41-2(アウレリア)
カロリーネは挨拶と共に、礼を取る。同時に、ふわりと強い花の香りが鼻孔を擽り、アウレリアは無意識に口許に手をやった。なぜ今まで気付かなかったのかと思う程、濃い花の香り。見れば、クラウスもまた、その綺麗な顔を顰めていた。
その後すぐ、カロリーネを追って来たらしい魔法士団の青年に呼ばれ、カロリーネはその場を後にした。最後の最後まで、名残惜しそうにディートリヒの姿を目に留めようとする姿は、これまでに見た、彼を慕う令嬢たちと同じだったけれど。ただ一つ、彼女に対するディートリヒの表情だけが不思議なほどに違っていたため、アウレリアは今日の夜にでも、彼女についての話を聞いてみようと、そう思うのだった。
「王女殿下。王太子殿下の侍従が、王太子殿下からの依頼の書面を持って来たとのことです。お急ぎとか」
執務室へと戻ったアウレリアは、休む間もなく侍女からかけられた言葉に、軽く首を傾げる。兄がわざわざ依頼の書面を侍従に持たせるとは。余程のことだろうか。それとも、直接口にすれば、アウレリアが断りそうな案件だろうか。
思いつつ、アウレリアは侍女に「入ってもらって」と声をかける。自らはソファへと腰かけ、現れた侍従にもまた、客人として正面の席を薦めたが、彼は首を横に振り、扉の前から動かなかった。「なるべく早く、返事をもらってきて欲しいとのことですので」と言って。
アウレリアは一つ頷くと、侍女がその侍従から書面を受け取る。その書面を侍女から渡され、アウレリアはすらすらとその文面に目を通した。
それは、簡単に言えば、アウレリアの護衛騎士を貸して欲しいという依頼であった。ディートリヒ・シュタイナー=ブロムベルクを、闇魔法使いとして。
ベールの下で、思わず眉根を寄せる。令嬢たちだけでなく、兄までもと少し思ってしまうが。書面にある理由は、ただその顔を見たいだけの令嬢たちとは全く異なるものだったので、アウレリアは素直に受け入れるしかなかった。
「ディートリヒ卿。兄の元へ行き、その闇魔法の才を使い、手伝ってあげてください。……レオンハルト卿が、『黒の森』へ向かうそうです」
数日前から話していた『黒の森』の調査を始めるため、ディートリヒに力を貸して欲しい。闇魔法を使い、『黒の森』の近くまで、レオンハルトたち調査隊の者を移動させて欲しい、というものである。魔法士団にも闇魔法使いがいることはいるのだが、『黒の森』を抜け、魔王城まで進んだディートリヒの方が、『黒の森』周辺の座標を把握しているだろうから、と。
闇魔法は他の魔法と違い、目に見えない位置へと自らや他の者たちを転移させることが出来る。それはつまり、少し座標を間違えば、とんでもない所に飛び出しかねないということでもあるのだ。その点、実際にその場へと進んだ者の方が安全なのは言うまでもないだろう。
「『黒の森』周辺と、その内部、そして魔王城の三か所に、人を送るそうです。そこそこの人数を送るため、一日に一か所、複数人の転移をお願いするとあります。今日はその、打ち合わせを行いたいのだとか。……大丈夫ですか? ディートリヒ卿」
神経を使い、魔力を使う。アウレリアは魔法を使うことが出来ないため、正確にどれほど消耗するのかは分からなかったけれど。確実に疲労を重ねることだけは目に見えていたから。
アウレリアの問いかけに、ディートリヒは微笑んで頷く。「大丈夫ですよ。王女殿下」と言いながら。
「かなり距離があり、複数人というのは少し、大変ではありますが。出来ないわけではないので。夜、いつもよりもぐっすりと眠るかもしれないと思う程度ですね」
言い、「それでは言って参りますね」と、ディートリヒは頭を下げる。兄の侍従の後を追うその姿を見送り、アウレリアは一週間後に迫った、自らの婚約式に向けての準備を進めることにした。
それから、今日の仕事を終えようかという時間まで、ディートリヒが執務室に戻ることはなかった。打ち合わせのみとのことだったが、さすがに遅すぎる気がする。
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