18-2(ディートリヒ)
騎士団は騎士団でも、黒騎士と白騎士は所属している者たちの立場が全く違う。端的に言えば、黒騎士は平民が主であり、白騎士は貴族が主の集団だ。まあ、中には変わり者もいるが、大まかにはそのように分かれている。
そんな中、いくら『魔王封じの儀式』で業績を上げたとはいえ、黒騎士、つまり平民の騎士が、『女神の愛し子』である王女と婚約した、などと言えば、反発が起こる可能性があるのだ。だからこそ、白騎士団へと異動することになったのだろう。
(まあでも、今度は白騎士団内で反発が起きそうではあるよね。成り上がりの貴族な上に、最高位の侯爵に並ぶ辺境伯爵位。……いっそのこと、喧嘩を売って来てくれると良いんだけど。力づくで黙らせるのが一番楽だし)
穏やかな表情を浮かべたまま、ディートリヒは心の中でそんなことを考えていた。
元々の容貌が優美なために誤解されがちだが、ディートリヒは間違いなく、平民育ちの孤児である。口で言い負かすよりは、拳に物を言わせるほうが得意だった。そういった世界で生き延びて来たのだから。
だからと言って、貴族だらけの騎士団に入って殴り合いの喧嘩をするわけにもいかないが。よくて剣での勝負だろう。どのみち、負ける気はないが。
(まあ、そんなことを言ったら驚いてしまうだろうから、言わないけどね。……ん、っと、喋りすぎたかな)
ちら、と視線を向けた先では、アウレリアが少しずつ睡魔に襲われつつあるようで。俯いた顔はぼんやりした表情を浮かべていて、何度も瞬きを繰り返し始めていた。
(そろそろ寝ようか、って言おうかと思ったんだけど、……そうすると、目が覚めそうだよね)
緊張していたようだから、言葉を交わしていたのだ。やっと緊張感が薄れて来たからこそ、こうして眠気に負けそうになっているのだろうから、変に意識させない方が良いのではないだろうか。「寝ようか」、なんて自分の口から言えば、また緊張して目が冴えてしまうかもしれない。
そんなことを考えている間にも、アウレリアの瞼はだんだんと落ちて来ている。こくり、こくりと頭が揺れ始めるのを、じっと見守って。
ぐらり、と身体が倒れそうになった瞬間、ディートリヒは腕を伸ばし、彼女の身体を受け止めた。
起きただろうかと、慎重にその顔を覗き込めば、健やかな寝息を立てる彼女の姿がそこにはあって。ほっと、息を吐いた。
「……こんなに疲れ切って、有り得ないくらい頑張って。その上で、国民や、俺のことなんか心配するんだから、ね。……俺も、君のことが心配だよ。本当に」
無理をする事を当たり前だと思っている彼女は、自分のことを後回しにし過ぎている。そうせざるを得なかった、と言った方が良いのかもしれないが。
それでも、これからは自分が傍にいる。休む時間を与えてあげられる。
「……おやすみ、アウレリア。ゆっくり休んでね」
これまでの時間を取り戻せるくらいに、ゆっくりと。
耳元で小さく囁き、彼女が起きないようにと細心の注意を払いながら、その細い身体を持ち上げる。あまりに軽い身体。恐ろしいくらいにか細く、力を入れて大丈夫なのだろうかと不安になりながら、ゆっくりとベッドに仰向けに横たえて、ディートリヒもまた、その隣で横になった。慎重に力を込め、彼女の手を掴んだまま。
ベールを外した彼女は、長い睫毛に覆われた目を閉じ、その淡い色の唇を僅かに開いて、規則的な呼吸を繰り返す。薄い腹部が上下するのを見て、なぜだかほっとした。広い寝室の中に、静かな時間が流れている。
穏やかな寝息は、耳に心地良く、まるで染み込んでくるようで。アウレリアの寝顔を見つめていたディートリヒもまた、あっという間に眠りに落ちていった。
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