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9-3(アウレリア)




(闇魔法使い……? ディートリヒ卿が……? では、もしかして……)




 さらりと告げられた言葉に、アウレリアは呆然と動きを止める。しかしそのことに特別に驚きを覚えているのは、アウレリアだけ。イグナーツはそのまま話を続けた。




「結果として、ディートリヒ卿の提案を呑み、彼は私たちが作った隙をついて、魔王を自らの影に封じました。彼のおかげで、この国は救われたのです」




 王太子らしい、深く響き渡る声で言うイグナーツの言葉に、国王が「なるほど」と低く頷く。魔王を封じることに成功したその功績は何よりも素晴らしい。それが分からぬ者などいるはずもなく、国王は彼に、当初考えていたよりも多くの褒美を与えることを告げた。




「皆、疲れたであろう。例年とは違う形と相成ったが、『魔王封じの儀式』の成功を祝う宴は、明日の丸一日を置いた明後日に行う。褒美もその時に改めて与えよう。今はゆっくりと休んでくれ」




 ゆったりとした口調で言う国王に礼をし、帰還式は終了した。国王、王妃が席を立ち、順に広間を出て行き、アウレリアもまた、それを追うようにして壇上から降りる。クラウスがさっと傍らに現れて、いつも通りエスコートしてくれた。




「いつもありがとう、クラウス卿。ディートリヒ卿の元に案内してくれるかしら」




 部屋を出て言えば、クラウスはちらりとこちらを見て、「もちろんです、殿下」と頷いた。ゆっくりと、彼は廊下を進んで行く。来た時と同じ角を曲がり、さらに先へと進んだ。


 と、後方からぱたぱたという足音と共に、「王女殿下」と、自分を呼ぶ声が聞こえて、アウレリアは振り返った。そこには、先程ディートリヒに付き添っていたレオンハルトと、彼と共に魔王と戦ったという、聖女ビアンカの姿があった。




「レオンハルト卿。そして、確かビアンカ嬢、でしたね。ディートリヒ卿の元へ向かうのでしょう?」




 心配そうな表情で駆け寄ってくる二人に先立ち、アウレリアはそう声をかける。共に魔王と戦った者が体調を崩しているのだ。気になるのは当然のことだろう。


 二人はアウレリアの前まで来て居住まいを正すと、初めて顔を合わせたビアンカは、緊張した面持ちで「王女殿下にご挨拶いたします」と頭を下げる。それに頷き、視線をレオンハルトへと向ければ、「仰る通りです、殿下」と、彼は静かに答えた。




「先程のイグナーツ王太子殿下のお話の通り、彼は魔王をその影に封じました。それ以降、夜もろくに眠れていない様子で、心配で……。何でも、頭の中で声が聞こえるそうなのです。彼だけにしか聞こえない声が、ずっと」




 顔を顰めながら、レオンハルトはそう呟く。「そのせいで、あいつは休むことも出来ていないのです」と。


 魔王を影に封じ、聞こえてくる声。それが何を意味するのかなんて、分からないはずもない。




「魔王の声が聞こえているのですね。ずっと。……眠ることも出来ないくらい、ずっと」




 ベールの下で目を細めて呟けば、レオンハルトはこくりと頷いた。「声が魔王だと名乗ったわけではないとのことですが、おそらくは」と言いながら。




「ディートリヒの魔力が続く限り、魔王は彼の影から出てくることはないでしょう。だからこそ、ディートリヒを弱らせ、その命を奪うことが魔王の目的のようです」




 やつれたディートリヒの姿を思い出す。同じく、眠ることが出来ずに過ごしているアウレリアだからこそ、分かる。眠ることが出来なければ、ディートリヒは徐々に衰弱していくだろう。アウレリアのように、神から与えられた聖力があるわけでもないから、尚更である。


 しかしそこで、疑問が残る。




「……なぜ、別の空間に封じられた魔王の声が、ディートリヒ卿に聞こえるのかしら」




 闇魔法は、空間を操る魔法。自らの影といえど、そこにあるのはここではない、別の空間である。普通ならば、別の空間から声が聞こえてくることなど有り得ないのだ。閉じた空間をこの目で見ることが出来ないのと同じように。


 だというのに、魔王の声がするという。


 どういうことだろうと考えていたアウレリアの耳に、「発言をお許しいただけますか、殿下」というビアンカの声が聞こえた。

 おそるおそる、というようにこちらを見る彼女に、アウレリアは「もちろんよ」と言って頷いた。




「これはディートリヒ様に教えて頂いたのですが、ディートリヒ様は、魔王を影の中の別の空間ではなく、影その物に封じたそうです。緊迫した状況で、対象を封じる別の空間を設定するのが難しかったそうで……。自分に付随する影であれば、その設定も容易だったため、影に封じたのだ、と」




 「だからこそ、影を通して、身体を通して、魔王の声がディートリヒ様の頭に響いているのではないかと、あの方自身が仰っていました」と、ビアンカは続けた。


 確かに、映像とは違い、音は振動で伝わる。彼自身と影は必ず繋がっているため、魔王の声はディートリヒの頭に響いているのだろう。


 いっそのこと、封じるのではなく、闇魔法をわざと失敗させることで、魔王を倒すことは出来なかったのだろうか。そんな残酷な考えを口に載せるも、今度はレオンハルトが首を横に振った。


 すでに、試してみたのだ、と。




「封じるという提案よりも先に、ディートリヒは魔王の身体を半分に分断するよう、闇魔法を使ったそうです。しかしそれは、安易に捻じ曲げられた。神の力を以てしても、封じるのがやっとの相手ですからね」




 彼がそう言い、なるほどとアウレリアも頷く。確かに、彼の言う通りだった。小手先の魔法などではどうしようもない相手だからこそ、女神もまた、封じることを目的とした聖槍を与えたのだろう。人間の力で封じられたことが、奇跡のような話なのだ。


 それならば尚更、二度と魔王がこの世界に現れるようなことがあってはならない。そのためには。




「ディートリヒ卿には、何としても体力を回復して頂かなければなりませんね。……行きましょう。お二人とも」




 魔王が再びこの世界に出てくることがないように。どうすれば、ディートリヒの体調は回復するだろうか。


 考えながら、アウレリアは再び振り返る。クラウスのエスコートを受け、ディートリヒの待つ部屋へと向けて、足を踏み出した。




「……そう。神でも倒せないと分かっていたのに、倒せるなんて思うことが、間違いだったのよ。なのに何で、あの人は……!」




「……行こう。ビアンカ」




 ぼそりと低く続いた背後の二人の会話は、先を急ぐアウレリアの耳には届かなかった。

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