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11-3(アウレリア)

 あの日の自分は確かにベールも着けておらず、『骸骨みたい』な顔を晒していた。自分の役割を考えれば、民を思うがゆえにそのようになったと考えられなくもないが、確証などどこにもないはず。ただ体調が悪いだけなのかもしれないのだ。


 だからなぜ、ディートリヒが自分をそのように過大評価しているのか、とそこまで考えて、ふと瞬きをする。


 今までどれだけ捜しても見つからなかった、あの日中庭で出会った、闇魔法を使える黒騎士。アウレリアの予想通り、彼がディートリヒであったならば。


 あの暗闇の中、こちらの顔色まで見えていた人物が、その前に夜会に顔を出し、自分の姿を目に留めていたならば。


 彼はきっと気付いていたはずだ。あの日、侍女だと名乗った自分が、王女アウレリア・メルテンスであったことを。




(あの日、私は彼に何を話したかしら……)




 彼の言った言葉は覚えているというのに、自分が何を話したのかはよく覚えていない。何せもう、二年以上前の話なのだから。


 けれどおそらく、その時の会話によって、彼は思ってくれたのだろう。アウレリアは、民想いであり、貴族たちとは違うのだ、と。


 くすぐったいが、素直に嬉しいと、そう思った。


 状況を伝えることを頼んだクラウスが、伝える相手である兄、王太子イグナーツを伴って部屋に現れたのは、それからすぐのことだった。クラウスの話を聞いて、慌てて自ら足を運んだらしい。


 イグナーツはアウレリアのいる側のベッドの方へと歩み寄ると、ディートリヒの顔を覗き込み、「……本当に寝てるな」と、驚いたような声で呟いていた。




「帰還する間、全く眠れていなかったようだから心配していたのだが……。ああ、アウレリア。ただいま。元気にしていたかい?」




 少し考える素振りでディートリヒを眺めていたイグナーツは、こちらを振り返るとそう言って微笑んだ。嬉しそうにぎゅっと抱き寄せられて、アウレリアもまた表情を緩ませる。


 魔王城に辿り着いてから合流する、ということになっていたが、それでもイグナーツが『魔王封じの儀式』に参加したのは今から半年ほど前の事である。加えて、通常ならば『儀式』の終了後、向かった時と同じく闇魔法で先に城に帰還する予定だったのだが、イグナーツがそれを拒否したのだ。状況を知った今ならば、ディートリヒの様子を見たかったのだと分かるが。


 他の者たちほどではないものの、長い期間、家族と離れていたことに違いはなく。「おかえりなさい、兄様」と言って、アウレリアもまた、空いている方の腕を彼の背中へと回した。




「闇魔法ですぐに戻られると聞いていたので、予定が変更されたと聞き、何があったのかと心配致しました。ご無事で良かった……」




 王太子と言えど、アウレリアにとってはただ一人の兄である。剣に優れていることは知っているが、レオンハルトやディートリヒ、クラウスなど、それぞれの騎士団の中でも指折りと言われる彼ら程ではない。もちろん、何かあれば最優先で守られる人間だと分かっていたとしても、だ。妹として、心配でないはずがなかった。


 イグナーツは少しだけ楽しそうに笑うと、「可愛い妹を置いて、いなくなったりはしないよ」と言って、アウレリアの頭を撫でた。




「さて、クラウス卿から状況は聞かせてもらった。ディートリヒ卿の体調の回復は急務のため、こうして身体を休められるのであれば良いことだ。これだけ普通の声量で話していても、身動ぎ一つしないからね」




 言って、アウレリアから身体を話したイグナーツは、再びディートリヒの顔を覗き込む。確かに、彼が眠りについた最初から、自分たちは彼の周囲で普通に会話をしていた。気を遣うという言葉が頭に浮かばないくらいには、急なことで驚いたものだから。


 しかしイグナーツの言う通り、ディートリヒは身動ぎ一つしていない。アウレリアがその顔から髪を払っても、穏やかな寝息が聞こえてくるだけだった。


 「魔王を封じてから三か月程。それだけの間眠っていないのだから、当然か」と、イグナーツは一人で納得したように呟いていた。




「アウレリアたちがここに来た時は起きていたのだろう? そしてアウレリアの声にだけ反応して、アウレリアの手を握った途端、眠ってしまった、と。……理由はアウレリアの存在以外考えられないが、一体なぜ、アウレリアなのか……」




 考える素振りで言うイグナーツの言葉に、確かにその通りだと思う。先程レオンハルトと話していたように、安全だからという理由ならば、アウレリアたちが部屋に入った時、すでに眠っていてもおかしくなかったはず。


 やはり彼が眠れたのは、アウレリアの手に触れたから、なのかもしれない。けれど本当に、なぜだろう。




「『女神の愛し子』だから、ですか?」




 自分と周囲との違いと言えば、それ以外には存在しない。王女だと言っても、周りと同じただの人間でしかないのだから。


 イグナーツもまた同じことを考えていたらしく、頷くと、レオンハルトたちの方に視線を向けた。




「アウレリアの、型破りともいえる強すぎる聖力に反応しているのかとも思ったけれど、おそらく違うだろう。帰ってくる途中、何度か神殿にも立ち寄って、聖力による治療もしてもらったんだ。……が、何の効果もなかった」




 魔法を使う際に使用する魔力。それとは違い、魔物が持つ特殊な元素を邪力という。魔物はその邪力を使い、魔法とはまた違う、邪術と呼ばれる力を使って攻撃をしたり、身を守ったりする。


 そしてその邪力の対極に位置するのが、聖力。神聖力とも呼ばれる、神から与えられる力の源だった。聖力は攻撃に一切適しておらず、生き物の病を治したり、邪術の一つである、呪いと呼ばれる力を解除する時に使用されるものだった。


 魔王が魔物の中で最も邪力を持つ者だとしたならば、確かに聖力で癒やすことが出来るかもしれない。そう考えるのも無理はない。しかし、効果はなかったという。


 ならば、残った可能性はやはり、自分が『女神の愛し子』であるというものしかない。




「『女神の愛し子』は、女神の代理人。その聖力も、女神から直接与えられるものと言われるが……。うむ。眠れたということは、魔王の声とやらが聞こえなくなった、もしくは小さくなったということなのだろう。女神の力は、魔王を圧倒する程の物だった、ということか。しかし、それにしては聖槍で封じる術しか残されていないのも不思議なものだな……」




 ぶつぶつと、イグナーツは呟きながら考えを整理しているようだった。それを横で聞きながら、兄の言う通りだと思う。魔王が恐れ、言葉を噤むほどの強さを女神が持っていたならば、なぜ倒すのではなく、封じる術を人間に残したのか。


 答えが出なかったらしいイグナーツは、「いずれにせよ、調べてみるべきか」と呟き、顔を上げた。




「どのみち、このままというわけにもいかないだろう。アウレリアの手を放してもらわなければ。目が覚めたら覚めたで、どういうことか聞いてみるのも良いな」




 言って、イグナーツはレオンハルトとクラウスを呼ぶ。「妹の手からディートリヒ卿の手を放すのを手伝ってくれ」と言えば、二人はさっとこちらに駆け寄って来た。そのまま、アウレリアの傷付けないようにと、ディートリヒの手を開いた。握られていた手に、軽く触れている程度だったのだが、彼の手そのものにはかなりの力が入っていたのだろう。騎士二人が力いっぱい彼の指を引っ張って、やっとのことで解放された。


 一拍、沈黙が落ちる。その場にいる五人で、じっとディートリヒの様子を窺って。


 ぱっと、彼の目が見開いた。

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