43-2(アウレリア)
「そういうわけで、深く眠ることが出来なかっただけ。君が目を覚まして身じろぐ度に、俺も目を覚ますかもしれない。少し鬱陶しいだろうと思うし、……そういう目で見られて気分が悪いかもしれないけど、良ければ、これからも添い寝して欲しいな」
「……だめかな?」と、再び上目遣いで問いかけられれば、アウレリアはただ視線を逸らし、「だめでは、ないです」と答えるしかない。美しい上に可愛いのは、本当に反則だと思う。何でも頷いてしまいたくなる。
しかし、だ。もし、本当に傍で眠りたいと思うならば。
「でも、本当のことは、教えて欲しいです」
こほんと一つ咳払いをした後、そう、アウレリアは気を取り直して言った。真っ直ぐにディートリヒに視線を合わせる。
彼は不思議そうな顔で、首を傾げていた。
「私をその、……そういう目で見て、身体が反応するというのは、冗談だと分かっています。本当は、どうして眠れないの? やっぱり、男神さまが宿っているから、体調が悪かったりするのかしら……」
アウレリアはその顔に、ディートリヒを心配する気持ちだけを張り付けて、問う。自分に欲情して、なんて、そんな冗談で誤魔化そうとするほど、体調が悪いのだろうか、と。
自分に気を遣ってくれているのだろうけれど、本当のことは教えて欲しいと思った。傍で眠るのはもちろんのこと、自分にも彼の力になれることがあるかもしれないのだから。
そう、思ったのだけれど。
ディートリヒは驚いた顔になると、少し考える素振りを見せる。次いで、「何で、俺が冗談を言っていると思うの?」と問うてきた。本当に、わけが分からないというような表情で。
アウレリアはまた数度瞬きをして、困ったような表情で笑った。だって、当たり前ではないかと、そう思いながら。
「私のように醜い人間に触れたいと思う人なんて、いないでしょう」
何せ、『骸骨さま』と呼ばれる王女なのだから。
「あなたのおかげで、以前ほど『骸骨みたい』ではなくなっていると思いますが……。かと言って、好んで触れたいと思うような容姿ではないはずです。肉付きもそれほどよくありませんし」
侍女たちが気遣い、アウレリアが使用する部屋からは、全ての鏡を失くしてしまっているため、自分を客観的に見たことはないけれど。それでも、世に言う女性たちの平均的な身体よりもまだまだ細く、男性に好まれるものではないと思う。
アウレリア自身、それを理解しているし納得もしていた。だからこそ、なるべく食事の量を増やし、結婚するまでには平均的な女性の身体に近付き、ディートリヒが望むような人間になりたいと思っているのだが。
今の自分に対して情欲を感じるなど、やはり冗談にしか思えないのである。その証拠に。
「……その証拠に、私に触れることを望んでいると言いながら、あなたは私に、口づけの一つ、望まないでしょう? むしろ当然のことと思いますが」
王家の一員として、婚前の過度な触れ合いは褒められたことではない。今ではそれほど厳しくはないが、年嵩の貴族たちの中では、それは固着した考えである。そのため、アウレリアとしても、結婚前のそういった触れ合いはしない方が良いだろうと思っているけれど。
口づけくらいならば、周囲の言う、過度な触れ合いの内には入らないと思うのだ。むしろ、その状況を他者に見られたとしても、仲の良い婚約者同士だと、そう思われる程度のものだろう。
しかし、ディートリヒはそれすら、アウレリアに望んでいないのだ。一足飛びに欲情したなどと言われても、冗談だとしか思えないのである。
ディートリヒはアウレリアの言葉を聞いて、納得したように頭を抱える。「……君の言う通りだ」と、困ったような笑いを含んだ声が聞こえた。
「確かに、急にそんなこと言われてもって感じだよね。今まで何も望んでなかったんだから」
言い、彼はその手を頭から離して、こちらに顔を向ける。
じっとこちらを見る赤い視線が、何かを期待しているような、そんな色を宿しているように感じた。何かを期待し、そして必死にそれを押し殺そうとしているような、そんな複雑な色合い。
「我慢のし過ぎだったってことか」と、彼は一人、納得したように言った。
「少しくらいなら……。そうだね。少しくらいなら、良いよね。少しだけだから。大丈夫。これは仕方ないんだ。俺が、本当はどれだけ望んでいるのか、気付いてもらわないといけないから」
「大丈夫、我慢できるから……」と、彼はどこか、自分に言い聞かせるように呟く。何度も何度も、繰り返し。
その様子を不思議に思いながら、「ディートリヒ?」とアウレリアは声をかける。まるで夢の中を彷徨うような視線が、自分の頭から足先までを滑るのを見ながら、その様子が心配になってしまって。
彼はアウレリアの言葉に一度目を閉じると、深く息を吸い、吐き出した。ゆっくりと、その目を開く。
「アウレリア」と呟く彼の声が、やけに耳に甘く、そして熱くて。
「……キス、したい」
そう続けた彼の赤い瞳は、押し殺せなかった期待と、蜜のように甘い別の何かで、きらきらと光って見えた。
そんなはずないのに、まるで、美しい獣のようだと、そんなことを思った。
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