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8-1(ディートリヒ)

 頭が、割れるようだった。痛みではなく、身体の内側から重苦しく響いてくる、声のせいで。




「おい、大丈夫か? ディートリヒ? 外に出ているか?」




 四六時中響く声のせいで、ろくに眠れもせず、起きている間も頭が割れそうな心地になる。慢性的な睡眠不足と精神的な疲労ゆえか、次第に食べ物も喉を通らなくなった。


 それはメルテンス王国の王城に入っても変わらず。帰還を報告するために謁見の間に入るまでは何とか耐えたのだが、ふらつく身体が言うことを聞かず。帰還式が行われるために、持ち場につこうと足を進める途中で、その場に膝をついてしまったのだった。


 すぐ前を歩いていたレオンハルトはすぐさまディートリヒが膝をついたことに気付き、自らも膝をついてこちらを心配そうに見てくる。


 周囲の人間は、同じく『魔王封じの儀式』に向かった仲間とも言える存在だというのに、むしろ一歩離れてこちらを見ていた。




(全く、笑わせる。……と言いたいけど。まあ、気持ちは分からないでもない。……誰だって、《《魔王を封じられた人間》》になんて、近寄りたくないに決まってるからね)




 自らの周りから、円形に人が遠ざかるのを見て、ディートリヒは密かに苦笑した。


 約百年ぶりとなる『魔王封じの儀式』は、レオンハルトの指揮が的確だったこともあり、予定よりも早く、そして大した被害もなく進んだ。


 予想通りと言うべきか、魔法士団から参加していたメンバーの中には、貴族の令嬢たちが数名いたため、昼だろうと夜だろうと、外だろうと宿屋だろうと、警戒を怠ることが出来ず、疲労は無駄に蓄積していったが。


 それもこれも、出発したその初日に泊まった宿で、令嬢の内の一人が部屋に押し入って来たからに他ならない。その場ではあれやこれやと言葉を交わしつつ、相手の気が逸れた隙に部屋を抜け出した。すぐさま闇魔法を使って宿の別の階に移動し、令嬢が部屋から出て行ったのを見計らって部屋へと戻ったため、何もなかったのだが。いくら部屋に鍵をかけても、誰が入ってくるともしれないという思考に陥り、ろくに眠れなかったのである。騎士になる前の、貧民街で生きていた頃に逆戻りしたような心地だった。


 切って捨てることが出来るならば気にすることもなかった。剣の腕は勇者一行のメンバーに選出されるほどのものなのだから。しかし、面倒なことに、相手は腐っても貴族の令嬢なのである。下手に怪我でもさせようものなら、責任をとれと言い出しかねないから質が悪かった。


 今現在、ディートリヒ自身は騎士爵位しかない。それだけならば良かったが、今回の『儀式』が成功すれば、過去の例を見るに、おそらく爵位を与えられることになる。つまり彼女たちからすれば、将来を約束された、爵位持ちの男の妻となるのである。


 その上、自分でもうんざりする、人の目を悦ばせるこの顔を手に入れることが出来るのだ。どうやらこの顔は、貴族たちが重んじる、社交という面でも使い勝手の良い物らしく。彼らの親も公認で、ディートリヒに夜這いをかけようとしているらしかった。逃げ出す前に、本人に聞いたのだから間違いない。


 おかげさまでそれ以降も、他の令嬢たちもまた、明らかに自分の元に擦り寄ってきた。獣のような彼女たちの視線に、身の危険を感じるしかなかった。


 まあそういうわけで、魔物と戦うよりも、令嬢たちから逃げ回ることの方に気疲れをする、そんな旅だった。始めは。




(あのくそ……馬鹿な令嬢が、余計なことをするまでは、ね)




 思わず、心の中で悪態をついてしまう。そう、問題なかったのだ。本当に。自分が堪え切れれば、逃げ切れれば良いだけだと、そう思える程度には。


 魔王城に辿り着き、王太子が召喚された後に起きた、あの出来事までは。




「外に出よう、ディートリヒ。支えてやるから」




 勇者一行の中でも、自分との距離が変わらない、数少ない人物の一人であるレオンハルトは、そう言ってディートリヒの身体を支えるようにして、立ち上がらせてくれる。


 頭の中に響く、地を這うような声が邪魔をして上手く聞こえなかったけれど、彼が自分を助けようとしてくれているのは、もちろん理解できた。レオンハルトの誘導に従って、入って来た方ではなく、広間の奥の方にある扉へと向かう。


 ぼんやりとする。頭が回らず、身体に力が入らない。騎士としては、致命傷である。


 廊下に出ると、集まっていた人々の熱気が消え去り、少しだけ気分が良くなった。少なくとも、自分の意志で廊下の壁に寄りかかり、そのまま床に座り込めるくらいには。




「すまな……、レオン、ハル……しばらく、ここで……」




 休めば治る、というような単純なものではないと分かっている。しかし、この状態で帰還式に顔を出し、周囲、敷いては王族に迷惑をかけるわけにはいかなかった。式の間中、じっと立っていられる自信がなかったからだ。


 首を捻るようにして、片眼でレオンハルトを見上げれば、彼は痛ましそうな顔になってその場に膝をつき、「おい、大丈夫か」と声をかけてくる。


 ここで冗談の一つでも言えば少しは安心するだろうにと思いつつ、笑みさえも顔に載せられないまま、目を閉じ、ゆっくりと俯いた。


 その時だった。「どうしました?」という、凛とした、聞き間違いようもないあの人の声が、頭の中に響く声を切り裂くようにして、ディートリヒの耳に届いたのは。

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