15-3(アウレリア)
両陛下、そして王太子がその場に現れたのは、アウレリアたちが席に着いてからすぐのことだった。テーブルの上には、見計らったように次々と料理が並べられる。ディートリヒの体調に配慮してか、料理そのものはあっさりとした味付けの物が多かった。
手を繋いだまま食事をするのは難しく、王太子の提案で先に食事を済ませることとなった。ディートリヒは随分と空腹だった様子で、その細身には考えられないくらいの量の料理を口に運んでいた。
「すみません。ここしばらく、食べ物が喉を通らなかったもので。まともな料理を口にするのは久々なんです」
気付かぬうちに、じっと彼の方を眺めてしまっていたらしい。視線に気付いたディートリヒが困ったような顔で言うのに納得し、アウレリアは「では、ぜひたくさん食べてくださいね」と言葉を返した。
皆の食事が一段落した頃、「それでは、話を聞こうか」という国王の言葉で、アウレリアは居住まいを正した。隣に座るディートリヒも姿勢を正し、アウレリアが差し出した手を取る。
「私からお話させてください」と言い、アウレリアは今までに分かったこと、確認しなければならないことや、検証しなければならないことを一つ一つ連ねていった。
「アウレリアが、夢を見ずに眠っていた、と……?」
静かに話を聞いていた国王が最初に発したのは、そんな言葉だった。隣に座る王妃もまた、驚愕の視線をこちらに向けている。もちろん、その向かい側、アウレリアの隣に座る王太子イグナーツも、同じ表情をしていた。
予想通りのその反応に、「ですので、これからいつも通り午睡を行い、夢を見なかったのが一時的なものかどうか検証しようかと……」と、元々考えていた言葉を続けたのだけれど。
「いや、待て」と、国王はアウレリアの言葉を遮った。
「確かに、これまでの『女神の愛し子』は皆、その力ゆえにというよりも、眠れぬがゆえに衰弱して……。その話が本当ならば、二人が共に眠れる部屋を用意しなければ。客間がそれぞれに必要だろう。となると、国賓用の客室だな。荷物も移動せねばならないため、忙しくなる。ディートリヒ卿も、荷物をそちらに運び込むように。人手はこちらで用意しよう」
国王はすらすらとそう口にし、控えていた侍従に部屋の準備をするように告げた。あまりに早い判断に、アウレリアは驚いてぱちぱちと瞬きをする。
反対に、王妃やイグナーツもまた国王と同じように、アウレリアたちが過ごすのに必要な物を挙げ連ね、用意するようにとそれぞれの侍従たちに伝えていた。
思わずディートリヒの方を見れば、彼もまたきょとんとした顔をしていたため、ほっとしてしまった。自分だけが、この事態の進み方に驚いているのかと思ったものだから。
「あの、父様。部屋の準備よりも、夢を見るか検証を先にした方が良いのではないか、と思うのですが……」
おそるおそる、そう口にする。自分が眠れることよりも、そちらの方が、国にとって、ひいては国民にとって大事だろうとそう思ったのだけれど。
国王は少し怒ったような顔になると、「良いことではあるのだが、お前は少し、民を大事にしすぎる」と呟き、息を吐いた。
「検証はまた明日にでも行うと良い。夢を見なかったのが一時的なものであれば、明日にでも夢は見れる。逆に一時的でなければ、今日でも明日でも見れなくなっているだけなのだから。……十年以上もの間、お前は自らの身を犠牲にしてきたのだぞ。一日ぐらい休んでも、誰も責められぬ」
きっぱりと、国王はそう言い切った。「自分の身体も、民と同じくらい大事にしてくれ」と。
それは、その場にいるアウレリアの家族皆の総意だったようで。その後、自分よりも先に娘を亡くすことを憂いていたらしい王妃が、解決策が見つかったかもしれないという話にとうとう涙を流し始めてしまった。自分を思うがゆえの涙と、「母上を泣かせただめだろう、アウレリア」というイグナーツの優しい言葉に、アウレリアもつられて泣いてしまいそうになり、首を横に振ってそれを堪えた。
結局、夢の検証は明日に持ち越すことに決まった。ディートリヒからも、アウレリアの持ち物や髪などを身に着けてみるという検証を行いたいと話が挙がり、アウレリアも含め、皆がその場で頷く。彼の言う通り、いつでもどこでも手を繋いでいるわけにはいかないからだ。
かといって、そのままであれば日常生活にさせ支障が出ると言うならば、何かしら検証した方が良い。まずはその一歩目、というわけだろう。
「さて、粗方話は終わったが。……魔王を封じるためとはいえ、未婚の男女が夜を共にするとなると、評判にも関わる。そこで、私からは二人の一時的な婚約を提案すべきと思うのだが、いかがだろう」
国王は最後に、そう口火を切った。背後で誰かが動いた気配がしたが、確かにそれはアウレリアも考えていたことなので、アウレリア自身は大して驚きはしなかった。「一時的、というのは、事態が何らかの好転を見せれば解消する、仮初の婚約ということですよね。私は良いと思いますが」と、イグナーツも頷き同意する。王妃もまた、「私も、それが一番無難かと存じます」と、静かに告げた。
アウレリアはそんな三人の様子に、「私も構いませんが」と口を開いた。
「当事者である、ディートリヒ卿のご意見も聞くべきかと。事態が好転すれば解消出来ますが、このままの状態であれば、最後まで仮初の婚約者同士、もしくは私と結婚する可能性もあるのですから」
『魔王封じの儀式』に参加するまでは、その美貌で数多の令嬢たちを虜にしていた青年なのだ。自分のような『骸骨みたいな』女との結婚など、いくら王女であったとしても受け入れ難いかもしれない。
そう思い、ディートリヒの方に顔を向けるけれど。彼は少しだけむっとしたように眉根を寄せ、何やらぼそりと、アウレリアに聞こえない程度の声で小さく呟いた。ついで、その顔に穏やかな表情を載せる。「俺の、……私の意見など、聞かずとも決まっています」と、今度はしっかりと、言葉を紡いだ。
「『女神の愛し子』である、王国の王女殿下と婚約関係を、果ては婚姻関係を結べるなど、これ以上の栄誉はありません。王女殿下においては、私などが相手で大変申し訳ありませんが、婚約者としてよろしくお願いいたします」
真っ直ぐにこちらを見て、彼はそう告げた。真摯なその表情に偽りは見えず、むしろ華美な言い回しに気恥ずかしさが勝る。アウレリアはベールの向こうで僅かに視線を逸らし、「こちらこそ、よろしくお願いします」と応えた。
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