7-3(アウレリア)
謁見の間に向かう道のりは、要所に護衛の騎士の姿がある以外、驚くほどにひと気がなかった。誰も彼もが、最短の帰還で、最高の結果で、『儀式』を終えた勇者一行の姿を見に行っているのだろう。
謁見の間に入ることは出来ないが、勇者一行が出入りする扉の前で待っていれば、出入りする彼らの姿が見ることが出来るはず。つまり、謁見の前の表側の通路は、すごい人込みだろうことが、想像に難くなかった。
そちらには近付かないようにしなければと思いつつ、謁見の間の奥側にある扉の方へと向かう。列席するだけではあるが、長い期間、危険の中に身を置いた勇者一行の姿を一目見たいのは、アウレリアとて他の人々と変わりない。お疲れ様と、声はかけられずとも、心の中で労いたいと、そう思っていた。
クラウスのエスコートで、長い廊下を進んで行く。次の角を曲がれば扉が現れる所まで進んだアウレリアは、「おい、大丈夫か」と、何やら不安そうな声に足を止めた。つられて、クラウスもまた足を止める。
「……様子を見て参ります」というクラウスの声に首を振り、再び先へ進む。ここは王城であり、騎士たちは今も私情を挟むことなく要所を守ってくれている。だからおかしな人間が入って来ているわけではないだろう。まあ、もしそうでも、隣にクラウスがいるため大丈夫だろう、という考えがあったための行動ではあったが。
角を曲がったアウレリアは、ぐったりと壁に背を付けて座り込んだ男と、そんな彼に膝をついて心配そうに声をかける男を見つけた。服装を見れば、彼らが黒騎士だということが分かる。どうやら本当に体調が悪いらしく、座り込んだ男は真っ青な顔で浅く息をしていた。
「どうしました? そちらの方は、とても具合が悪そうですが」
そちらに歩み寄りながら、アウレリアは静かに声をかけた。ぱっと、膝をついていた男がこちらに顔を向ける。おや、と思った。勇者一行の出発の激励式で見た気がする。確かこの、年齢よりも随分と若く見える青年は。
「あなたは、レオンハルト卿ではありませんか」
勇者一行の内、聖槍を携えた、一行の要。王太子が合流するまで、一行を指揮した功労者。
レオンハルトはさっとその場に立ち上がると、頭を下げ、「王女殿下にご挨拶いたします」と、礼儀正しく口にした。
対して、彼のすぐ傍まで歩み寄ったアウレリアは「ごきげんよう、レオンハルト卿」と返す。次いで、「そんなことよりも、この方はどうしたのです?」と、重ねて訊ねた。
「とても顔色が悪いではありませんか。別の部屋を用意させましょう。そこで少し休ませなさい」
言って、アウレリアは自らをエスコートしていたクラウスに声をかけた。彼はしばし逡巡した様子だったが、そこにいたのが黒騎士であり、剣にも槍にも優れた勇者の称号を持つレオンハルトだったため、安全だと判断したのだろう。「客間を用意するように伝えます」と言って、さっと踵を返し駆け出した。
レオンハルトは申し訳なさそうに眉を下げ、「ありがとうございます、殿下」と呟いた。
「場所を教えて頂けたら、連れて行きます。殿下は、広間へ……」
遠慮がちに言うレオンハルトに、アウレリアは首を横に振る。体調が悪い人間を放って行くことなどできない。それに、勇者の称号を持つ、『魔王封じの儀式』の主役の一人と言っても過言ではない、レオンハルトがここにいるのだ。まだ帰還の式が行われることはないだろう。
思いながらアウレリアは膝をつき、「もう少し、頑張って」と座り込んだ男に声をかける。「彼の名前は?」とレオンハルトに訊ねながら、男を元気づけようと、その肩に触れた。
首の後ろで緩く束ねた波打つ髪は、先だけが赤く染まった白髪という変わった髪色。真っ白な肌は青白く、顔はやつれていたが、しかし騎士であるためにその身体はがっしりとしている。座っているから正確な所は分からないが、下手すればクラウスと同じくらいか、それよりも身長が高いかもしれない。
こんな人、いただろうか。このような珍しい髪色を持つ人物ならば、覚えていても良さそうなものなのだが。
思い、顔を上げてレオンハルトの言葉を待つ。
レオンハルトは少しだけ躊躇うように視線を彷徨わせた後、「彼の名前は……」と、口を開いた。
「ディートリヒ・シュタイナーです。殿下」
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