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41-3(アウレリア)

 実際の実力を目にしたことはなくとも、彼は魔王を封じた勇者一行の一人であり、その立役者。おかしな目にはあっていないだろうと思うけれど。




(……カロリーネ嬢に会った時の態度が引っかかっているのでしょうね。魔法士団ですから、彼女もまだ王城にいるかもしれませんし……)




 「何事もなければ良いのですが……」と、我知らず呟いた言葉。それほど大きな声でもなかったけれど、護衛として、すぐ傍に控えていたクラウスの耳には聞こえていたようだ。「……殿下は、本当にディートリヒ卿のことを、随分気にかけてらっしゃるのですね」と、彼はぽつりと呟いた。




「きっと、打ち合わせが長引いているだけでしょう。殿下が気に病む必要はありません。魔王を影に封じるほどの実力者です。すぐに戻りますよ」




 端正な顔に優しい笑みを載せ、クラウスはアウレリアを元気づけるようにそう囁く。彼の言う通りだと、そう思うのだけれど。アウレリアには、カロリーネの存在以外に、懸念事項がもう一つあった。それは。




「……昨日、あまりぐっすり眠れていなかったようなのです。私が身動ぎをした時に、すぐに目を覚ましていたようですから。とても疲れていたようなのに」




 それもあって、心配なのだ。何か、無理をしているのではないか、と。


 これまでは、お互いにぐっすりと眠っていたというのに。それもこれも、眠るためにはお互いが必要だったから。


 けれど、今は違う。彼の影には魔王となった男神が変わらず宿っているけれど。その声は、アウレリアとの距離があまりに離れた時以外、聞こえなくなったと言っていた。堕ちた身を浄化するのに力を注いでいるのだろう。


 つまり、ディートリヒからしてみれば、今となっては添い寝をする必要がないのである。アウレリアは相変わらず、彼に触れていないと夢を見るというのに。




(私には、彼が必要。でも、彼には、私はもう、必要ないのよね)




 もちろん、男神がその身を浄化するためには、触れていた方が良いのだけれど。何も夜に添い寝する理由はないのだ。ディートリヒとしては。


 そのことが、なぜかとても悲しかった。彼が自分を見る目は、変わっていない。それでも。もしかしたら、いつか。


 表情を暗くするアウレリアに、クラウスは少しだけ複雑そうな顔をする。視線を俯かせ、一つ瞬きをすると、「そうですね」と、何かを思いついたように口を開いた。




「ディートリヒ卿の影に宿る魔王を、私の影に移せたら良いのですが。魔王がそこにいるから、殿下と卿は共に眠っているのでしょう? 卿も魔王がいるから眠れないのでしたら、私の影に魔王を移して、一度落ち着いて一人で眠る時間を与えられたら良いかもしれませんね。……私が、殿下の傍にいれば良いので」




 「たまには、一人でゆっくり眠るのも良いでしょうし」と、クラウスは再び、笑みを浮かべて続ける。


 確かに、そうかもしれないとは思った。アウレリアはそうでないけれど、ディートリヒは、ずっと隣に自分がいることで、気を遣っていたのかもしれない。彼の優しさに甘えていた自覚があるから、余計にそう思った。


 魔王と男神が同一の存在だと知られると、民を困惑させるだけ。そのため、公にしないことが決まっていたから、クラウスは知らないのだけれど。


 本当は、彼の影に男神が宿っていようといまいと関係なく、自分が一日、眠らなければ良いだけの話なのだ。




(それに、もしクラウス卿の影に男神さまが宿ったとして。いくら護衛で、傍にいるだけとはいえ、ディートリヒからしてみれば、あまり気分の良いものではないでしょう)




 さすがに添い寝するつもりはないが、侍女を近くにおいておくとしても、自分がクラウスの手を握り、眠ると言ったら、あまり良い気はしないだろう。自分だって嫌なのだから。彼が誰かの手を握って眠る、なんて。


 だからそんな必要はないと、そう告げようとした時だった。ぎぃ、と重い音を響かせ、扉がゆっくりと開いて。




「……俺のことを心配してくれてありがとう。クラウス卿」




 そう、低い声で呟くのが聞こえたのは。




「でも、遠慮しておくね。俺は一人で眠るより、王女殿下の傍にいたいから。それに、魔王は闇魔法を使える俺の影に封じておく方が、いざとなった時に安全だろう? だから、大丈夫だよ」




「……ディートリヒ卿」




 執務室に現れた彼は、穏やかに微笑んでそう告げる。穏やかで、けれどどこか、剣呑な雰囲気を纏って。


 どうやら、話を聞いていたらしかった。扉の前にでもいたのだろうか。それにしても、耳聡い。


 クラウスは彼の方を一瞥した後、「そうであれば、良かったです」と静かに呟く。その顔には、先程まで浮かんでいたはずの笑みなど、欠片も残ってはいなかった。

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