17-1(アウレリア)
ベッドに座り、深く呼吸を繰り返す。大丈夫。何をするでもなく、ただ添い寝をするだけなのだから。同じベッドに横になるだけである。
「それでは、わたくしはこちらの部屋におります。あちらの部屋の扉は開いており、パウラが控えておりますので、何かあればどちらなりと、遠慮なく声をかけてくださいね」
侍女の一人は、そういってアウレリアがこれから使うことになっている、個人の寝室へと戻って行った。
同時に、かちゃり、と控えめな音を立てて反対側の扉が開き、夜着姿のディートリヒが現れる。彼はこちらに顔を向けると、さっと騎士の礼を取った。
「こんばんは、ディートリヒ卿。お顔を上げてください。お部屋の使い心地はいかがですか?」
何と声をかけるべきかと考えた後、アウレリアは小さく息を吐き、そう口を開いた。暗い色のベール越しに、ディートリヒが顔を上げ、その顔を優しく緩めるのが見える。
「こんばんは、王女殿下。とても素晴らしいお部屋で、少々戸惑っているところです」と、彼は苦笑交じりに言い、その場で姿勢を正した。
と、そのまま躊躇うように近付いてこないディートリヒの様子に、「どうぞ、こちらへ」と声をかける。彼はそれでも少し逡巡するようにその場に留まっていたが、一つ息を吐くと、こちらへと歩み寄って来た。
(このまま横になる? でも、さすがに少し、緊張する……)
意図がどのようなものであれ、男性と共にベッドを使うのは、当たり前だが初めてのこと。ベールで顔は見えないだろうから大丈夫だとは思うが、アウレリアは実際のところ、心底緊張していた。
相手は騎士のため、王女であるアウレリアに遠慮してしまうのは目に見えていたし、ディートリヒの様子を見るに、実際そのようである。だから、何とか自分が誘導して、共に眠らなければと、そう思うのだけれど。
アウレリアはそう、わたわたと俯いて考えていたため、ベッドから少し離れた位置で眺めていたディートリヒが、じっとアウレリアの方を見た後、小さく微笑み、更に歩み寄って来たことに気付くのが遅れた。
「アウレリア王女殿下。よろしければ、隣に座らせて頂いても?」
穏やかな口調。すぐ近くから声をかけられて、驚いて顔を上げる。と、予想よりも近いところに顔があって、ぎょっと身を引いた。「も、もちろんです」と、平静を装って応えながら。
返事を受けたディートリヒは、「ありがとうございます」と微笑むと、アウレリアの隣に、人一人分空けて座った。
「お手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
そう問われ、ディートリヒの行動を目で追っていたアウレリアは、こくりと頷く。「もちろんです」と言いながら、彼の方に手を出せば、彼は嬉しそうにまた笑って、その手を取った。
「この度は、色々と振り回してしまい、大変ご迷惑をおかけしました。……そして、協力して頂き本当にありがとうございます」
アウレリアの手を取ったディートリヒは、心の底からほっとしたように息を吐くと、そう言ってアウレリアの方を向いた。膝が軽く、こちらへと向けられる。
アウレリアはぱちぱちと目を瞬いた後、「もう、気にしないでください」と言って微笑んだ。彼のせいではない。彼が行った素晴らしい行いに対する対価なのだから、王族である自分が協力するのは当たり前のことなのだから。
そう続ければ、彼は「そう言って頂けると、助かります」と呟いた。
「正直俺も、こんなことになるとは思っていなかったから。あの時は、必死で。……ああ、眠る前にする話じゃないですね。もっと、そうだな。これから毎晩共に過ごすのですから、お互いのことについて話すというのはどうでしょうか?」
「本音を言うと、少し、緊張しているんです」と、彼は言ってまた困ったように笑う。その笑みが、彼の言うように緊張して見えて、アウレリアは何故かほっとしていた。彼もまた、自分と同じなのだと思えたから。
だからアウレリアも素直に、「私も、緊張しています」と呟いた。
「隣で横になるだけなんですけどね。何というか、そわそわして。……あの、ディートリヒ卿。お互いのことについて話す、ということですが、少し、聞いても良いですか? 実は私、ずっと捜している方がいるのですが……」
お互いのことについて話す、という言葉に甘えて、アウレリアはそう訊ねる。ずっと聞こうと思っていたのだ。もしかしたら彼こそが、あの日の青年なのではないかと、そう思っていたから。
けれどそこまで口にして、何と訊ねれば良いかと口を噤む。あの日のあの人はあなただったのかと、そう問えれば良いのだけれど。残念ながらそれをすれば、自分が彼を騙していたことを素直に白状することになるわけで。
まあ、あの時の彼の言う通り、このようなベールをつけているし、今更かもしれないが。
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