16-3(ディートリヒ)
イグナーツ、そしてクラウスとの話を終え、病み上がりだから夜に向けて備えているようにと、ディートリヒはそうそうに与えられた部屋へと戻った。
用意された客室は、他国の貴賓が訪れた際に使う、夫婦用の部屋だった。夫婦用の寝室を中心に、それぞれに私室、客間が備え付けてある。今まで騎士舎の一室を使っていたディートリヒとしては、客間一室であったとしても、何をどう使って良いかさっぱり分からないほどに広かった。というか、本当に身の置き場がない。広すぎる。
素直にそう感想を述べれば、部屋の準備を手伝ってくれた侍従がほほえましそうに 笑って、”慣れてください”という見せて来たが。
(確かに、色々問題なく進んだら、俺は辺境伯領に行って。領主だから、当然、こんな部屋に住むことになる、か)
辺境伯爵となることは、すでに決定している。レオンハルトたちも、祝いの夜会が開かれれば、その地位に見合った場所に住むようになるだろう。自分がやっと今日目覚めたため、夜会が開かれるのは一週間後に決まったらしいが。
もう二度と、あの小さな騎士舎の部屋に戻ることはないのだ。もちろん、それよりも前。住む所も、食べる物もなかった、あの頃のように戻ることも。二度と。
想像も出来ないな、と思いながら、残っていた最後の荷を解いた。
「それでは、こちらの部屋でお待ちください」
夜になり、軽い食事を終えたディートリヒは、食事を運んできた侍従の指示通り、自分用の私室のベッドに腰を降ろしていた。深く息を吐く。疲れた。本気で。
(王女殿下の隣に寝る奴を身綺麗にするのは分かるんだけど、容赦がなさすぎる……)
まだ夕方ともいえない午後のティータイムの時間帯に、ディートリヒの部屋を訪れたのは、複数人の侍従であった。何かと思えば、ディートリヒの身支度を頼まれたという。眠る時の為の。
何それ、と思った。眠る時のための身支度って、と。
(いや、そういうことするために王女殿下に侍るわけじゃないんだけど)
過去の経験から、少々気に障ったディートリヒは顔を顰めたが、よくよく聞いてみると、ただの浴室での世話係だった。先程、昼食の場に出るために、騎士舎で簡単に水浴びをしただけだったため、きちんと汚れを落とせという意味であろうと、納得はしたのだが。
問題は、その後である。
(身体中、めちゃくちゃ擦られるし、洗われるし……。まあ、王太子殿下の指示だろうね。手伝いに来てくれたの、男ばっかだからまあ、良かったけど)
やつれてしまい、そのような心配がなくなったとはいえ、相手が女であれば絶対に触れて欲しくなかった。本当は男でも嫌なのだが、一応、女よりはマシである。
そうして風呂の中で洗われまくり、下手に逃げようと暴れると今度は怪我をさせそうで出来ず。必死に耐えて、今である。おかげでどこもかしこもぴかぴかだし、髪はさらっさらである。
(王女殿下に嫌がられるよりかは、良いかな)
思い、一つ息を吐いた。
部屋の中には、すでにアウレリアの侍女が一人と、護衛の騎士が一人、到着していた。アウレリアの私室に護衛騎士が待機するわけにはいかないため、こちら側に待機させることになったのである。それはまあ、別に構わないけれど。
ちなみに、今いる護衛騎士は、後でクラウスと交代するらしい。本来はそのような予定はなかったのだが、添い寝初日のため、クラウスがどうしてもと言い張ったのだとか。
(まあ、婚約といっても仮だし、王女は結婚するまで純潔を保たなくちゃいけないらしいからね。本当に、信用されてないなぁ)
思わず苦笑したところで、内壁の方から、こんこん、と扉を叩かれた。のだと思う。さっと、侍女と護衛がそちらを向いたから。
ついで、護衛の騎士がこちらを向き、手で扉の方を示した。入れ、ということなのだろう。頷いて立ち上がると、扉の方へと向かった。
一瞬、声をかけようかと迷ったけれど、やめた。声の調整もそうだが、向こうから指示があったのだ。こちらの事情も知っているだろうから、問題ないだろう。
扉を開け、共用の寝室へと足を踏み入れる。同時に、反対側の壁にある扉が閉まるのが見えた。おそらく、先程こちらの壁を叩いて合図した者が去ったのだろう。
室内を見渡せば、他の二部屋と同じく、何でこんなに広いのだという程広い寝室。そのベッドに腰かける人物を見て、ディートリヒは立ち止まり、夜着であったが、騎士の礼を取った。
「こんばんは、ディートリヒ卿。お顔を上げてください。お部屋の使い心地はいかがですか?」
相変わらず、彼女の声だけはしっかりと、ディートリヒの耳に届いた。顔を上げ、ふっと表情を緩める。ディートリヒと同じく夜着姿のアウレリアはしかし、ベールだけは昼間と同じ状態で、こちらに顔を向けていた。
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