石碑
まえがき
久々に書いた〝ガチガチのホラー〟兼〝クトゥルフ神話系奇談〟です。
石碑
そのアパートの水道水は、なぜか磯臭かった。
「たしかに、匂いますね」
契約者の一報を受けて部屋を訪れた私は、蛇口から水が出るなり、そう言うしかなかった。
「匂いますねじゃないですよ。下水にでも繋がってんですか? 早くどうにかしてくださいよ」
「いえ、これは磯の匂いですね」
私は郷里の漁港を思い出していた。
海の生き物が溶けたような腐臭。
この水から漂ってくるのは、間違いなくその匂いだった。
「なんで水道の水が磯臭いんですか。意味分からないですよ」
たしかに、私にも分からない。
鉄臭いのでも、ドブ臭いのでもない。
なんの変哲もないアパートの水道水が、磯臭い。
水道管に海水が流入したのだろうか。そういう例が無いわけでもないが、いずれも沿岸部の話。島国日本とはいえここはかなりの内陸で、最寄りの海でも五〇キロ以上は離れている。
塩分を含んだ別の汚水が紛れ込んだとしても、こうまで見事に磯の匂いが再現されるだろうか。
磯の独特の腐臭というのは、海中のプランクトンや微生物が代謝の過程で生み出す化学物質によるものだ。海水の遠い地域でそのような水が混入するとしたら、浄水場や水族館など水藻の増えやすい施設からというのが考えられるが、どちらもこの近辺にはなく、仮にそうだとしたら、もっと大騒ぎになっている。
給水管に下水が紛れた? 配管ミスはともかく、老朽化はあり得ない。このアパートはつい先日完成したばかりなのだ。
だが、私にも想像の付かない原因などいくらでもある。
市営住宅の管理が私の仕事だが、管理といっても土木や水道の専門家ではないのだから。
「とにかく、下を見てみますね」
そう言ったのは、私と一緒に来ていた水道会社の職員だ。
彼は建物の床下に入り、しばらくして出てきた。
「だめですね。原因はよくわかりませんが、このアパートに引き込んでる水から臭いです。ひょっとしたらこの一帯もアウトかも」
水道局に問い合わせてみたが、水の悪臭についての連絡は一件も入っていないという。念のために隣接する民家を訪ねてみたが、問題ないと言われた。
「給水管の接続ミスではなかったんで、とにかく交換しますね」
ほどなくして、彼の連絡で水道会社から応援と資材が届いた。そして、もとから新しかったはずの給水管をさらに新しくしたところ、水から悪臭は消えた。
念のために貯水槽も調べてもらったが、異常はなし。
結局、原因は不明のまま、騒動は終息した。
「建ったときには何もなかったんですけどね。なんなんでしょうね」
水道会社員のことばが、私のなかに不安を残していった。
あのアパートが建っていた場所に、もともと魚屋があったと聞いたのは、それから数日後のことだった。
休日を明日に控え、ひさびさに同僚数人と居酒屋で飲んでいたとき、刺身の盛り合わせを前にして、私が件の騒動を思い出したのがきっかけだった。
「魚屋っていうか、昔風に言う〝魚商〟って感じだったな。その店の一家の屋敷も同じ敷地にあってね。小さい頃あのへんに住んでたから覚えてるけど、あのアパートの土地まるまるがそうだったんじゃないかな。オレが中学に上がる前には店畳んじゃってて、家族や使用人なんかもいっぱいいたらしいけど、どんどん出て行ったみたいでサ、最後には婆さんが一人で住んでたね」
私にとって、なんとなく興味をそそられる反面、複雑な思いを抱く話だった。業務柄、土地に関わるのは物件が建ってからか、建つと決まってからのことが多いため、その土地の過去の姿を知る機会はほとんどない。
そこからさらに一週間ほど経って、また同じアパートから「水道の水がくさい」という苦情が入った。
今度も同じ手順で解決したのだが、やはり原因は不明で、私も水道職員も首を捻るしかなかった。
「前に取り替えたパイプですけど、調べても問題なかったんですよ」
苦い顔でそう言う職員に、私はまさか「昔ここは魚屋だった」とも言えず、「なんなんでしょうね」と同調して、その場を流した。
かといって、入居者も増えてきた以上、原因が分からないまま再発を繰り返すというのもまずい。
それは、課長も同じ意見だったらしい。
「わからんじゃ困るから、ちょっと調べといてよ」
色々と市のほうに苦情が来ている以上、管理課としても善処しているという姿勢は見せておきたかったのだろう。
解決したからといってボーナスが出るような職場でもないし、月一で報告書を出せというのも億劫だった。
その一方で、正直なところ私自身もこの件が気になりはじめていた。原因を探ること自体はやぶさかではなく、好奇心を満たすにしても、調査命令という公的な後ろ盾があればやりやすかろうという打算もあって、課長の指示にうなづいた。
ところが、調査は始まって早々、奇妙なかたちで行き詰まった。
まずはアパートの土壌に問題がなかったか、建築時の資料を専門の検査機関に送付して意見をうかがうと同時に、再検査を依頼した。
その結果が出るまでのあいだに、当地の整地から基礎までを発注した土木業者に連絡を取ることにした。
資料に記載された会社の電話番号に掛けると、ガチャリ、とすぐに受話器が取られる音がした。
「もしもし、そちら○○様でしょうか?」
掛けた先の企業名を確認したが、向こうは無言だった。
無音ではなかった。
ジャー。
蛇口から水を出し続けているような音が、ずっと聞こえていた。それも、まるで受話器のすぐそばで流しているように、大きく、ハッキリと…………
何秒待っても、人間の声も、誰かが動く物音もなく、その水音だけが延々と続いていた。
なんだこれは。よく分からないままに、私は電話を切った。送話履歴を確認するが、掛け先を間違えてはいない。
掛け直してみたが、同じだった。
出るには出るのだが、聞こえてくるのは水音だけ。
私はさっきよりも素早く通話を切り、その後、掛け直すことはなかった。
向こうの誰かがイタズラをしたのだろうかと考えて腹が立ったのもあるが、蛇口の水音が悪臭騒動の不可解さと重なって、寒気を覚えてもいた。
いきなり出鼻をくじかれたようで少々意気消沈した私は、ひとまずは地質調査の結果を待つことにした。
すると、以前に屋敷の話をしてくれた同僚から、とある人を紹介された。
その人は地域福祉課の職員で、件の屋敷に住んでいた老婆とも面識があったらしい。
会ってみると、私よりひと周りほど年上の、落ち着きのある女性だった。
「失踪したんです。あの家のお婆さん」
ますます妙な雰囲気になってきた。
仮に福祉課の職員をA、屋敷の老婆をBとしておく。
Bが失踪したのは十年近くも前のことで、Aはそのころ地域の独居老人宅を訪問する業務に就いていた。老人の孤立化や孤独死対策の一環だったが、まだサービスの体制が整っておらず、人手不足から何ヶ月も放置してしまっている家は多かった。B氏の屋敷もそのひとつだった。
「Bさんは八〇を越えるご高齢でしたけど、そう見えないくらいすごくお元気だったっていうのもあって、つい後回しにしてしまうことが多かったんです」
ある日、近隣から役所のほうに「Bさんの家のポストにチラシが溜まっている。そういえばここ一ヶ月姿を見ていない」という報せが入り、Aが現場に急行した。
門柱の呼び鈴を鳴らしても一向に応答がなく、やむなく敷地内に入ると玄関の鍵は開いていたという。
「本当は勝手に入っちゃいけないんですけど、私そのときは少しパニックになってしまってて。最悪の場合、孤独死されてる可能性もあるので……」
B氏の安否を確かめたい一心で、Aは邸内に侵入してしまった。
その件についてはのちに警察から厳しく注意されたものの、事情が事情とあって大目に見てもらえたらしい。
「それで、Bさんが行方不明っていうのが分かったんですけど……」
Aはそれ以前にもB邸に何度か上がってはいたものの、せいぜい玄関か居間までであり、大きな屋敷の奥や、使われていない二階部分は一度も見たことがなかった。
そして邸内にB氏の姿を探すさなか、Aは奇妙なものを目にした。
「一階に、広いお座敷があったんですけど……中央の床が剥がされていて、土が剥き出しになってて、そこに石碑が建てられていたんです」
「石碑?」
「ええ、それも、ものすごく古くて、彫られてる文字も削れて読めないっていうか、もとから日本語じゃないような……」
「それは、墓石じゃなくて?」
「ええ、お墓じゃないと思います。えっと、こんな感じの」
そう言って、Aは持っていたメモ用紙とペンで、簡単な絵を描いてくれた。
立石に、じかに文字を彫ったような姿。これなら、たしかに私にも石碑に見える。
だが、なぜそんなものが家のなかにあるのだ。祭壇や、仏壇でもなく。
宗教に詳しいわけではないが、そういった信仰がB氏の家にはあったのだろうか。
「すみません。こんな話、調査なさってることとは、関係ありませんよね」
「いえ、いいんです。それで、結局Bさんは?」
「そのあと警察に捜索願いを出したんですが、それっきり見つからないままで」
「Bさんに親族は? もとは、大家族だったと」
「ええ。でもそのときにはもう、みんな遠方にいらしたようで、詳しいことは分からないんですが、みんな〝我関せず〟っていう様子だったみたいです」
そのまま七年が経ち、B氏は失踪、つまり戸籍上は死亡者として扱われた。
もともと老朽化が進んでいた屋敷は、その頃には完全な廃屋と化していて、親族も揃って相続を放棄したため、都市再開発が始動する近年まで、所有者不在の物件として放置されることになってしまった。
「管理課の方なら、あの石碑がどうなったかご存じじゃありませんか?」
「いえ、私は物件の管理が仕事で、開発自体は開発課のほうが。それに、そっちも現場のことは業者に丸投げですから」
「そうですか。すみません、どうしてもあれが気になってしまって。私、迷信ぶかいっていうか、アパートの水が磯臭くなったって聞いたときから、どうしてもあの石碑のことが繋がりそうな気がしてるんです」
Aの不安を、私は否定できなかった。
いわゆる心霊物件や呪われた土地の話なら、私もいくつか聞いたことがある。もっとも、聞いたことがあるというだけで、自分がそういうものに直接関わることになるとは思ってもみなかったが。
かといってあのアパートがそうだと結論づけるには早すぎる。いまだ何の物証もないからこそ、そうも思えてしまうのだ。Aが見たという石碑にしても、なんのためのものか分からないからこそ、いたずらに想像力を膨らませてしまっているのは間違いない。
「よければ……」
私は彼女に提案した。
「アパートの地域の方々にも話を聞こうと思っているんですが、協力していただけませんか?」
Aの不安を取り除こうとか、彼女に惹かれたというのがないわけではないが、調査上の打算のほうが大きかった。
近隣住民からも情報を得ようとしていたのは嘘ではなかったし、そうであれば(市の職員とはいえ)男ひとりよりも、女性もいたほうが先方に警戒されづらいだろう。なにより彼女は地域の訪問もおこなっていたため、場合によっては顔見知りということで、スムーズにことが運ぶのでは、と考えたのだ。
私の思惑を理解したのか否か、Aは少し考えたあと、了承してくれた。
その日の夕方、地質調査の結果が届いた。
『やや酸性に傾いているが、許容範囲』とのことだった。
給水管も土も正常。
後日、私達はアパートの周囲をぐるりとまわるようにして、Aが訪問したことのある家々を訪ねて回った。
B氏が行方不明となったのはすでに十年近くも前のことであるため、話を聞こうにも当時を知っている人はすでにいなくなっていたり、Aを覚えておらず拒否されたり、それ以前に、あきらかに廃屋と化している家もあった。
それでも、Aの人柄からか、覚えてくれていた数人の住民が、快くB氏の話をしてくれた。
だが、結論から言えば、それらの内容はすべて噂話に過ぎず、なおかつ私達の疑問を解決に導くどころか、さらに混乱させるものだった。
「うちの家も古くてねぇ、この辺はもともと山野で、開拓されたのが明治の初めごろ。私のお祖父さんがその開拓民だったのよ。私の子供の頃にはまだ元気で、よく昔の話をしてくれたんだけど、そのお祖父さんが言ってたことには、あの魚商さんの家があった場所には、もともと土民の墓が建ってたっての。野っ原にポツンって、周りに集落もなんにもないのに。
でも土地自体はいいし、開拓民はなんとかそれを避けて村を作って、〝あのお墓はあとで坊さん呼んで、丁寧に供養しようかどうしようか〟って話してたところに、あの一族がドカドカやってきてお屋敷をドンって建てちゃった。なにせあっという間のことで、〝墓石はどうした〟って訊いたら〝うちで供養した〟の一点張りだから、それ以上どうしようもなかったって。
そういうので、お祖父さんはえらくあの魚商を嫌っててね。〝あそこには、よく分からん墓が埋まってる〟って言って、生きてるあいだは、あそこで堂々と魚買えなかったよ。よく分からんっていうのは、結局、なんの墓なのか分からなかったってこと。お祖父さんは文盲ってわけじゃなかったけど、ぜんぜん読めなかったって」
「ああ、Bさんね。本家は網元で、内陸で商売するために分家がこの土地に来て、魚を運んでたらしいですよ。人付き合いはよかったけど、変な噂もあったから嫌ってる人もいてね。
でも大昔だと今ほど魚も手に入りにくかったし、鮮度もよかったから、私もよく買ってましたよ。それでも――昭和の終わりごろからですかね――この辺にもおっきなスーパーなんかがたくさん入ってくるようになってからは、やっぱり商売で負けたのか、ひっそりとお店を畳まれましたね」
「Bさんのお家ねぇ、あんまり今さら噂話もしたくないけど……愛想はよかったけれど、周りとは線を引いてるっていうか、ご家族や使用人さん以外、ほとんど誰も家に入れない人だったものね。かわいそうだったけど、陰でものを言われるのもしょうがないし、本人らもあまり気にしてる様子でもなかったわね。
Bさんが生まれたときも、当時の旦那さんが結婚したって話はぜんぜん聞かなくて、本家のほうから来たっていうお嫁さんがいつの間にかいらっしゃったのよ。
旦那さんの弟妹さん達や、そのお子さんも一緒に住んでらしたけど、誰が誰の子なのかもよく分からなくて。近親婚っていうのかしら、そういうのをしてるっていう噂も立ってたわね。私は信じなかったけど」
話を聞けば聞くほど、私の調査は泥沼か、暗い海に沈んでゆくようだった。科学的根拠のない迷信のような噂だけで、すべてが繋がりそうになってゆく。口にこそ出さないものの、私もAも言い知れぬ不気味さを感じていた。
「この話、もう関わらないほうがいいかもしれません」
一緒に入ったファミレス。料理を待つあいだにAが口にした不安に、私はうなずいた。
水が悪臭を放った原因を探していたはずが、いつのまにか私は、かつてそこに建っていた屋敷とその一族の謎に引き込まれている。
この先にあるのは、知ってはいけない世界なのではないか。どこかで生きているだろうB氏の遺族が、我々が嗅ぎ回っていることを知ったら。
「私も、この調査を打ち切ろうと思います」
嘘ではなかった。そもそも、配管も水質も、土壌も無事だった時点で『原因不明』と書くほかない。調査という名目で、ここまでB邸の謎を探ってきたのは、ひとえに私自身の好奇心を満たすためだ。
その好奇心に、私は逆らえなかった。
Aと別れ、ひとり家に帰ってから、私はパソコンで検索エンジンを開いた。
それは、調査を打ち切ると決めた裏でくすぶっていた、満たされない達成感を慰めるための、何気ない悪あがきだった。
はじめに、私は[明治 開拓 石碑]のキーワードで検索をかけた。案の定、明治時代にその地域が開拓されたことを記念する全国の碑がずらりと並んだ。由緒不明な石碑のことなど、ひとつもなかった。
次に、[屋敷 廃屋 石碑]と打った。B邸そのものでなくとも、同様の物件がどこかにあるのではないかと思ったのだ。
出てきたのは、家主に由来する石碑を敷地内に有する廃屋や、かつてその土地に歴史的な家屋が建っていたことを紹介するための記念碑のことばかり。
その中に混じって、ひとつ、気になる記事が私の目にとまった。
それは正確には記事ではなく、オカルト掲示板に投稿された体験談だった。
投稿者を仮にCとする。Cはあるとき、Dという友人に久々に会おうとして連絡を取ったのだが、どうも様子がおかしい。
心配になって家に行ってみると、部屋全体が海のような臭いにあふれかえっており、Dは放心したかのようにボーッとしているかと思えば、とつぜん夢中で蛇口から水を飲み始めたりする。
水道に異常があるのか、Dが飲んでいる水は、妙に磯臭さかった。
Cは怖くなったが、旧来の友人であるため見捨てられず、とにかく何があったか問いつめていると、やがてDは途切れ途切れながらも、次のような話をしてくれた。
Dはとある土建業に務めているが、そこはいわゆる悪徳業者の類で、若く、経験の浅いDから見ても、仕事の遣り方が杜撰だというのは分かった。反面、現場を安くで引き受けるため、コストを抑えたいクライアントからは重宝がられるという、同業者からすれば鼻持ちならない会社だった。
Dがこの話をしたおよそ半月前に、会社はある土地の整地と、その次に建つ予定のアパートの基礎を請け負った。
その土地というのは、持ち主が数年前に失踪した屋敷だった。取り壊しがはじまり、重機も使って景気よく廃屋を解体していったのだが、家のちょうど中央に達したところで、奇妙なものが出てきた。
家のなかに石碑が建っていたのだ。それも相当古いもので、彫られている文字も日本語かどうかすら分からない。
すると、現場監督とリーダーが「供養が面倒だから埋めるぞ」と言った。
墓石や位牌、仏壇や祭壇が出てくることは珍しくなかったし、それを廃材と一緒くたにしたり、墓石にいたってはそのまま埋めたりということも、何度となくやってきた。地鎮祭すらDは目にしたことがない。
呪いや祟りなど信じないのはDも同じだった。会社の遣り方が杜撰だと感じることもあったが、かといって時間も金もかけて宗教儀式のようなことをやるのもバカらしいと、冷めた姿勢を取ってきた。そのため、今回のもいつものことだと思いながら、他の作業員とともに、監督らの指示通り石碑を土中深くに埋めたのだった。
そして、D達はその上に基礎を建て始めた。この間もとくに異常な現象や、事故が相次ぐということはなかった。
おかしくなったのは、工事がつつがなく終了した直後からだった。
まず、家と会社の水から、海の匂いがするようになった。だがそれを不快に感じることもなく、むしろ浴びるように、蛇口からじかに水を飲むようになった。Dだけでなく、ほかの社員もみな、とにかく喉が渇くようになった。渇きが収まっているときは、ひたすら頭がボンヤリした。
渇きと放心の繰り返しは瞬く間に悪化し、数日後には家から出ることが出来なくなり、休ませてもらおうと、会社に電話を入れた。すると、D以外にも何人もの社員が同じようなことを言っている、と事務員が嫌味交じりに疑ってきた。口裏を合わせて集団サボりでもしているんじゃないかと思われたらしい。
休みはもらえたものの、翌日も症状は収まらなかった。もういちど電話をかけると、こんどは誰も出なかった。変わりに聞こえてきたのは、蛇口から水を出しっぱなしにするようなザーっという音だけだった。
現場作業員のSNSグループを使って聞いてみたところ、出社できた者が言うには、社屋は開いていたものの、事務所には誰もおらず、事務員どころか社長と現場監督も音信不通。現場に出るどころではなく、家に帰ったらしい。
その時点で、Dは不思議と、何もかもがどうでもよくなった。仕事はない、外出もしない。水をガブ飲みしてはボーっとするという生活を、ずっと繰り返した。
途中、思い出したように社内グループで何度かやりとりはしたが、『喉渇く』とか『なんか海行きたい』というのばかりで、それら同僚も、ひとり、またひとりと応答がなくなっていった。
時間の感覚も失われていたが、スマートフォンの情報をさかのぼるに、Cから連絡が来たときには、基礎工事が終わってから、まだ半月しか経っていなかった。
「これ、少しだけ頭がハッキリしてるときに、たまたま見つけた」
と言ってDはCにウェブのニュースを見せた。海辺で男性の遺体が二人分相次いで発見されたニュースだった。所持品などから分かった身元は、消えたはずの現場監督とリーダーだった。
「ほかの奴らも海に行ったのかな。おれもそろそろだろうな。でも行ってもダメな気がする。あの石碑埋めたからかな。監督らみたいになるのかな」
そう言いながらDは泣きじゃくったが、ふと酔いから覚めたように無表情になり、台所に立って、また蛇口から水を飲み始めた。
蛇口の栓が捻られた瞬間、Cは鼻を覆った。
あきらかに、水はさきほどよりも匂いを濃くしていた。
CはパニックになってDの家から逃げ出した。自宅で少し落ち着いてから、Dをどうするべきか考えた。Dはひとり暮らしのため、彼の親に連絡をして様子を見に来てもらったうえで、実家に帰らせるなり、病院に入れるなりするのが一番だと思った。
だが、その日は夜も遅かったため、親御さんへの連絡は明朝にしようと決めて、不安なまま夜を越した。
次の日、Dは姿を消していた。
この話を読み終えると、私はすぐさま調査用に借り受けた資料を出し、アパートの基礎が完了した日付を確認した。
はたして、それはCがこの体験談を書く、二ヶ月前のことだった。
基礎工事というのは、およそ一ヶ月かけて行われる。Dが消えたのはそれが終わってから二週間後のこと。そしてDの失踪後、怯えるCがこの話を掲示板に書き込むのに、さらに二週間を要したとしても不思議ではない。
一見すると、いかにも作り話めいた体験談だが、私の持っている情報と合致する点が多すぎる。この話は事実であり、このDの会社が請け負った土地こそ、B氏の屋敷があった場所なのだと考えるほうが、筋が通ってしまう。
私はこのことをAに報せようとしたが、思いとどまった。これ以上、彼女の不安を煽る必要はない。
それに調査も打ち切ると決めたのだ。これ以降は、調査でも何でもない。
だが、報告書の期限までには、まだ間がある。
翌日、私は仕事が終わると、家とは別方向に車を走らせ、アパートの基礎工事を担当した(そしてDが務めていたと思われる)建築会社を訪ねた。
休日でもないのに社屋はひっそりと静まっていて、一階の事務所には人影も明かりもない。広いガレージには社用のワゴンや軽トラックが控えていて、出かけているものは一台もない様子だった。
ためしに玄関の戸を引いてみると、あっさり開いた。
とたんに、なかから磯の匂いが漂ってきた。
私は扉を戻し、その場を離れた。
ふと気になって、アパートのほうも訪ねてみることにした。先日の二度目の異臭騒ぎ以来、しばらく経つ。
まだ「水が」という苦情は来ていない。だが、その平穏が、逆に異常であるように感じられた。
最初に水の匂いを訴えてきた住民の部屋の前にたどり着き、私はインターホンを押そうとして、やめた。
ドアの隙間から、あの磯の匂いが廊下にまで漏れていた。そして扉越しに聞こえてくる、ジャーっという、蛇口から水のほとばしる音。
私は静かにその場を離れたが、途中、好奇心と不安に足を掴まれたように、別の部屋の前で立ち止まった。
磯の匂いと、水音。
その隣も、その隣も、同じだった。
私はいま、定められた調査報告書を、実家に向かう列車のなかで書いている。当初は『原因不明』で結ぶつもりだったが、気が変わり、知り得た情報をありのままに記すことにした。おそらくは憤慨されるか、一笑に伏されるかのどちらかだろうが、いずれにせよ、私がその評価をじかに受け取ることはない。
ひょっとすると、あのアパートに対して、御祓いや地鎮祭が行われるかもしれないが、それが事態を解決させるとは、私には到底思えない。
あの土地にかかった呪いは、人類が〝神〟という概念を生み出すよりも遙かに古い歴史を持つものだと、私は確信している。
あの日の夜、私はアパートから逃げるように、家路を急いでいた。その車中、まとわりつく悪寒を紛らわそうと流していたカーラジオでは、地元局のパーソナリティがとあるイベントを紹介していた。
「現在、○○博物館では〝身近な古代展〟という特別展を開催中です。市内にある、およそ五億年前のものと見られる地層から発見された三葉虫の化石をはじめ、学術的にも価値の高い、かずかずの資料が展示されています」
その瞬間、私のなかで石碑と水の異臭とが繋がった。
かつて、この地は海だった。
なら、人間が踏み込んだはずのない場所にあった謎の石碑とは、人類が地上に現れる以前に、海底に建てられたものなのではないか。
そして何万年、あるいは何億年という時の流れのなかで海底は隆起し、周囲から文明の痕跡すら失われ、未踏の山野となっても、石碑だけは残った。
だが、その石碑は何のためのものだったのか。
おそらく、それはただの記念碑ではなく、作ったもの達にとって神聖な意味合いを持つものだったのだろう。あるいは、まさに墓石だったのかもしれない。
彼ら深海の者達の魂は、今もなおあの碑に宿り、聖地を踏みにじる者を、呪い続けているのではないか。
そしてB氏の家系が、太古の海の民の血を継ぐものだとしたら。
かれらは陸に見つけた祖先の聖地を守り切れなかったのだろうか。それとも――こうなることを見越して――あえて手放したのだろうか。
無論、物証はいまだ何ひとつ出ていない。私の仮説は、恐怖と想像力が生み出した妄想かもしれない。
だからこそ、私は最後の手掛かりを求めて、帰郷することにした。
ことのはじめから、私には関係者の誰にも話していなかったことがある。
魚商だったB氏の姓に、私は心当たりがある。
それは、私の故郷ではありふれた苗字であり、その本家は代々の網元で、現在も町の漁業の中心を担っている。
そして、そのBの本家から私の父のもとへ嫁いできたのが、私の母だ。
私自身は内陸の大学に進学し、そのまま当地で地方公務員の職を得たに過ぎない。ことここに至って、私は自分とB氏とのあいだに、遠くも、確固たる血縁があるのを感じずにはいられない。
あの石碑のことにここまで深入りしてなお、私には、何の異常も出ていないのだ。
昨日、Aから電話があった。
彼女は震える声で
「水が磯臭い」
と告げた。
石碑の呪いを受けた者は、最後にはどうなるのか。
石碑についてどこまで知れば呪いにかかるのか。
遺体で見つかった建築会社の二人のほかは、どうなったのか。
あの石碑は何もので、なぜ見捨てられたのか。
そして、私は何者なのか。
すべてを明らかにできる確証はないし、どうなるにせよ、私がもとの暮らしに戻ることはない。
退職願いは明日にでも課に届くだろう。これ以上、あのアパートに関わる気も、あの町に居続けるつもりもない。
わずかに開いた車窓から入り込んでくる風に、懐かしい香りが混じりはじめた。
故郷の匂いが、私を迎えていた。
あとがき
最後まで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ評価感想いただけると、今後の励みになります。誤字報告もお気軽にどうぞ。
それでは、まだ別の物語でお遭いいたしましょう。