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39-1(ディートリヒ)




「『女神の愛し子』という役割を与えられた私がこの歳まで命を繋ぐことが出来たのは、偏に女神様からの思し召しでしょう。民を護るために、これまで以上に力を尽くすように、と。私はそのご意思に従い、これまで以上に民のために生きていきましょう」




 成人を祝う夜会の場で、アウレリアが口にしたのはそんな言葉だった。招待された貴族たちのうち、特に彼女の力のおかげで己や家族、領地が救われた者ほど、感銘を受けたように盛大な拍手を送っていた。偶然目に入った、家門の後継者として参加していたクラウスもまた、その内の一人だった。


 国民の誰もが十六の歳で成人として認められるこのメルテンス王国で、唯一、十九の歳を成人とみなすのが、『女神の愛し子』となった少女たちである。理由は至って単純だ。成人すると、本人も含め、周囲もまた結婚を視野に入れ始めるからである。


 『女神の愛し子』は、王族か、王族の血を引く貴族の令嬢にのみ現れる。貴族に生まれた以上、結婚とは、切っても切り離せないもの。『女神の愛し子』であろうと、同じことである。


 しかし『女神の愛し子』は、その役割を果たす能力ゆえに、身体が弱く、永く生きられなかった。十六の歳を迎え、成人し、結婚しても、一年と経たずに命を落とす者が後を絶たなかったのである。


 本人も、結婚相手も傷つきかねないそのような状況を痛ましく思った何代も前の国王が、決定を下したのだった。『女神の愛し子』の成人は他の者よりも遅い十九の歳とし、その年になって初めて、婚約が許される、と。


 それ以来、結婚はおろか、誰かと婚約したという『女神の愛し子』も、片手の指の数で足りるほどしか存在しないらしい。


 アウレリアを見ていれば分かる。初めて出会ったあの時のように弱り切った状態で、ただの人間が、永く生きられるはずがないのだから。


 だからこそ、思ったのだ。壇上に立つ彼女が、穏やかに、優しく、それでいて悠然とした声で言葉を紡ぐのを見て。


 彼女が今、成人を迎えてここに在ることが、奇跡のような出来事なのだと。




「……それでもまだ、君は自分以外を救うことを優先させるんだよね」




 このような場でする挨拶として、決まった形なのだろう。けれど彼女の口から聞こえるそれは、どうしても彼女の本心に思えてならなかった。これまでも、自分よりも人を、民を優先させて生きてきた彼女だから。




(代わりに、俺がたくさん、君を甘やかしてあげないと)




 自分を大事にすることが苦手な彼女の代わりに、自分だけは彼女を心から労り、甘やかしたいと、そう思った。


 それゆえの、行動の延長だったのだと思う。




(……可愛い。可愛くて、苦しい)




 労わる気持ちを乗せて伸びた手が、自分が淹れたお茶のカップを手にした彼女の頬を撫でる。吸い付くような柔らかな感覚。ついで、目を閉じ、安心しきった顔で頬を摺り寄せてくる彼女の表情。


 可愛くて、可愛くて、苦しい。


 気付けば最初の穏やかな気持ちを余所に、するりと手は勝手に動いていた。頬の柔らかさを辿り、唇へと指先が触れようとする。カモミールティーを飲んだばかりのそこは、桃のように瑞々しく、柔らかそうで。


 口にしたらさぞ、甘いことだろう。その唇も、その先も。望みのままに暴けたならば。


 思い、生唾を飲みそうになって、慌てて誤魔化すように咳払いをする。「ディートリヒ?」と、驚いたように目を開けた彼女は、その紫の目をぱちぱちと瞬かせていた。


 心配そうに首を傾げるアウレリアの頬から手を放し、ふふ、と上手に笑って見せる。「大丈夫」、と言いながら。




(アウレリアも成人して。彼女が応じてくれるなら、口付けくらいは許されると思うんだけどね。……問題は、俺の方か)




 ディートリヒの言葉を聞いて、少しだけ不思議そうな表情を保った後、頬を緩めたアウレリアは、「そう」と言って再びカモミールティーに口を付ける。生まれながらの王族として、優雅にカップを傾けるその仕種もまた、美しく、艶やかで。


 その唇に、首筋に、指先から胸元に。無意識に動く視線を必死に剥がしながら、ディートリヒもまた、自らの淹れたカモミールティーを口にした。




(……成人という言葉が悪いんだよね、きっと)




 これまでは、通常ならば成人を迎えているとしても、彼女はそうではないと意識の隅で思っていたのに。箍が一つ外れたような、そんな気分だった。


 だから、だめなのだ。


 口付けくらいは許されるだろう。そう分かっていても。




(俺に、そこで止まれる自信がないから……)

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