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16-1(ディートリヒ)

 『女神の愛し子』にして、メルテンス王国の第一王女。親子、兄妹仲も良好で、臣下からも民からも慕われる人格者。そんな相手と婚姻する可能性があるというのは、元々貴族位ですらない、孤児出身の騎士である自分にとって、これ以上ない程素晴らしい褒美と言えるだろう。


 だというのに、彼女は硬い声でそれを問うてきた。


 まるで、彼女と婚姻することが、彼女自身ではなく、ディートリヒにとっての不幸であるかのように。




(……やっぱり、まだ引きずってるのかな)




 昼食の場を後にしたディートリヒは、国王が手配してくれた侍従たちを連れて、騎士舎の方へと向かっていた。服や身の回りの諸々を、王城内に用意された部屋へと移動させるためである。


 頭の中に響く声は相変わらずだが、ディートリヒの体力の方が回復したためか、外の声は相変わらず聞こえづらいものの、自らの頭の中で考え事をするためには、上手いこと切り離しが出来ていた。要は、周囲の雑音と同じなのである。それがあまりにも大きすぎるという話。


 もっとも、魔王城からの帰り道、これからこの声が、一生頭の中に響いているのかもしれないと、不安になっている時には、このような楽観した考えに至ることは有り得なかったが。


 アウレリアがいれば、その間だけでもこの声から自由になれる。そんな逃げ道が用意されたからこそ、ディートリヒは現在、気を楽に保てているのだ。


 自分以外の誰かを、心配できるくらいには。




(もっと俺の口が上手ければ……。いや、あの時は何を言っても伝わらなかった気もするな。やっぱり、あれが俺の出来る最善だった、か)




 少なくとも、あの時のように暗い声ではなかった。疲れたような、そんな声を発してはいなかった。人々の前にも堂々と姿を見せているようだから、あれはあれで、意味はあったのだろう。


 騎士舎へと入り、侍従たちを自らの部屋へと案内する。他の騎士たちは当然だが仕事に出ているため、その建物自体に、人の気配はなかった。


 持って行く物を簡単に見繕い、侍従にそれを紙に文字で書いて頼んでいく。耳が上手く聞き取れていないため、返答も全て書いてもらうことにしていた。一気に全て、とはいかないし、捨てる物もあるため、そちらは後日、休日にでも片付けるとしよう。


 ちなみに、ディートリヒは孤児出身であったが、騎士となる際に文字は必要と言われ、習得済みである。主人が言葉を発せない場合に命令が遂行できない、などということがあってはならないためだった。




(俺に出来ることは、話を聞くくらい、か。これから添い寝してもらうわけだし、時間は取れるから。……彼女の助けになれたら良いんだけど)




 最も底辺と言われる場所から、最も高い者たちが集まる場所まで。全てを見て来て尚、彼女はあまりに稀有な存在。けれどそんな崇高な姿に隠された、あの日の素のアウレリアという少女は、あまりに普通の少女だった。自分の見た目を厭い、周囲からの言葉に胸を痛め、衣装の話題に頬を緩ませる、ごく普通の。


 『女神の愛し子』であり、メルテンス王国の第一王女。そんな彼女の素の姿を知る者は、多くはないだろう。真面目過ぎる彼女の性格がゆえに。


 だからこれはきっと、自分にしか出来ない、彼女への寄り添い方。




「夢とやらを見ない条件も、俺が声を聞こえない条件と同じようだしね。これはもう、運命としか思えないな。……なんて。本当は俺の方が、俺なんかが相手で良いのか聞きたかったんだけどな」




 粗方の荷物整理を終えて、侍従たちが立ち去った後。ほとんど何もなくなってしまった部屋を見ながら、ぽつりと呟く。


 この短時間で何も無くなってしまうくらいの荷物が、現時点での、ディートリヒの持つ全てなのだ。いくらこれから爵位を与えられるとはいえ、その領地は辺境であり、影には魔王が封じられている。謎の声が聞こえると言って耳もあまり機能していないというオマケ付き。とんだ事故物件だと、自分でも思うくらいだ。




「……せめて顔が元通りなら、なんて、初めて思ったな……」




 正直な話をすれば、今のように疲労によりやつれた顔を、ディートリヒはむしろ歓迎していた。煩わしい周囲からの視線や声が全くと言って良い程消えたのだ。こんなに嬉しいことはない。けれど。


 自分が他の人間より突出して優れているのは、その点だけだというのもまた、事実だから。




「彼女は気にしないだろうけど、ね。……でも、どうせ婚約するなら、やっぱり、俺と婚約して良かったって思ってもらいたいから」




 当然の話だが、自分は、彼女のことを自慢の婚約者だと言える。身分やその肩書を抜きにしても、自分にはもったいない、本来ならば自分などには有り得ない、素晴らしい婚約者であると。


 だから、自分のことも、自慢の婚約者だと、そう思って欲しいというのは贅沢だろうか。魔王を封じたゆえの後遺症のようなものへの対処や、彼女が悩まされている、夢とやらの制御のためといった、そんな役割のような婚約者ではなくて。




(……困ったな。誰かに自分を認めて欲しいと思ったのは初めてだから、勝手が分からない……)




 せめて彼女の心の寄り添えればと、そんなことを考えながら、ディートリヒはこれまで長く住んでいた部屋を出た。

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