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12-2(ディートリヒ)

 ディートリヒは再び深く呼吸をし、口を開いた。




「不思議なことに、触れて、いなくても、アウレリア王女、殿下の声、だけは、違和感なく、はっきりと聞こえてきます。他の人の声は、……声どころか、音自体が、上手く、聞き取れないのに……」




 なぜかと問われても、ディートリヒ自身が一番疑問に思っている。なぜ、彼女の声だけははっきりと聞こえるのだろう。その手に触れれば、頭の中に響き渡る、不快な声が消え去るのだろう。


 アウレリアの方を見れば、彼女もまた、「どういうことなのでしょうか」と首を捻っていた。


 魔王を影に封じる、など、それ自体が初めての事態なのだ。答えを知る者など、存在しないに等しかった。




「それもまた、『女神の愛し子』だからか……? うむ。考えていても分からないな。神殿の方に、『女神の愛し子』と魔王について、……女神と魔王について、何か文献が残っていないか調べさせよう」




 ぶつぶつと考えをまとめるように呟き、一つ息を吐いたイグナーツは、くしゃりと自らの金の髪を乱す。


 理知的で、穏やかな君主になるだろうと期待される王太子らしい、慎重な言葉だった。




「さて、私は今、分かっていることを、陛下に伝えてこよう。今後の方針を話し合う必要があるからな。レオンハルト卿とビアンカ殿も共に来てくれ。詳しい状況を説明したい。ディートリヒ卿はそのまま休んでいてくれて構わない。アウレリア、頼んでも良いかい?」




 言って、イグナーツはアウレリアを見遣る。「ディートリヒ卿の睡眠不足具合を思えば、かなり長くなるかもしれないけれど……」と続けた彼は、困ったような表情でディートリヒとアウレリアの顔を見比べた。


 確かに、ここ三カ月ほどの間、ろくに眠ることも出来ず、睡眠不足なのにも間違いはないが。さすがに丸一日と眠るわけではないと思うのだけれど。そう思うも、口を挟めるはずもなく。


 アウレリアは少し間を空けた後、「私は大丈夫ですよ、兄様」と答えていた。




「ディートリヒ卿の回復が最も重要ですから。起きていることには慣れていますし。『女神の愛し子』としての役割も、三ヵ月ほど前から、先見の内容が現実になるまでの期間が延びてきているので、問題なさそうです。魔王を封じた影響でしょうか。なので、一日二日ならば、何とかなるかと」




 イグナーツに向けて言い、彼女はこちらを向くと、「見守らせて頂きますね」と呟く。優しい笑みを思い起こさせる、穏やかな声音。


 「ありがとう、ございます、王女殿下」と返せば、彼女はふるふるとその首を横に振った。その動作がまるで小動物のようで、知らずディートリヒの顔には、笑みが浮かんでいた。




「話もまとまったことだし、行こうか。……ああ! 忘れる所だった。ディートリヒ卿も意識があるし、最後に一つだけ。これはレオンハルト卿とビアンカ殿にも聞いておきたいのだけど」




 踵を返そうとしていたイグナーツは、思わずというように苦笑しつつ、「危ない、危ない」と小さく呟く。ついで、その表情をがらりと変え、真剣な顔でこちらに視線を向けた。




「ここに来る直前に、陛下と話していたんだ。今回の『魔王封じの儀式』において、功労者である君たちに与えるのが爵位と領地だけというのは、少なすぎるだろう、と。それほどの功績だからね。出来る範囲、許容できる範囲、ということにはなるが、君たちには何か、望みはあるだろうか?」




 「叶えられることならば、国王と王太子の名において、叶えよう」と、イグナーツは静かに続けた。


 その言葉を向けられたディートリヒとレオンハルト、ビアンカは、お互いに顔を見合わせる。確かに、並の苦労ではなかった。加えて、こうして普通の生活も出来ないような状況になってしまった。大げさに言えば、それもこれも、魔王が復活することを阻み、世界を守ったがゆえのこと。


 けれど、だからと言って、こうして急に望みを、と言われると。そう、思ったけれど。


 「……では、一つだけ、よろしいでしょうか」と、初めに口を開いたのは、ちらりとビアンカの方に視線を向けたレオンハルトであった。ビアンカもまた、彼を見て何やら頷いている。


 その様子を見て、ディートリヒは何となく、彼が口にする望みを理解できた気がした。




「オレとビアンカの婚姻を、陛下と殿下の名の許に、認めて頂きたい。他の誰も、邪魔できないように。それがオレたち二人の望みです」




「お願いします、殿下」




 言って、二人は揃って頭を下げた。

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