18-1(ディートリヒ)
「ねえ。俺は恋人なんていないわけだけど、……君は? 俺が婚約者で大丈夫だった?」
ディートリヒはそう、アウレリアに問いかけた。むしろ彼女の方が、いたのではないだろうか。その隣に立つべく人間が。恋人、もしくは婚約者として。
(王族や貴族は、小さい頃から婚約者がいるものらしいから。……彼女にも、決められた相手がいたんじゃないかな)
例えば、今隣室に控えている、彼女の第一護衛騎士、とか。
ちらり、と思わず視線を隣の部屋へと向ければ、それに気付いたらしいアウレリアが数度瞬きをしたあと、「ああ」と小さく呟く。「クラウス卿ですね」と、察したように続けた。
「確かに、今回の件がなければ、私の婚約者は彼だったことでしょう。彼は白騎士ですし、第一護衛騎士ですから。……『女神の愛し子』は、十九の年に婚約者を選び、二十歳になると結婚します。正確には、二十歳になることが出来たら、ですが」
含みのある言葉に、ディートリヒは訝しく思いながら彼女を見つめる。アウレリアはちらりとこちらに視線を向けた後、困ったような顔をして俯いた。「短命なのです。『女神の愛し子』というのは」と、彼女はぽつりと呟いた。
「女神の力を借りる代わりに、短命になる、と言われていますが、本当の所は分かりません。人智を越えた何かが影響しているのか、それとも、単純に身体が弱ってしまうことによる、衰弱死なのか」
まるで他人事のように彼女は言う。「この年まで生きられた『女神の愛し子』は、それほど多くありません」と。
「だから、婚約者がいた者も、ましてや結婚した者も、数えるほどしかいません。婚約しておきながら申し訳ないのですが、そういうものだと思ってくだされば助かります。名誉職のようなものだ、と。……父や母、兄は、あまりそういった話をしたがりません。だから一応私から、お伝えしておきますね」
「私が婚約を続けることが出来なくなりましたら、すぐに解消して頂いて大丈夫です」と、彼女は静かに告げた。
口を閉じたまま、彼女の話を聞いていたディートリヒは、心の中で、なぜ、と思う。なぜ女神は、そのような人の手に余る力を、彼女に与えたのだろう。自分が死ぬことが当然であり、仕方のないことなのだと、そういう彼女の考えが聞こえた気がして、知らず表情を暗くする。
民を魔物から救うための力。けれどそれを使うために、女神からも愛されるほどに清らかな心を持った彼女の命が削られるというのは、ディートリヒには到底納得できそうになかった。
と、繋いでいた手をくい、と引かれて、ディートリヒはそちらへと視線を向ける。困ったような顔をしたアウレリアは、その表情の上に、僅かに笑みを載せた。「……寝る前に、暗い話をしてしまいましたね」と言いながら。
「そういうことで、私にも恋人や婚約者はおりません」
そう言って、この話題を締め括ろうとするアウレリアに、ディートリヒもまたその顔に少しだけ笑みを浮かべて、「そっか」とだけ答えた。言及すれば、彼女を困らせることに気付いていたから。
けれど、気になることは他にもある。先程の、彼女の言葉。自分との件がなければ、婚約者がクラウスだっただろうという、その言葉である。
「……本来なら、白騎士の第一護衛騎士が、『女神の愛し子』の婚約者になるって決まってるの?」
首を傾げながら、訊ねてみる。特に秘されている話でもないようで、アウレリアはこくりと一つ頷くと、「慣例、のようなものです」と教えてくれた。
「短命な『女神の愛し子』を守ってくれた第一護衛騎士に、『女神の愛し子の婚約者』、もしくは夫である、という最後の名誉を与えるために。もちろん、『女神の愛し子』や第一護衛騎士に、他に相手がいる場合は、その限りではありませんが」
言って、アウレリアはその紫の目を手でくし、と擦る。少し眠くなってきたようだった。
その様子を眺めながら、「だからか」と、ディートリヒは呟く。「だから、皇太子殿下に呼ばれたのか」と。
「何でわざわざ白騎士に所属を変えるように言われたのかと思ったけれど、これで分かったよ。少しでも、慣例に近付けた方が周囲からの批判も少ないだろうしね」
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