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2-2(アウレリア)

 せっかく、護衛のクラウスに待っていてもらうことに成功したというのに。


 心の中でそう呟くも、王女という身分を隠している以上、何も言わずに応じるしかなかった。まあ、目の前の仕事熱心な騎士が罰を受けると考えると良心が痛むため、仕方がなかったのだと諦めるべきだろう。


 気持ちを切り替え、コルドゥラの木の根元に腰かけようとしたところで、「あ、待って」と再び声をかけられる。

 今度は何か、とそちらを振り返ると、彼はどこから取り出したのか、黒いハンカチのような物を手に、こちらに歩み寄って来た。

 さっと、地面にそれを広げる。




「そのまま座ると、綺麗なドレスが汚れるから。使って」




 さらりと、彼は言う。低く甘い、艶のある声で、どこかぶっきらぼうに。


 流石は騎士というべきか。淑女の扱いを心得ているのだなと思いつつ、アウレリアは素直に礼を言って、そこに腰かけた。


 会場の喧騒は遠く、周囲からは風が花や葉を揺らす音しか聞こえない。夜の中庭は、昼間の、日の下よりもなお、静かな空間だった。




(昼間の空気よりも、澄んでいて心地良い……。戻らなくてはだめかしら。このままここで時間を潰して、そのまま部屋に戻りたいわ)




 深く呼吸を繰り返し、身体に夜の闇を染み込ませながら、そんなことを思う。もちろん、王家主催の夜会に王族の一人として顔を出しているのだから、せめてもう一度、父と母に挨拶をしに戻るくらいはしなければならないだろう。そう分かってはいるけれど。


 戻りたくないな、でも、これも義務だからとぼんやりと思いつつ、ふと頭を過ぎる。義務、と言えば。

 「あの、聞いてもよろしいですか?」と、アウレリアは先程の言葉の通り、草や木のように気配を消している傍らの青年に声をかけた。




「決して逃げ出そうとかそういう意図ではないのですけれど。……とても今更なのですが、騎士様の持ち場は大丈夫なのですか?」




 言い、傍らを見上げてそう首を傾げる。単純に不思議に思ったのだ。人の気配を感じて現れるほど真面目な騎士が、自分の担当している場所を放置しているのだから。


 もしかしたら、真面目に見せかけて、サボりに来ている不良騎士なのかもしれない。そんなことも少し、頭を過ぎる。


 しかし騎士の方は特に考える素振りもなく、「もちろん、問題ないよ」と応えた。その背を、寄りかかるようにしてコルドゥラの木の幹に預けながら。




「俺の持ち場を一つの円にして、その端から人が入れば、反対側の端から出てくるように闇魔法の魔法陣を敷いてきたから。誰も、俺がいないことにさえ気付いていないはずだよ」




 「だから大丈夫」と、なんてことはないというような口調で言われた言葉に、アウレリアはしばし間を空けて内容を理解すると同時に、唖然とする。この人は、アウレリアが考えていたよりもずっと力のある闇魔法使いかもしれない。


 先程もいったように、通常、闇魔法は異空間を使って人を移動させたり、異空間に新たな空間を作り上げる魔法である。そのため、対象となる人間や場所など、かなり細かな情報や座標が必要になるのだ。


 しかし彼の言葉によれば、彼は対象を絞ることが出来ない、不特定多数に対してそれを行うように魔法陣を敷いているのである。情報が正しくなければ、下手すれば身体の一部を失ったり、内臓が機能しなくなったりすることもあるというのに、だ。




「ほ、本当に大丈夫なのですか?」




 重ねて聞いたアウレリアの言葉があまりに怯えを含んでいたのだろう。騎士は一拍の間を空けた後、少し笑ったような気がした。




「もちろん。今まで失敗したことないから。魔法の対象を、人じゃなくて空間にしているんだ。人を移動させているんじゃなくて、空間を別の場所に移動させただけ。俺の持ち場の空間を、一時的に消滅させたって言うと分かりやすいかな。人を移動させるより安全だからね」




 簡単に彼は説明してくれる。とても分かりやすいそれはしかし、闇魔法を使わないアウレリアでも、言う程簡単ではないということぐらい、理解できた。


 彼の言う持ち場の空間とは、等間隔に並んだ隣の騎士の中間地点から、反対側の騎士との中間地点までだと予想できる。先程その傍を通ったアウレリアには、その距離が決して短いものではないと分かっていた。

 その上、彼は自分の持ち場を円として例えていたのである。それだけの広さの空間を消滅させるなど、どれほどの規模の魔法陣と魔力が必要か分からない。だからこそ、その発想自体が、とても稀有だということも、分かる。




(この人は、とてもすごい闇魔法使いなのだわ……)




 感心しながら、傍らを見上げる。闇魔法に優れた黒騎士。

 父や兄、王城の侍女たちの口から、優れた騎士に関する話題やよく耳にしていたが。闇魔法を使う珍しい魔法騎士の存在は聞いたことがなかった。


 隠しているのだろうか。だとしたらなぜ、と思うけれど。




(これほどの力がある魔法使いならば、まず間違いなく魔法士団が放っておかないでしょうね。魔法使いではなく、騎士でいたいのかしら)




 一人、心の内で考えを巡らせる。

 魔法士団とは、騎士団とは別に、魔法を使うことに長けた集団である。当たり前だが、剣を使うようなことはしない。むしろ、剣を使う者たちを少々侮っている面も見られる者たちであった。


 どんな思惑があるにせよ、優秀な闇魔法使いの騎士の存在が公になっていないのには、何か理由があるはず。言いふらすようなことはしないでおこうと、アウレリアは小さく頷いていた。


 夏に入る前の空気はほどよく暖かい。先程から花や木の葉を揺らしていた風が、アウレリアの頬を撫でる。僅かに目を細め、再び深く息を吸い、吐いて。




「ごめん、俺からも少し良いかな」




 そう、今度は傍らで立っていた騎士が、ぽつりと呟いた。

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