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13-2(アウレリア)

 話がまとまってすぐに、イグナーツはレオンハルトとビアンカを連れて部屋を後にした。アウレリアに、「ディートリヒ卿を頼むよ」と言い残して。


 頼む、と言われても、傍に座っていることしか出来ないのだけれど、と思いつつ、アウレリアはイグナーツたちの背を見送り、再びベッドに横になったままのディートリヒの方を向き直る。眠いのだろう、彼はアウレリアのいる側とは反対の手で、目元を擦っていた。




「……ディートリヒ卿、遠慮なくお休みになってください。傍に降りますので」




 椅子に腰かけ、両手でディートリヒの手を握ってそう声をかける。彼はぼんやりとした目をこちらに向けた後、疲れたように笑った。「ありがとう、ございます。殿下」と応えながら。




「お言葉に、甘えて……。俺が寝てる、間に、……いなくならないで、くださいね」




 ぽそり、と彼は呟く。冗談のように、しかしじっとこちらを見る目は、明らかに切実なそれで。


 まるで病気になった幼い子供のようなその仕種に、自分よりも年上の成人男性相手でありながら、胸が締め付けられるような心地になる。アウレリアは彼を安心させるようにこくりと頷いた後、「傍にいますよ」と返した。


 アウレリアの応えを聞いたディートリヒはほっとしたように微笑み、そのまま目を閉じた。少しでもその疲れが回復することを祈って、アウレリアは「おやすみなさい、ディートリヒ卿」と、小さく声をかける。


 ディートリヒはものの数秒もしない内に、穏やかな寝息を立て始めた。その手だけは、ぎゅっとアウレリアの手を握ったまま。


 安心しきったように眠るその姿に、知らずほっと息を吐いた。




「……クラウス卿。扉を開けて、侍女を待機させてください。卿は私の部屋から、急ぎの書類を持って来て頂けたら助かります。動くことも、『女神の愛し子』としての仕事も出来ませんが、書類仕事ならば出来そうなので」




 声を潜め、クラウスにそう告げる。ディートリヒが起きるまでの間ではあるが、時間があるのならば少しでも仕事を進めておいた方が良いだろう。彼が目覚めたら、今度は『女神の愛し子』としての仕事を集中的にこなさなければならないだろうから。




(とは言っても、どのくらいで目を覚まされるかしら。兄様の話だと、三ヵ月ほど、眠れていないということだもの。丸一日、……ううん。二日や三日、眠ったままかもしれないわね)




 『女神の愛し子』として見た夢は、魔王を封じた影響か、随分と先の未来のものとなりつつあるようだった。騎士たちを派遣した後、事が起きるまでの期間が随分と長くなっていることから、それが分かる。ほんの数日夢を見なかったとしても、問題はないだろう。


 「分かりました。少々お待ちください」と言って踵を返すクラウスの背中を見送った後、アウレリアはディートリヒの顔を見ながらそんなことを考えていた。


 クラウスはアウレリアの指示通り、仕事の書類を持って来てくれた。それと一緒に、小さめのテーブルも傍らに用意してくれる。「ありがとう、クラウス卿」と礼を言えば、彼は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


 そうして、アウレリアはぴくりとも動かずに眠るディートリヒの傍らで、仕事をしながら過ごすことになった。


 その日の夕方頃に部屋を訪れたイグナーツから、父と母も、ディートリヒと共に夜を過ごすことを許可してくれたと告げられ、ついでにと、その場で一緒に、簡単な食事を済ませた。そこそこ二人で話していたのだが、やはりというべきか、ディートリヒが起きる様子はなかった。


 イグナーツが去った後、彼が手配していた王城の医師が部屋を訪れ、眠っているディートリヒの様子を見て。慣れた様子で水分を口に含ませた後、医師もまた部屋を去って行った。窓の外はすでに暗く、廊下に控えていた侍女のパウラが、さっとカーテンを閉め、アウレリアの傍らのテーブルに灯りを置いて、再び部屋を出て行った。


 ディートリヒが目を開けることは、一度もなかったが、さすがに暗い中の灯りは眩しかったようで、軽く首を反対方向に向けていた。


 一日が終わり、二日目に入っても、彼が起きる様子はなかった。その様子を見たイグナーツは、父と話し、『魔王封じの儀式』の成功を祝う宴を半月後に遅らせることにしたらしい。それだけ期間を空ければ、一度目を覚ました彼が、もう一度休むことも出来るだろう、という配慮のようだ。最たる功労者がいない状態では、宴などしている場合ではないと、二人の意見が一致したらしかった。


 アウレリアもまた同じことを考えていたので、父と兄の判断にほっと息を吐いていた。


 そうして、二日目が終わり、三日目に入り。周囲の予想に反し、四日目、五日目と過ぎても、ディートリヒが目覚めることはなく。


 一週間が経った頃、一向に目覚める様子のないディートリヒに、眠らないことに慣れていたアウレリアであっても、さすがに疲労が蓄積されていった。




「殿下。殿下、さすがに無理をしすぎです……! 一度、ディートリヒ卿の手を放しましょう。もう一週間も、全く休んでいらっしゃらないのです。殿下の方が倒れてしまいます……!」




 控えていたクラウスが切羽詰まったような声でアウレリアの休息を望んだのは、一週間が経ったその日の夜のことだった。

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