現在の法では、そのような相手の罪を問うことも出来ない……。手を挙げられたり、どこかに連れ込まれたりと、直接的な被害がなければ動くことが出来ないなんて……」




 「何か考えなくては……」と呟き、アウレリアはこれまでの検証の結果をまとめた紙に、何事かを書きつけていた。




「卿には申し訳ないのですが、今言った通り、あなたの平穏を乱した相手を取り締まることは、現状、……出来ません。ですがこれからは、あなたの身は私が護ります。……正確に言うと、私の周りの者に頼んで、髪などは早々に捨ててもらい、服なども処分いたします」




 言って、アウレリアはテーブルの上に置いたままだったディートリヒの手を両手で握った。「だから、安心してくださいね」と。


 こちらを元気づけようとしてくれているのが分かり、ディートリヒ知らず笑みを浮かべていた。「ありがとうございます、殿下」と言えば、彼女はふるふると首を振った後、「お礼を言われるようなことではありませんよ」と言って、少しだけ笑ったようだった。




「ああ、話が脱線してしまいましたね。では、明日にでも髪を切って、お渡しいたしましょう。良いですか?」




 問うてくるアウレリアに、ディートリヒは「もちろんです、殿下」と答え、頭を下げる。気持ちが悪いと拒絶されることも考えていたというのに。検証の結果が良い物であろうと、悪い物であろうと、やってみなければ分かりはしない。

 王女という高貴な立場でありながら、おかしな申し出を受け入れてくれたアウレリアには、本当に頭が上がらなかった。


 アウレリアはその場で、侍女たちに急遽決まった明日の予定を告げる。侍女たちはすぐさま、アウレリアの描いた予定が形になるように動き出していた。




「それでは、そろそろ時間ですので、今日の検証はここまでということで。次の予定に向かわなければいけませんね」




 言って、アウレリアはその場に立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。同じく立ち上がったディートリヒは、近付いてくる彼女に不思議に思いながら、その場に佇んでいた。


 すい、と彼女の手がこちらに寄せられる。手の平の上に置かれていたのは、先程の、アメジストを飾ったペンダントだった。




「ひとまず、これをあなたに。魔道具は完成まで時間がかかるでしょうし、髪もまだお渡し出来ませんから。少しでも、生活に支障がなければ良いのですが」




 見るからに高価だと分かる精緻な細工が施されたペンダント。それをあっさりと渡してくるところは、さすがは一国の王女というところか。


 「ありがとうございます。後ほど、お返しいたしますね」と言いながらペンダントを受け取れば、彼女はふるふると首を振った後、「それは、あなたに差し上げましょう」と彼女は応えた。




「聖力がなくなれば、また私が身に着け、補充すれば良いですし。……女物のペンダントで申し訳ありませんが、許してくださいね」




 そう言う彼女は、「それと」と言ってつま先立ちになり、こちらに顔を寄せる。自らの口許に手を当てた様子から、何か伝えたいことがあるのかと思い、ディートリヒは膝を曲げて彼女の口許に耳を近づけた。




「髪を譲るのは、あなただからです。あなたのことを、信用していますから。……私だって、誰にでも自らの一部だったものを預けるのは、気持ち悪いと思いますよ」




 「ね」と言って姿勢を正した彼女は、ベールの向こうで楽しそうに笑っている気がして。

 どきりと、心臓がおかしな音を立てた。


 予定していた仕事を行うため、今使っている客室ではない、アウレリアの本来の私室へと向かう。彼女用の客間の、更に奥の部屋。そこは執務室なのだろうと思うのだが、その壁際には書類や書籍のための棚があるのではなく、大きなベッドが一つ置いてあった。隣には、小さな机とそれに合わせた椅子が一つ。用途が分からず、ディートリヒは扉の外から見たその光景に首を傾げていた。




「それでは、いつも通りお願いしますね。……ディートリヒ卿は、クラウス卿と共に部屋の外、廊下の方へ。少し長くなりますので、途中で交代を挟んでも構いません。その辺りはクラウス卿に一任しておりますので、彼に聞いてくださいね」




 言って、彼女は侍女たちを数人連れ、部屋の中へと入って行く。そのまま、扉はゆっくりとしまった。女性の私室にしては、あまりにも豪奢で、重々しい扉である。




「殿下がお仕事をされる間、私たちの仕事はこの扉を護ることです。もちろん、お分かりかとは思いますが。私はこちらに控えておりますので、あなたはあちらの方へ」




 今まで静かにアウレリアの背後に控えていたクラウスは、そう言って扉の向かって左側の壁に背を向けて、静かに動きを止めた。護衛としては当然の姿に、しかし説明が少なすぎるような気もしながら、ディートリヒは彼の言葉に従って、クラウスとは反対側の壁の前に立った。護衛として、周囲におかしなことはないかと意識を向ける。


 アウレリアから預かったペンダントのおかげで、声は相変わらず聞こえるものの、辺りの物音をある程度拾えるようになった。もちろん、以前と同じとまではとても言えないが。


 一人で彼女の護衛をするのは気が進まないが、クラウスがいるため問題ないだろう。最も、何か手立てが見つかったなら、自分一人で彼女を護りたいとも思うが。


 アウレリアは、ディートリヒのことまで護ろうとしてくれる。ならば自分も、彼女を護りたいと思うのは当然のことだろう。心優しい彼女の、その心までも、全て。




(何か方法が見つかれば良いんだけどね……)




 せめて、もう少し。もう少しだけ、この脳裏で響く声が小さくなったならば。

 何か方法はないだろうかと、周囲を警戒しつつ考える。あれもだめだろう、これも難しいだろうと、一つ一つ考えては否定し、また新たな考えを出そうと、しばし頭を悩ませていた時だった。


 遠く、部屋の奥で、甲高い、アウレリアの悲鳴が聞こえたのは。

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