12-3(ディートリヒ)
二人が想い合っていることはすでに勇者一行の間では周知の事実であったため、ディートリヒも驚きはしなかった。
婚姻など、勝手にすれば良い、という話でもあるのだが。今回の件で、勇者一行と呼ばれる者たちは皆、それぞれ目立ってしまっているのだ。中でもレオンハルトは、一人の犠牲者もなく『魔王封じの儀式』を終わらせた、立役者である。勇者の称号もあり、与えられる爵位はかなり高位の物となるだろう。そうなると、年頃の娘を持つ貴族たちが黙っていない、というわけだ。
彼が今回築いた栄誉もさることながら、元平民の、何も知らない高位貴族を手中に収めたいと考える貴族がいないはずがない。
彼だけでなく、ビアンカもまた、貴重な光魔法の使い手であり、聖女の称号を得た者である。聖女は基本的に神殿に帰属するため、爵位を与えられることはないが、その称号その物が身分を保証していた。
しかし、聖女はあくまでも平民である。爵位を得るレオンハルトと婚姻しようとすると、横槍が入る可能性があるのだ。二人が国王と王太子に婚姻を認めて欲しいというのは、そういった横槍が入った場合の保険的なものなのである。
その辺りの事情をイグナーツが察せないはずもなく。彼は心底嬉しそうに微笑み、「もちろんだ。陛下にも伝えよう」と約束していた。
「だが、そのようなことで良いのか? 特にビアンカ殿には、目立った褒美を与えることが出来ない。これを機に、何か入り用なものがあれば、遠慮なく言って欲しいのだが」
「一行のメンバーであった他の聖女たちにも、贈り物などは何かないだろうか」と言うイグナーツは、神殿の所属という名目上、聖女たちに何も与えられないことを気にしている様子だった。王太子という肩書に似合わぬ細やかさである。
半年間、魔王城から、死地と言っても過言ではない『黒の森』を抜けるまで、共に過ごしてきたディートリヒからすれば、とても彼らしい言動だとも思えたが。
ビアンカもまた同じようなことを思ったようで、可笑しそうにくすくすと笑った後、「では、何か皆が喜びそうな物を聞いておきますね」と答えていた。
「レオンハルト卿も、何かあれば言ってくれ。……もっとも、君には、王家所有の領地と侯爵位を与える予定であるため、わざわざ願い出るほどのことなど、あまり考えつかないかもしれないが……」
少しだけ困ったようにイグナーツは笑う。ついで、彼が告げたレオンハルトの領地となる予定の場所は、国内でも有数の肥沃な大地を持つ、農業地域であった。広さはそれほどないのだが、それでも他の侯爵家と張り合えるくらいには、収入を見込めるだろう。
それに、爵位も侯爵である。王家の血筋、もしくは建国の忠臣にのみ与えられている公爵位に次ぐ、王族が与えられる最高位の爵位だ。
レオンハルトももちろん、理解できているらしく、「確かに、金銭的にも、名誉という点でも、お願いすることはなさそうですね」と呟いていた。
「では、もしよろしければ、領地を治めることに長けた人材を貸して頂けませんか? オレもビアンカも平民上がりで、そういったこと学んだ経験がありません。殿下や陛下が認める人材の元で学び、基盤を作れば、後はどうとでもなると思うので」
少し考える素振りを見せた後、レオンハルトはそう願い出た。
確かに、彼の言い分はもっともである。ディートリヒもまた、平民上がりの騎士であるため、領地経営などさっぱりだったから、彼の気持ちは良く分かった。
イグナーツが彼の願いを断るはずもなく。「もちろん。最高の人材を見つけておこう」と、深く頷いていた。
「さて、ではディートリヒ卿だが、……この場で先に伝えておこう。君に与えられる爵位は、辺境伯爵。爵位こそ侯爵と同等だが、この国の南側に隣接する隣国との国境付近に位置する領地を与えることになる。……理由は、言わずとも分かっているだろう」
イグナーツはそう言って、申し訳なさそうに視線を下げた。つまりは、国内からの厄介払いであり、隣国から国を守るための配置である。
第一に、ディートリヒがこのまま衰弱し、魔王が再び解放された場合、それが王都付近であれば、多大な被害が生じるだろう。もしくは、魔物が多く生息する『黒の森』の近くであれば、魔王がすぐに魔物を率いて、人々を襲う可能性が高い。それをさせないために、『黒の森』と真反対に位置する辺境の地に行け、というわけだ。
第二に、魔王を封じている者がいるというのは、それだけで他国への牽制になるからである。息の根を止めたら魔王が現れる領主が治める土地など、相手にしたい者はいないだろうから。
だからこれは、とても理にかなった話なのである。イグナーツは、少々引っかかっているようだが。
「あの地は、隣国からの荷も入ってくるから、利益はもちろんあるが、古くからの戦続きで荒れているのが現状だ。……君には、本当に苦労ばかりかけてしまっている。望みがあれば、何でも言って欲しい」
真っ直ぐにこちらを見て、イグナーツは言う。そんな彼を見て、先程のレオンハルトと同じ望みが良いか、と考えて。
ふと、思い立った。「本当に、何でも良い、のですが?」と問えば、イグナーツは「もちろん」と頷いて見せる。「私や、王族が叶えられることであれば、何でも」、と。
それならば、と思った。本当に、何でも構わないと言うならば。
「アウレリア、王女殿下、に、添い寝をして、欲しいです」
出来るだけ、穏やかな口調で言う。今だけでなく、これから、ずっと。今この瞬間のように、この頭から声を消し去るために。
思いながら、アウレリアの方をじっと見つめる。
「…………え?」という、心底驚いたような声が、ベールの向こうから聞こえた。
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