12-1(ディートリヒ)
「うっ……ぁ……っ」
自分の呻き声と共に、ディートリヒは目を開けた。急に響き渡った声に、頭が割れるかと思った。軽く、吐き気さえも覚えて頭を抱える。
いつの間に横になっていたんだろう。眠ることすらできないくせに。
そこまで考えて、はたと動きを止める。さっき、目を開けたのだ。急に声が聞こえて、頭が痛くて。
では、それまでは。
「……俺、寝て、た……?」
どうして、どうやって。
「ディートリヒ、おい、大丈夫か?」
「聞こえていますか、ディートリヒ様! 体調は如何ですか?」
頭の中の声に紛れて、どこからかレオンハルトとビアンカの声が聞こえた気がした。煩くて煩くて、何を言っているのかはさっぱり分からない。どこから聞こえているのかもわからず、眉を顰めながら視線を上げて。
「ディートリヒ卿」とかけられた声は、それだけがやけにはっきりと聞こえた。
「ごめんなさい、起こしてしまって。……私の声、聞こえていますか?」
女性にしては少し低めの、優しい声。穏やかで、柔らかな声。痛む頭に響かないように、ゆっくりとそちらを振り返る。
ベッドの傍らに立ったアウレリアは、青く薄いベール越しにこちらに顔を向けていた。
「聞こえ、て、ます。殿下……」
(君の声だけは、はっきりと)
アウレリアは小さく息を吐くと、「良かった」と小さく呟いた。
「手を放した途端、目を開けて、苦しそうな声を出していらしたから、驚いてしまいました。勝手に手を放してしまって、ごめんなさい。……やっぱり、触れていた方が良いですか?」
言いながら、彼女はすっとその枝のように細い手を伸ばしてくる。おずおずと、ゆっくりとした動作。
ディートリヒは反射的にそれを掴んでいた。か細い手を傷付けないよう、しっかりと縋るように、けれど柔らかな力で。
目を閉じ、深く、息を吐く。
(ああ、とても、静かだ)
「ふむ。やはりアウレリアに触れることに何か意味がある、ということか。……目覚めたばかりですまない、ディートリヒ卿。少し、話は出来るかい?」
思案気に、しかし軽い調子でかけられた声に、目を開き、ゆっくりとそちらへと顔を向け、ぱちぱちと瞬きをする。
自分が手を握っているアウレリアの隣には、金の髪に碧い目を持つ美丈夫、この国の王太子であるイグナーツが立っていた。
礼の形を取らなければと、半身を起こそうとするけれど、イグナーツが「ああ、そのまま楽にしていてくれ」と、それを止めた。
「君が休めなければ、この国どころか、この世界ごと無くなってしまうかもしれないのだから。休めるならば、休んでくれた方が有難い。……だから、そのままで少し話をさせてくれ。構わないだろうか?」
イグナーツはそう問いかけてくる。
王太子である彼が、そのようにこちらを気遣う必要などないだろうに。思うも、彼がアウレリアの兄であることを思えば、何となく納得出来た。ディートリヒが思っていた以上に、この国の王族は優しく、穏やかな性質なのかもしれない。
「大丈、夫です、殿下。このような姿で、申し訳、ありません……」
掠れ、浅い呼吸の合間に言葉を紡ぐ。イグナーツはその端正な顔に柔らかな笑みを浮かべて、「良い。気にするな」と呟いた。
「ディートリヒ卿、教えてくれ。君は、あの日からずっと頭の中で声がして、眠ることすら出来ないと言っていた。けれど、先程目を開けるまで、確かに眠っていたんだ。今の状況を見るに、それは、アウレリアの手を握っていたことと、何か関係があるのだろう? アウレリアの手に触れると、魔王の声が聞こえなくなるのか?」
真面目な顔で、イグナーツは問いかけてくる。ディートリヒは軽く唇を舐めて、湿らせた後、深く呼吸をし、口を開いた。
「王太子殿下、の、仰る通、り、……アウレリア、王女殿下に、触れると、頭の中の声が、止まります。今も、聞こえない。だから、眠れたのだと、思います」
なぜなのか、なんてディートリヒには分からない。だからこそ、分かることだけを伝えようと、回らない頭を働かせる。
イグナーツはこくりと頷き、「やはりそうか」と呟いた。
「では、声はどうだ? 触れていない状態でも、アウレリアの声にだけは反応していただろう? 頭の中の声とやらで、周囲の声が聞こえづらいと聞いていたのだが」
「レオンハルト卿とビアンカ殿の声には、反応しなかっただろう」と、イグナーツは続けて問うてくる。
ちらりと視線を向ければ、レオンハルトとビアンカの心配そうな表情が視界に入った。
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