41-1(アウレリア)
「まあ! あちらをご覧になって」
「ディートリヒ卿ですわね!」
「お父様とお母さまの言葉は本当だったのですね。またあの美しい姿を見られるなんて……!」
生誕祭を終えて、その翌日。王城の廊下を歩いていたアウレリアは、貴族たち向けに解放されている、中庭から聞こえてきた声に、ベール越しにちらりと視線を向ける。
話の内容からして、どこかの伯爵以上の貴族の令嬢たちだろう。大方、昨日生誕祭に参加していた両親からディートリヒの容姿に対する話を聞き、様子を見に来た、というところか。
ちらり、と今度は背後に付き従う話題の主へと視線を向ける。ディートリヒは気にした風もなく、表情一つ変えずにアウレリアの後を付いてくるばかりだった。
(いずれこうなることは分かっていたけれど、思っていたよりも早かったわね)
彼の元々の人気ぶりを考えれば、避けられないことだとは思っていたが。それにしても、公に姿を見せた翌日に、こうしてその姿を窺いに来るとは。毎日仕事か『女神の愛し子』としての役割をこなしているアウレリアからすれば、他にすることはないのだろうかと少し不思議に思ってしまった。
そんな状況は、その後も絶え間なく続いた。中庭だけでなく、王城で働く親族への届け物で寄ったと言い、廊下で遭遇する者や、道に迷ったと騎士たちの詰め所に現れる者、訓練中の友人を応援したいからと、騎士の訓練施設にまで訪れる者までいたという。
普段、王城で滅多に見ない令嬢たちが列を為して現れる様は、ある意味感心してしまった。そうしてまでも、その姿を目に留めたいのだろう。ディートリヒ・シュタイナー=ブロムベルクという名の男の姿を。
(……私の婚約者ですのに)
ほんの少しだけそう思ってしまい、ふるりと首を横に振る。確かに彼が自分の婚約者であることは一週間後の婚約式を前にした今でも周知の事実であるが、彼はあくまで一個の人間である。ただその目に留めたいという令嬢たちの希望を、自分が拒否するわけにはいかなかった。それに。
(ディートリヒは彼女たちに興味がなさそうだから。……駄目ね。そんなことで嬉しいなんて思ってしまっては)
彼女たちの視線を完全に無視している彼は、アウレリアがそちらに視線を向けると目敏くそれに気付き、「どうしました? 殿下」と、嬉しそうに声をかけて来てくれる。それだけで、彼が自分を特別に扱ってくれているのが分かり、それがとても嬉しいのだった。
心が狭いと言われようと、自分の想い人が自分だけを特別に見てくれるのは、やはり嬉しいものなのである。
だから。もうすぐ一日が終わろうという頃、その人が目の前に現れた時は、驚くしかなかった。
彼が初めて、自分以外の誰かに、無表情以外の顔を向けたから。
「ディートリヒ卿、久しぶりですわぁ! すっかり元のお姿に戻られたのですね!」
甘ったるい、高らかな声。嫣然とした笑みを浮かべる美しい顔。栗色の長い髪と薄い水色の目を持つ彼女は、その身に魔法士団の制服を身に着けている。忘れようとしても忘れられない、その顔。
アウレリアの顔を見て、『骸骨みたい』と呟いた、あの令嬢であった。
軽く息を吐き、アウレリアは気にせず先に進もうとする。ディートリヒは他者に呼びかけられても、無視を決め込んでいたから。けれど。
「……カロリーネ嬢」
ぼそりと聞こえた、冷たく低い声に、アウレリアは驚いて足を止めた。ぱっと、声が聞こえた方へと振り返る。
異様と言いたくなるほどに美しい容貌を持つ彼は、その顔に怒りとも嫌悪とも言える、これまでに見たことのない程、冷たい表情をしていた。こちらが身震いしてしまいそうなほど、美しく、恐ろしい顔だった。
「ずっと心配していたのですよ? あんな風になられてしまって……、とても見ていられなくて。でも、良かった。わたくし、自分のことのように嬉しいですわ」
にこにこ、にこにこ。ディートリヒの表情が目に入らないとでも言うように、カロリーネと呼ばれた令嬢はそう続ける。表情は目に入らず、しかしその容貌からは目が離せないとでも言うように、周囲にいたアウレリアやクラウスに目を向ける様子もなかった。
「……失礼ですが、ご令嬢。王女殿下の御前ですよ。礼儀知らずにもほどがあるのでは」
不意に、クラウスがそう言ってディートリヒとカロリーネの間に割って入った。クラウスに示され、アウレリアは驚いて、ベールの下で瞬きをする。ここに来るまでに、ディートリヒにしか目がいかない令嬢たちと多く擦れ違ったため、そのようなことは気にならないのだが。
思うも、クラウスの言葉に間違いなどなく。加えて、ディートリヒの様子がいつもと違うことにも気付いていたため、気を逸らせる意味でも、「クラウス卿の言う通りですよ」と、アウレリアは口を開いた。
「私の護衛騎士が美しいのは認めますが、礼儀は守って頂けると嬉しいわ」
ベールの下で微笑み、静かにそう告げる。当たり障りのないよう、穏やかに。けれど。
こちらを向いたカロリーネの視線は、ぞっとするほどに鋭いもので。思わずアウレリアは息を呑むが、次の瞬間には、彼女は先程と同じ、嫣然とした笑みを浮かべていた。
「失礼いたしました。『女神の愛し子』であり、王国の第一王女様にご挨拶を申し上げます。ティール伯爵の娘、カロリーネ・ダンナーと申します」
少しばたついていて、更新し損ねておりました!
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