17-3(アウレリア)
(何というか、すごく、擽ったい)
自分の名を呼んだ彼を見て、アウレリアは目を泳がせる。王女である自分の名を敬称なく呼ぶのは、家族くらいのものだから。
ディートリヒはそんなアウレリアの方を見ながら、微笑ましそうな、柔らかい笑みを浮かべていた。
「あの、ディートリヒ卿、……ディートリヒは、良かったのですか? いくら事情があるからと言っても、仮とはいえ、婚約まですることになって」
「恋人など、いらっしゃったのではないでしょうか……?」と、アウレリアはおそるおそる訊ねた。
美貌の騎士であった彼に恋人がいるという話は聞いたことがない。アウレリアの侍女たちでさえ、彼の話題はよく口にしていたから。彼の一挙手一投足は、特別なことなどしなくとも、そこにいるだけで人々の口に昇っていたのだ。けれど、だからと言って本当にいなかったかどうかは分からない。
そうして、恋人がいたとするならば、理由があり、仮とは言っても、婚約者が出来るというのは不本意だろう。相手がアウレリアであるため、王族が権力を使って無理矢理婚約することになった、とでも言えば、巷を騒がせる恋愛小説の内容くらいにはなるかもしれないし、恋人も納得するかもしれないが。
それならそうで、こちらの対応も変えた方が良いかもしれないと思いディートリヒの方を見遣れば、彼はなぜか、面白そうな顔でこちらを見ていて。ふるふると、その首を横に振った。「恋人はいないし、もしいたとしても、なかったことになっているだろうね」と、先程よりも砕けた口調で言いながら。
「俺の周りに寄って来てたのは、皆俺の顔が好きか、俺の顔を利用しようとしているやつばかりだったから。もし恋人がいたとしても、戻って来て、顔が変わっているのを見た途端、離れていっただろうな。……同行していた令嬢たちが、その良い例だよ」
彼が言うには、『魔王封じの儀式』に参加していた数人の令嬢たちの内、何人かの令嬢が、毎晩のように彼の元を訪れていたのだという。既成事実を作るために。平民と言っても、他に類を見ない程美しく、『魔王封じの儀式』に参加した時点である程度の爵位は約束されているのだ。繋ぎを持ちたいというのも分からない話ではなかった。やり方は酷すぎるが。
彼女たちのおかげで、彼はそもそも旅の途中、ろくに眠れていなかったらしい。そんな状態で魔王と戦い、封じ、帰りの道のりでも眠りを妨げられ。最終的に顔が変わるほどに疲労を蓄積したというわけだ。
何というか、不憫である。色々と。
「魔王を封じた時点で令嬢たちは近寄らなくなってくれたけどね。……一人を除いて、だけど。まあその一人も、顔が変わるにつれて声もかけてこなくなった。正直に言うと、楽になったな、って思ってるんだ」
苦笑を交えながら言う彼に、しかしアウレリアは、その令嬢たちに対して憤りを感じていた。顔が変わったことをこうして話すほどに追い詰めていたこと。魔王を封じるという偉業を成し遂げた彼を遠巻きにしたこと。顔が変わったからと興味をなくしたこと、その全てに。
あんなに美しい顔を持っていながら、顔を見て心無い言葉をかけられたというアウレリアの話を聞いて、アウレリア以上に怒りを覚えてくれた、優しい人だというのに。誰もその本質を見ようとしないなんて。
「……身体を休めれば、きっと元の美しさを取り戻せます。そんなに、投げやりにならないでください、ディートリヒ」
彼が美しかろうと美しくなかろうと、アウレリアにとってはどちらでも構わなかった。アウレリアが再び話して礼を言いたいと思った彼は、そもそも暗闇の中で、その顔すら分からない相手だったのだから。
けれど、恵まれた容姿を持っていながら、その長所がなくなって楽になった、なんて、悲しすぎるではないか。
「仮にとはいえ、あなたは私の婚約者となりました。もう、あなたがどんな姿であろうと、利用しようとする者はいませんから。……あまり使えないかもしれませんが、これからは、私の名前を盾にして頂いて構いませんので」
美しく、というよりも、早く疲労を回復して、健康を取り戻して欲しい。だって、婚約者なのだから。心配するのは当然ではないか。
そう告げて、にっこりと笑みを浮かべて見せる。ディートリヒは驚いたようにその真っ赤な目を見開いた後、「ありがとう、アウレリア」と、それはそれは嬉しそうに笑っていた。
昨日は体調不良でお休みしてました。
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