11-1(アウレリア)
客間に通されたディートリヒの様子を見るために、アウレリアはレオンハルトたちと共に部屋に、クラウスに案内された部屋へと入った。
兄、イグナーツの言葉で、もしかしたら彼が、あの日の夜会で自分を元気づけてくれた黒騎士なのかもしれないと、そう思ったけれど。部屋に入ってすぐに目に入った彼の状態に、とてもじゃないが、それを本人に確認している場合ではないと理解した。
ベッドの上で膝を立て、小さくうずくまるディートリヒは、髪を掻き毟るかのように両手で自らの頭を掴み、立てた膝に額を置いて呻いている。「煩い」「黙れ」「お願いだ」と、その三つの言葉がかろうじて聞き取れた。
レオンハルトたちが言っていた通りなのだろう。頭の中で、ずっと声が聞こえるという。休む間のなく、ずっと。
(魔王を封じた英雄が、ここまで苦しんで良いはずがないわ)
彼の功績により、このメルテンス王国の全ての国民を守られたのだ。いや、今もまた、彼がこうして一人戦うことにより、守られているのだ。
国民を守るべき王族の一人として、何か出来ることはないだろうか。
「……ディートリヒ。おい、大丈夫か……?」
「ディートリヒ様、わたしです。ビアンカです。分かりますか? ……聞こえていますか?」
アウレリアに一礼し、ディートリヒの元に駆け寄った二人は、心配そうな表情で口々にそう訊ねる。しかし、ディートリヒが反応を示すことはない。どうやら二人の声は、彼の耳に届いていないようだった。
自分が行っても同じだろうと思うも、後で会って欲しいと言われた手前、声をかけないわけにもいかない。
思い、二人とは反対側のベッドの傍らに歩み寄り、アウレリアは口を開いた。
「ディートリヒ卿。ディートリヒ卿、聞こえますか? アウレリアです。約束通り、参りましたよ」
身を屈め、穏やかに、ゆっくりと、アウレリアはそう声をかける。俯いた彼の顔は、『儀式』の間に伸びたであろう髪に隠れて見えない。
聞こえているのかいないのかも分からず、しかし反応がない。どうすれば彼の体調が少しでも良くなるだろうかと考えながら、眉を顰め、身体を起こそうとした。
「アウレリア、王女殿、下」
ぼそりと、掠れた、低い声が聞こえた。
驚いて目を瞠れば、ゆっくりとした動作で彼はこちらに顔を向ける。血のように赤い目がアウレリアの顔を捕らえた途端、なぜかほっとしたように、彼はそのやつれた顔に笑みを浮かべた。
ベッド越しの、アウレリアの正面に立っていた、レオンハルトとビアンカが、驚いたような表情でこちらを見ていた。
「来て、くださっ、たの、ですね……」
嬉しそうな表情。髪の間に差し込まれていた手を降ろし、アウレリアの側の手を伸ばしてきた。
傍らに立っていたクラウスが動く気配がして、アウレリアはさっと自らの手を上げ、彼の動きを制する。一瞬の逡巡の後、アウレリアはおそるおそる、伸びて来たディートリヒの手を、掴んだ。
「……ああ。やっぱり。あなただけが、俺の……」
そう呟いたかと思うと、彼はぎゅっと、すがるようにアウレリアの手を掴む自らの手に力を入れる。そのまま、ゆっくりと目を閉じて。
ぐしゃりと、ベッドの上で彼は前のめりに倒れた。まるで、人形が頽れるように。
「ディートリヒ卿!?」
急なことに、慌てて声を上げる。その身体を支えようと、自らの手を掴んだままの彼の手を外そうとして、びくともしないことに気付いた。痛くはない。けれど決して放さないという、そんな絶妙な力加減。
クラウスがすぐに手を伸ばし、ディートリヒの手を無理矢理外そうとするので、「クラウス、やめて」と慌てて声をかけた。簡単に外すことが出来たならばまだしも、どういう状況か分からないのに、下手なことをするわけにはいかない。
彼の様子は、と思いそちらに顔を向ければ、同じく急なことに驚いたであろうレオンハルトが、すでにベッドの上で膝立ちになっており、ディートリヒの身体を仰向けに寝かせていた。その口許に耳を寄せ、ゆっくりと三拍分の間を空けてから、レオンハルトは深く息を吐いた。
「大丈夫です、殿下」と、心底不可解そうな顔をアウレリアに向けながら。
「どうやら彼は、眠っているようです」
かけられた言葉に、アウレリアはベールの下で、きょとんとした表情を浮かべた。
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