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40-1(カロリーネ)

 ティール伯爵家の地下の一室。薄暗いそこにいたカロリーネは、突然、大きな音と共に扉を叩かれて、ぱっとそちらを振り返る。傍にいた、悲壮な面持ちの女に「待っていなさい」と声をかけて、扉の方へと向かった。




「カロリーネ! 喜びなさい! お前のお気に入りが、元の姿を取り戻していたぞ!」




 扉が開いた瞬間、聞こえて来たのはそんな父の言葉だった。




「王女殿下の生誕祭で、殿下をエスコートしていたんだ! まあ、お前の好きだった髪と目の色は戻らなかったようだが……。容姿は元通りどころか、余計に美しくなっていた気がするな。問題は、王女殿下の婚約者だということだが……」




 ぶつぶつと、父はそう言いながら部屋へと入ってくる。しばらく歩き、カロリーネが今まで作業していた台に気付くと、その顔を顰めた。ついで、軽くその鼻を覆う。部屋の中には、異様なほどに濃い、鉄錆の香りが充満していた。




「私は、お前の研究を面白いと思っているのだがな。あの男が元に戻ったならば、必要ないか。続けるかどうかは、お前の好きにすると良い。材料はいつでも用意しよう」




 鼻を覆ったまま、作業台の上に乗った実験台を眺めながら、父はそう言って笑う。カロリーネもまた父の傍に歩み寄り、少し考えた。まず、一つ目として。




「わたくしは、自分の目で見たことしか信じられませんわ。だから、この研究は続けます。ほとんど形は整っているのだもの。……けれど、他ならぬお父様の言葉だから、気になるわ。本当に、あの方が元の美しさを取り戻したというの?」




 美しく美しい、自分に相応しいただ一人の人間。自分の傍にいるべき、ただ一人の男。


 父はカロリーネの言葉に頷く。「私がお前に嘘をつくはずがないだろう」と、微笑みながら。


 その自信ありげな姿に、ふむとカロリーネは考える。そこまで言うのならば、本当かもしれない。




(もう少しであの方の姿を再現できそうだったけれど……。声と仕種、表情は上手くいかないものね。あと、それぞれの配置を少し変えてみましょう)




 作業台の上にあるものを見ながら思う。しかしこれも父の言う通り、あの方が元の姿を取り戻していれば、必要ないものではある。




(ああ、でも。以前のあの瞳が好きだったから、研究の成果は役立つかもしれないわ)




 色が変わってしまったのならば、《《入れ替えてやれば良い》》のだから。


 今の自分には、それが出来る。そう、目の前のものを見て、カロリーネは微笑んだ。あの夜空のように美しい、暗い青の目を、またあの麗しい容貌に埋め込んであげよう。自分を見つめる、そのためだけに。




「でも、お父様の言う通りね。『骸骨さま』の婚約者となっているもの。……本当に元に戻っているのならば、どうにかして、取り戻さなければ」




 婚約を破棄する方法は何かあるだろうか。あの『骸骨さま』の見た目を晒し、その醜悪さをあの方に見てもらえば良い。近頃はベールを着けて顔を隠しているようだから、あの方は知らないだろう。『骸骨さま』の、本当の姿を。だから。




(……いいえ。婚約はおそらく王命だわ。試してみても良いけれど、上手くいくとは思えないわね。ならば、あの方を手中に収めましょう。いくら魔王を復活させた者とはいえ、伯爵家の令嬢を傷物にしておいて、許されるはずがないもの)




 そしてそんな相手を、王女の婚約者として認めるはずがないから。


 以前の旅では失敗したが、今度こそ上手くやれば良い。あの時はあの方が闇魔法を使うと知らなかったために対処できなかったが、分かってしまえばこちらとてやりようがあるのだから。




「……問題は、また以前の旅と同じように、彼と二人になれる状況を作ること、だけれど……」




 それが、一番難しい。特に今のように、あの方が『骸骨さま』の護衛となり、白騎士として、王城の奥から出てこない状況では。


 ぶつぶつと呟いていたカロリーネに、作業台の上のものを観察していた父が不思議そうな顔をする。「彼と二人になりたいのか?」と、父は聞いてきた。




「ならば、以前と同じ状況を作れば良い。今回は、以前とは違って聖槍が現れるようなことはないだろうから、少し面倒かもしれないが。お前が創っているこの研究成果をもう少し改造していけば、上手くいくんじゃないか?」




 父はそう、面白そうに言う。カロリーネが首を傾げれば、父はより楽しそうに笑った。




「ここにいるものと同じだよ。組み合わせて行けば良い。……人間ではなく、魔物を」




 そうして創り上げるのだ、魔王を。そう、父は続けた。




「あとは、その悪評を流せば良い。新たな魔王が、人々を襲っていると。国王でさえも無視できない程に。……そうだな、どうせなら、強い魔物を組み合わせる方が良いだろう。グリフォンや、マンティコア、セイレーンなんかはどうだ」




 父がそう、楽しそうに例を挙げていくのを聞きながら思う。どうせならば、本当に強い魔物を組み合わせなければ。目の前にある研究成果を元にすれば、無駄にもならない。美しく、恐ろしい、まさに自分たちが封じた、魔王のような。




「お父様の言う通りですわ。強い魔物を組み合わせましょう。あの方やわたくしを含む勇者一行が、再び旅に出なければならないほどの強い魔物を。例えば」




 ドラゴンとか。


 口にし、妙案だとカロリーネは微笑んだ。その壮絶な笑みに、作業台の傍で息を殺していた女は、ただただ泣きながら、息を呑むしかなかった。

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