14-3(ディートリヒ)
「”起きて、ください”……? それって、どういう……」
驚いた、というよりは、どこか焦ったように言うアウレリアに、やはり自分やクラウスに、眠っていると知られてはいけなかったのだろうと、ディートリヒは思った。
「誰にも言いませんよ」と伝えようとしたところで、部屋の外から、「王女殿下? どうされました?」という、男の声が聞こえて来た。ぱっと、アウレリアがそちらへと顔を向ける。
「大丈夫よ、クラウス卿。少しだけ待っていて」
そんなアウレリアの言葉を聞いて、やはり、と思う。やはり自分の予想通り、部屋の外にいるのはクラウスだったらしい。「分かりました」という彼の声が聞こえてくる。
と、彼女はこちらに向き直り、唐突に「ごめんなさい」と話を続けた。
「私のせいで、起こしてしまったのでしょう? 煩かったですよね……」
申し訳なさそうに続ける彼女の言葉に、しかしディートリヒは首を傾げた。煩いというと、寝息や寝言、はたまた歯ぎしりなどだろうか。
(元々、寝言を言ったりする方なのかな。だから、人前で眠りたくなかった、とか?)
気にしなくても良い、というよりも、そもそも彼女は寝ている時、物音一つ立てていなかったわけで。ディートリヒは首を横に振って、「全然、そんなことありませんでしたよ」と素直に応えた。
「ぐっすり寝ていらっしゃいましたから。身動き一つされてなかったですし。むしろ俺の方が、隣のその、ちょっと食べ物を食べたりしてたので、煩かったと思います」
ちょっとではなく、結構な量を口にした気がするが、まあそれは良いだろう。
静かに食べたつもりだが、咀嚼する音は眠っている頭の隅にでも、聞こえていたかもしれない。そう思って言ったのだけれど。
アウレリアはまたも驚いたような、どちらかというと愕然としたような様子で、「……え?」と呟き、再び動きを止めた。
「ぐっすり、寝ていた……? 私が……? 呻いたり、叫んだり、泣いたり、してなかったのですか……?」
聞かれ、今度はディートリヒの方が驚き、ぱちぱちと瞬きをする。「いや、全く」と、思わず口をついて出た言葉は、王女を前にしては少々不敬なほどに、自然なものだった。
「そんなに、普段から夢見が悪いのですか?」
眠っている間に、呻き声や叫び声を発して、それどころか涙まで流すと言うならば、そういうことだろう。高貴な相手に対して聞くべきではない話だと分かっていながら、気付けばそう問うていた。知らず、眉間に力が入る。
アウレリアは少々困ったような声で、「まあ、そうですね」と呟いていた。
「少し、事情がありまして。……けれど、そこまではっきりと仰るならば、私は本当に、ぐっすりと眠っていたんですね……」
信じられない、とでも言い出しそうな声音で、アウレリアはそう呟く。ただ眠っていたと、それだけの話だというのに。
(『まともに眠ることを許されない』というのは、悪夢を見るせいで、眠ることが出来ない、という意味かな? ……けれど、許されない、という言い方は不思議だよね)
まるで、彼女以上に高貴な誰かが、彼女が眠ることを許していない、というような。
(王女である彼女以上に高貴な誰かなんて、王族以外に存在しないけれど、両陛下も王太子殿下も、王女殿下を可愛がっておられるし。……それに狙って悪夢を見せる、なんて出来るだろうか? ……いや、そんなことを出来るのは、魔物が使う邪術による呪いくらいだろう。それも、彼女は歴代で最も聖力に優れた『女神の愛し子』だし、それ以前にレオノーレ女神がそんなことを許すはずが……)
そこまで考えて、はっとする。ふと、頭の中に浮かんだ考え。
いや、そんなことは有り得ないとその考えを否定しつつも、それしか考えつかないのもまた事実で。
考える内に俯いていた顔を上げ、ディートリヒはアウレリアの方に顔を向けた。急に視線を向けたディートリヒに、アウレリアが「どうしました? ディートリヒ卿」と、不思議そうに言う。この考えを口にするべきかと、一瞬だけ逡巡して。
「……とても、おかしなことを言っても良いでしょうか?」と、ディートリヒはとうとう口を開いた。
「王女殿下は、……レオノーレ女神が見せる悪夢のせいで、今まで眠ることが出来なかったのですか」と。
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