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19-1(クラウス)

 すでに外は明るく、一日の始まりに小鳥たちが囀っている。

 護衛対象である王女、アウレリアと、彼女の仮の婚約者であるディートリヒが眠っている部屋の隣で一夜を明かしたクラウスは、衣擦れ一つ聞こえてこない隣室の様子を窺いつつ、扉の横の壁に背を預けて、二人が動き出すのを待っていた。


 いつもならば、とっくに活動を開始している時刻だというのに。




「……本当に、眠れたのでしょうか」




 低く零れた声は、信じられないというような、驚きを滲ませたものだった。


 妹の命を救ってくれた恩人である彼女を護りたいと思うのは、ごく自然なことだろう。そう、クラウスは思っていた。


 年の離れた妹は身体が弱く、療養の為にいつも領地の別荘で過ごしていた。あの時も、そうだった。


 国から、ツェラー侯爵である父に連絡が入ったのは、そんないつもと変わらない日のこと。所属していた青騎士団の団員として出仕していたクラウスは、首都にある侯爵邸に戻ってから、話を聞くことになった。ツェラー侯爵家の領地で、魔物の襲撃が起こる、と。


 ツェラー侯爵家の領地は、他の領地に囲まれており、これまでに魔物からの襲撃を受けた回数は、祖父の代から数えても、片手の指の数で足りる程度で。伝えられた場所の周囲に、いつもよりも多く騎士たちを配置しておけば大丈夫だろうと、そんな軽い考えで、魔物の襲撃に備えていた。


 その考えが甘かったと気付いたのは、魔物の襲撃を受けたその日のことだった。


 領地の中心にほど近い場所にある小さな森に、魔物が住みついたのはいつからなのか。稀に周囲の家畜が被害にあっていたらしいが、獣の仕業だと思われており、魔物が生息しているなどと誰も分からなかったのだ。


 そうしてその森から少し離れた場所に、ツェラー侯爵家の別荘があった。そのような所を通る必要のない妹がその森の周辺を通りがかったのは、運が悪かったのだと思っていた。その時は。退屈していた妹が外に出かける際、配置されていた騎士たちを避けるには、その道しかなかったから。


 当時、『女神の愛し子』が予見した魔物の襲撃は、おおよそ一週間からふた月ほどの間に起こる未来だとされていた。だからツェラー侯爵家でも騎士を配置し、周辺の者たちにあまり出歩かないようにと注意喚起をしていたというのに。


 妹は家族にも何も言わずに、使用人たちと家を出たのである。国から魔物の襲撃を通知されてから、ふた月ほどが経った頃のことだった。


 誰もがうっすらと思い始めていたのは事実だ。今回の予見は、外れたのだと。魔物の襲撃はないのだと。けれどそれでも、誰も外へ飛び出すことはなかったというのに。


 妹を載せた馬車は、件の小さな森の周辺を通りがかった時に、魔物に襲われた。少し離れた位置に、増員していた騎士がいて、気付いてくれたから助かったのだ。騎士たちもまさか、封鎖している場所にどこからか馬車が入り込んでいたなんて思ってもいなかっただろう。予見の通り襲撃した魔物を、騎士たちが仕留めてくれたのだという。


 結果として、妹は命拾いし、他に犠牲者もいなかった。魔物が飛び掛かって来た際に馬車が倒れ、中にいた妹と使用人、御者の三人が怪我をしたというが、それほど酷い怪我ではなかったという話だ。


 普段はあまり怒りを表さない父も、この時ばかりは妹を叱りつけていた。母は泣きながら、声を張り上げていたらしい。その場にいなかったから、伝え聞いた話としてしか知らないけれど。


 後から妹の話を聞いた所、時折、彼女はその道を使っていたのだという。一番近い町まで足を運ぶのに、最短距離になるからだそうだ。


 ちなみに、事が起きた後、ツェラー侯爵家の面々でアウレリアに感謝の意を伝えるために彼女の元を訪れた際に、聞いてみたのだ。ツェラー侯爵領で襲撃されるはずだった人間は誰なのか、と。




(馬車に乗った少女が襲撃される予定だったと聞いた時、どれほど恐ろしかったことか。……殿下は妹の顔を知らず、妹も街に出る際は目立たぬような恰好をしていたそうですから、貴族だとは思われなかったのでしょう。……ぞっとするというのは、ああいう気分のことをいうのでしょうね)




 近くにあるのは、人も少ない小さな町だけ。馬車を使う者など誰もいないのだ。ツェラー侯爵家の者を除いては。


 それから、父も母も、妹も、もちろん自分も、『女神の愛し子』である王女に感謝の意を示し、彼女を絶対の存在だと考えるようになったのである。当然の帰結だろう。

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