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17-2(アウレリア)

 考え込むアウレリアは、その様子をじっと見つめるディートリヒの視線に気付くこともなく。くすりと笑った彼がひそやかな声で呟いた、「そういえば、ずっと伝えたかったのですが」という言葉に、はっとして顔を上げた。




「そのベール、よくお似合いです。やっぱり、仮面よりもベールの方が、殿下には似合う」




 穏やかな口調で紡がれた、静かな言葉。ああ、やはり彼だったと、そう思った。あの日、自分を元気づけてくれたのは。


 「そう言って頂けると、嬉しいです」と、アウレリアもまた、その表情を緩めた。




「あの日の卿の言葉のおかげで、周囲の視線もあまり気にならなくなりました。服にも気を遣うようになり、……ドレスを選んだり、アクセサリーを身に着けたりすることが、今ではとても、楽しいのです。全て、卿のおかげです」




 やっと言えた、と思った。ずっと礼を言いたかったのだ。あの日、言葉を交わし、話を聞いてくれた礼を。だからずっと捜していたのだ。彼のことを。


 ディートリヒはその疲労を象ったような顔に笑みを載せると、「殿下のお力になれていたならば、良かった」と呟いていた。




「こちらこそ、あの日は助けて頂いてありがとうございました。殿下がああして侍女を装ってくださらなければ、俺は今頃ここにはいなかったでしょうしね」




 ふふ、と彼は笑う。「お相子ですね」と冗談のように言えば、ディートリヒは笑みを浮かべたまま、「本当に」と言って頷いてくれた。




「まあ、だから、と言うべきか。俺の前ではそのベールも外していて良いですよ。眠る時に着けておくのは苦しいでしょう」




 「それとも、いつも眠る時も着けていらっしゃるのですか?」と首を傾げながら彼に問われ、アウレリアはふるふるとその首を横に振った。さすがに、眠る時までは身に着けていない。息苦しいからだ。


 けれど、だからと言って彼の前で外すのも躊躇われる。見たことがあると言っても、見苦しいのに変わりはないのだから。


 思い、そう告げるけれど。ディートリヒはその顔に載せていた笑みを一度消すと、小さく息を吐き、すっと空いた方の手を伸ばしてきた。ベール越しに、するりと頬を撫でられる。「そのようなこと、気にしなくて良いのですよ。殿下」と、彼は呟いた。




「このような言い方をするのはどうかと思いますが。……俺の前で顔の造形の有無なんて、言い争うだけ無意味ですからね。今はこんな顔様ですけど」




 「分かるでしょう?」と言って首を傾げる彼は、どこか堂々としていて。呆気にとられて彼を見つめていたアウレリアは、一拍の後に、思わず吹き出していた。確かに、彼の言う通りであったから。


 今でこそ、顔色が悪く頬も痩せこけているため、美しいという言葉には遠いかもしれないけれど。元々は、その美しさだけで人々の話題になるほどの人物である。アウレリア自身、実際に彼を目にした時は、人々の噂が大げさなものではなかったのだと感心したほどなのだから。


 そんな人の前で、容貌が見苦しくない者の方が少ないだろう。少なくとも、アウレリアは彼に並ぶほどの美貌を見たことがなかった。




「ディートリヒ卿の仰る通りです。あなたの前で、顔が見苦しいなんて、考えるだけ無駄と言うものですね。誰も素顔を晒せなくなってしまいますから。……それでは遠慮なく、外させて頂きます」




 絶世の美貌を持っていた男の前で、何を取り繕う必要があるというのか。思えば、隠さなければと悩むのも馬鹿らしく、アウレリアはその顔を覆っていたベールを外し、ベッドサイドのチェストの上に置いた。深く、息を吸い、吐き出す。たった一枚の薄い布であっても、やはり息苦しいことに違いはなかったから。


 ディートリヒはベールを取り去ったアウレリアを満足げに眺めて、「俺の前では、あなたのままでいてくださいね」と言って微笑んでいた。




「それに、俺のことはディートリヒと呼び捨てて頂いて構いません。一緒に眠る仲ですから。卿と呼ばれると、少し堅苦しくて」




 「ディディと、愛称で呼んで頂いても構いませんけれど」と、ディートリヒは楽しそうに続ける。さすがに最初から愛称で呼ぶのは気が引けたので、彼の言葉に甘えて、「では、ディートリヒ、と」と彼の名を呼んだ。




「私のことも、アウレリアと呼んでください。仮とはいえ、婚約者なのですから。敬語も、気にしないで頂いて大丈夫です。……呼びにくければ、構いませんが」




 王女殿下、と呼ばれるのは、当然と言ってもやはり少し距離を感じていたため、思い切ってそう提案する。ディートリヒは少し驚いたような顔になった後、「良いのですか?」と訊ねて来た。アウレリアが頷けば、彼は嬉しそうに笑みを浮かべて、「……アウレリア」と小さく呟いていた。

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