11ー2(アウレリア)
先程の、レオンハルトとビアンカの話では、ディートリヒは魔王を封じてからろくに眠れていないため、このようにやつれているのだということだったのだが。
一瞬にして眠りに落ちたディートリヒの様子に、三人で、自分をからかっているのだろうかとも思ったけれど。アウレリアとレオンハルトの会話を聞いていたらしいビアンカが、レオンハルトの背後で「眠った……? 急に……?」と、心底驚いたような声で呟くのが聞こえたため、それはないだろうと理解する。
顔にかかった先の赤い白髪を除けてやれば、レオンハルトの言葉の通り、彼はすやすやと、穏やかな寝息を立てて眠っていた。
まあそもそも、ディートリヒは明らかにやつれていて、体調が悪いのは目に見えて分かるため、そこまでして自分をからかう必要などあるわけがないだろう。
それならばなぜ急に彼は眠れたのか。その疑問の答えを得ようとも、今までディートリヒと共に行動していたはずの二人は、困惑した顔で彼の顔を見ていた。
「……ひとまず、ここでこのまま休ませてあげた方が良いでしょうね。クラウス卿。兄さまに状況を伝えてくれるかしら」
どうしてかは謎だが、魔王を封じているディートリヒが、こうして眠りにつき、体力を回復出来るというのは、朗報に違いない。彼が身体を休め魔王を封じている彼の影に魔力を送り続けることで、魔王を封じるというこの状況が保たれるのだから。
内容が複雑なため、直接伝えた方が良いと判断したのだろう。クラウスはアウレリアの言葉に頷き、「レオンハルト卿、ビアンカ殿。殿下をお願いいたします」と堅苦しく告げる。振り返り、テーブルの傍に置いてあった椅子を持ってくると、それにアウレリアが据わるのを見届けて、クラウスは部屋を後にした。
その背中を見送って、さて、と眠りにつくディートリヒを観察する。一体、何が影響しているのか。なぜ急に眠ることが出来たのか。先程と違っていることと言えば。
「アウレリア王女殿下の手を握っていること、くらい……?」
おそらく同じことを考えていたのだろうビアンカが、ぼそりと呟く。ベッドから降りたレオンハルトもまた、彼女の傍らでこくりと頷いていた。
「オレも、そのくらいの違いしか見つけられなかった。後は、ここが王城で、安全であることくらい、か……? だけど、魔王を封じて顔様が変わってきてから、誰かに襲われることはなくなったと、その点だけは嬉しそうに言ってたから、すでに安全ではあったのかもしれない……」
呟くレオンハルトの声に、ベールの下で思わず眉を顰める。安全であることの基準が、誰かに襲われるかどうか、とは。彼の容姿が優れていることは周知の事実であるし、アウレリア自身もこの目で見ているけれど、想像していた以上にその容姿のせいで苦労しているのかもしれない。やつれて顔が変わってしまったことを、喜ぶくらいには。
「……ディートリヒ卿は、随分と苦労されているのですね」
思わず、握られている彼の手を、反対の手で撫でて呟けば、レオンハルトとビアンカは、暗い表情で頷いていた。
「幼い頃から、何度も攫われては逃げ出してを繰り返していたようです。鍵のない部屋で寝ていると、知らない女や男が入り込んできていたと、笑いながら言っていました。元騎士の、彼の剣の師匠に出会うまでは、相当荒んでいたようです。……だから彼は、貴族が嫌いなんでしょう」
美しい少年が攫われたとして、行き着く先は貴族か金持ちの屋敷だろう。この国に奴隷制度は存在しないが、雇い入れるという名目で屋敷に囲う者は少なからず存在する。ディートリヒはそんな貴族の家から何度も逃げ出したに違いない。だからこそ、騎士になった今、下位とはいえ貴族の令嬢を娶ることも出来るのに、その様子がないのだろう。
アウレリアの父である現在の国王は、貧民街や孤児に対する政策を多く打ち出している。だが、それが実を結ぶにはまだまだ時間がかかるだろう。人々を救うというのは簡単なことではないと、アウレリアは深く息を吐いた。
「……そんな貴族の頂点にある王族の私に触れていれば休むことが出来るのだとしたら、なんという皮肉でしょうか。目が覚めたら、気分が悪いでしょうね」
ぼそりと言い、もう一度自らの手をディートリヒの手から抜き取ろうと力を込めてみる。すでに眠ってしまったのだから、離しても大丈夫だろうと、そう思ったから。その方が、彼もすっきりと目覚めることが出来るだろう。
けれどアウレリアの言葉を聞いていたレオンハルトとビアンカは、二人でその顔を見合わせると、穏やかな表情で笑みを浮かべる。「アウレリア王女殿下であれば、大丈夫だと思います」と呟いたのは、ビアンカであった。
「一度、ディートリヒ様に聞いたことがあるのです。なぜ激励の式典の際、アウレリア王女殿下からお言葉を頂こうと思ったのか、と。ディートリヒ様は、仰っていました。王女殿下は、貴族の連中とは違う、と。あんなに民を想ってくださる方は見たことがない、と」
「オレは騎士爵でしかなく、ビアンカも身分は平民なので、顔を出せなかったのですが。以前開かれた、王女殿下のお披露目の夜会に、ディートリヒは顔を出していたのです。その時に王女殿下を見て、そう思ったのだとか何とか」
「見ただけなのに何を言っているんだと思ったんですが」と、彼は続ける。彼の言葉はもっともだろう。
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