13-1(アウレリア)
言葉の意味を呑み込むのに一拍の間を空けた後、アウレリアはベールの中でぱちぱちと瞬きをした。口から、驚きの言葉が漏れたかもしれない。分からないけれど。
添い寝。添い寝とは結局のところ、同衾する、ということか。ディートリヒと自分が。
(……ああ、違うわ。こんなに弱っている人に、何をおかしな勘違いを……)
ふるふると、首を横に振る。言うなれば、あくまでも治療であろう。同衾というよりは、看病の方が正しい。
周囲の視線がこちらに向かっているのが分かる。イグナーツもまた、「それはもちろん、……アウレリアと両陛下次第かな」と困ったように笑い、こちらを見ていた。
兄もまた、これが看病であり、必要なことだと理解しているのだろう。しかし、自分は王女であり、未婚の娘である。評判にも関わることのため、王太子といえど簡単には頷けないのだ。
「私は」と口を開くと、ぎゅっと、自分の手を握っている、ディートリヒのそれに力が加わるのを感じた。驚いて彼の方を見れば、色の悪い顔が真剣な面持ちでこちらを見ている。縋るような視線に、彼がどれだけ切実にその願いを口にしたのか、伝わってくるような気がした。
「私は、別に構いません。ただ、添い寝ではなく、こうして座って、手を握っている、という風にさせて頂けたらとは思いますが」
添い寝を、つまりベッドで横になってしまうと、もしかしたら睡魔に勝てず、眠ってしまうかもしれない。そうなると、『女神の愛し子』として、夢を見ることとなる。眠ることが必要なディートリヒが飛び起きてしまうような事態に成りかねなかった。
それだけは避けねばと思って口にするも、そんな事情を知らないディートリヒは、不思議そうに首を傾げる。「座っていると、寝にくい、のでは?」と聞いてくる彼は、どうやらアウレリアのことを気遣ったゆえに、添い寝と言ったようだ。
その心遣いが嬉しく、アウレリアは首を横に振り、「気遣って頂き、ありがとうございます」と答える。やはり、二年半前に中庭で出会ったあの心優しい騎士は、ディートリヒだったのかもしれないと、そんなことを思った。
「事情があって、私は眠ることが出来ないのです。起きていることには慣れていますので、お気になさらず。ただ、もし万が一、私が眠ってしまいましたら、……ディートリヒ卿を起こしてしまうかもしれません。それでもよろしいでしょうか?」
どれだけ眠らずにいようと頑張ってみても、一瞬でも眠りについてしまえば、彼を目覚めさせてしまう可能性がある。それだけは言っておこうと思い、問いかければ、ディートリヒは少し不思議そうな顔をした後、小さく笑みを浮かべて、「俺の、我儘に付き合って、頂くのですから、それこそ、気に、なさらないでください」と答えてくれた。
「ふむ。では、アウレリアは了承する、ということだな。……だが、一応、未婚の男女が同室で夜を過ごすことになるのだから、その点も含め、両陛下に伝えておこう。共に横になるわけでもないから、許可も下りるはずだ。眠りの妨げになってはいけないから、侍女と護衛は扉を開けて、隣の部屋に配置する。それで構わないかい? ディートリヒ卿」
「もちろん、です。ありがとう、ございます。王太子、殿下。王女殿下」
イグナーツの言葉に、ディートリヒは嬉しそうに言い、深々と頭を下げた。彼のその態度で、本当に切実なのだろうと分かり、胸が痛む。魔王を自らの影に封じると提案した時は、このような事態になるとは思っていなかっただろうから。
二年半前、初めて見た彼の姿が脳裏に浮かぶ。一度でも目にした者はきっと、忘れることが出来ないだろう、美しい容貌。それが、ここまで変化する程の日々を、彼は今、送っているのだ。
ぐっと、ディートリヒに掴まれていない方の手を握りしめる。魔王を再び解放しないために、という目的も確かにある。けれど、それよりも。
少しでも、彼を苦しみから救えたら。心から、そう思った。
気に入って頂けたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けたら大変喜びます。




