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5.

  

劒物(けんもつ)大学病院から』


そう言った釆原(うねはら)の言葉に、菊壽作至(きくじゅさくし)は眼をぱちくりする。


「誰か刑事からの、情報じゃなくて?」


釆原は肯いた。


菊壽(きくじゅ)は立ち上がる。


「それって安紫(あんじ)会と阿麻橘(あおきつ)組の動きに何か関係あるのか? 出処(でどころ)が病院?」


「往診で劒物(けんもつ)大学病院から医師が一人、安紫会の事務所へ向かっている。(いま)


「名前は」


「俺の担当医だ。整形外科」


怒留湯(ぬるゆ)さんに電話はやめだ。事務所に行っちまった(ほう)が速い」


菊壽は慌てて準備を始めた。


五味田茅斗(ごみたかやと)もそれに続く。だらけていた体勢を立て直す。


釆原(うねはら)はそれを見て肩をすくめた。













その一方(いっぽう)。釆原が肩をすくめた頃。

朝比(あさひ)が畑で頭蓋骨を見つけた翌日の今日。


桶結千鉄(おけゆいちかね)は強行犯係の当番で、署にいてデバイスのスイッチを入れ、動画を見ている。


捜査用にハードコンタクトレンズを常用しているが、署にいるときは太い(ふち)の眼鏡だ。最近ツーブロックにしたらしい。




デバイスの画面に映っているのは、T―Garme(ティー・ガルメ)U-Orothée(ユーオロテ)


だが桶結の視線の先にあるのは、数字。

数字というのは、動画であれば再生数である。

桶結(おけゆい)の視線は、念入りに数とその動きを追っている。




そして後ろに立って画面を、一緒に覗き込んでいるのがもう一人。

歯朶尾灯(しだおあかし)西耒路(さいらいじ)署の鑑識だ。


視線の先はバーチャルアイドルだけである彼の眼は、暗褐色(あんかっしょく)で若干(みどり)がかっている。

側頭部をすっきり刈り上げた緩いくせ毛で眼鏡は、金色の(ふち)が細いものを掛けている。







「最近アドバイスしてくれたんですよ鑑識に」


歯朶尾(しだお)桶結(おけゆい)にそう言った。


「誰が。(なに)を。どこで。いつ」


「その子です」


「誰が、しか答えていないじゃないか」


桶結の返事は気が抜けていた。


(なん)のために見ているんです今」


歯朶尾はそう返した。


「俺は今日当番だ。な。署に詰めているという前提に先立ってこうして、座っている。座っているだろう。だからこうして画面を開くだろう」


「ガルメとユーオロテで眼の保養しているだけじゃないすか」


「俺はね、動画のカウンタ数が今まさに回っている。その仕組みが気になるの。シダさんはこの子らで保養をするために来たんだろう。俺は保養をしたいんじゃない。強行犯係は走り回ることが多いから動体視力が重要だ」


「言っている意味がよく分かんないっす」


「じゃあ()くがな。頭蓋骨はどうした?」


「ああ畑から出たやつですよね。死後一週間程度だと推定しました」


「最近か」


「そうですね。筋組織とか残っていればもう少し。正確に死後の推定を割り出すことが出来たかもしれないです」


「頭の骨だけ丸々、だったものな」


「DNA鑑定にも回します。そして畑へ、埋められたのもごく最近でしょう」


「どのくらいだ」


「せいぜい二、三日(にさんにち)前かなあと。とても綺麗な白骨状態を保っていますし」


「所轄だけじゃと言ったところで本部が立つまででもない」


「明らかなコロシ、という感じもしませんしねえ。何せ見つかったのは頭だけですし」


桶結は動画のページをオフにしようとマウスに触れた所で、歯朶尾がそれを止めた。


「桶結さんは動体視力(どうたいしりょく)の方が大事かもしれませんけれどね、侮れないんですよバーチャルアイドルは。我々の間では特になんです」


「我々ってシダさん、うちの署内だけの話だろう。俺ら以外の署では(あなど)ることが出来るかもしれないよ」


「イチャモンばっかり。それこそ料簡(りょうけん)が狭い判断だという気がしなくもないです」


「動体視力はな。集中的に狭い範囲で発動させた方がいいんだ」


「あのですね、(なに)か勘違いしていませんかね。ていうか勘違い確定です」


歯朶尾はクリックした。


「『その子』って言ったのはこっちの子です。Se-Atrec(シーアトレック)ちゃん!」


「三人とも可愛いと思うが」


「桶結さんは見ているところが違います」


歯朶尾はかぶりを振る。


「分かっていません。分かっていませんよ桶結さん。トレックちゃんはかつて地域課勤務だったという噂があるんです」


「地域課か。(なん)なら捜一だったりしてな。ガルメとユーオロテもそういう設定があるんだろう。ガルメはAIとかさ」


「今はトレックちゃんの話ですからね」


「釆原記者殿の嫁さんだか知らないが、シダさんみたいに彼女も口答えしてきたな」


「俺、興味な」


「ないとか()うな。それこそ興味がないと困る。安紫会と阿麻橘組がよくドンチャンやるって彼女把握していたよ」


「そうなんですか。とっても興味深いですね」


台詞(せりふ)が棒読みなんだが」


「さすがに、基ノ介(きのすけ)さんが昨日現着(げんちゃく)していた時の内容までは知らないでしょう」


「そう、そう願いたいがな」


桶結は今度こそ画面を消して、茶を啜った。


「あああー!」


「ああーじゃないよ俺もいろいろあるんだ。昨日の安紫会でもな、動きだけでコロシも何もなかったんだ」


「知っていますよそれはー」


歯朶尾はシュンとしている。


桶結は続けて言った。


「だから現着までいかねえだろ」


「なんでですか。直接現場に行っていたなら現着でしょう。臨場より言いやすいじゃないですか」


「だからコロシも何もない現場で『現着』はキザだって言いたいの」


「すげえ(こま)かい……」


歯朶尾はまたシュンとする。


桶結は再び茶を(すす)る。







電話が入る。桶結が取った。


その表情が曇って、桶結は一旦切ると、自分から今度は電話を()ける。


電話を掛けた相手は、怒留湯基ノ介だ。


『俺今日非番なの忘れた?』


「安紫会の件です。釆原記者殿が動きました」


『なんてことだ』


「やる気出して下さい。今、安紫会の事務所に向かっているらしい」













「刑事は記者に情報漏洩出来ません。自分らが聞いたりしたら、刑事さん側が懲戒処分になっちまうんですよ」


「怒留湯さんから情報を訊いたわけじゃないと言っただろう。劒物(けんもつ)大学病院直々(じきじき)の情報だ」


釆原(うねはら)はそう言った。


隣について速歩(はやあし)なのは五味田(ごみた)である。


釆原は五味田のその様子を見て、言った。


「お前、どこか悪いんだろう」


「え」


「俺は、整形外科だったけれど来ていたじゃないか」


「ああ病院ですか? そうですね」


五味田は顔を赤らめた。


「整形外科の一つ(した)の階だったんです」


「ああ」


「そうです」


何科かは見当がついた。


大体において五味田の運動は、仕事以外ではベッドの上であるということを釆原は知っていた。


釆原は、ただかぶりを振る。


五味田は言った。


「少し、自重します。そうしようと思います」


「そうだな。そうするといい」


「はい」


シュンとして五味田は言った。







安紫(あんじ)会の事務所。


電柱を二本隔てた所から、釆原と五味田は様子を伺った。

電柱二本とはいえ距離はある。


菊壽は別の方向から事務所へ接近している。




大きな門構えの屋敷だ。

そこだけが周りをマンションやら小店舗やらで囲まれた一帯の、唯一のまるで、異空間になっている。




全て木製。そして瓦屋根が付いた立派な門構え。

中の屋敷の様子は、釆原たちのいる位置からでは伺うことが出来ない。

伺うことが出来るのは、中に植えられているであろう樹木の緑だ。


その樹木も屋敷を隠すための目隠しの役割を果たしている。のかもしれない。







(いち)台のタクシーが事務所の門構え前へ、停車する。


降りて来たのは白衣を(まと)った人物。


入海(いりうみ)先生。俺の担当医だ」


釆原は言った。


「往診って個人的なものもやっているんでしょうかね」


五味田は釆原に尋ねる。


(いま)()ている感じからすれば、そうだろう」


安紫会側から例えば病院などへ出向く、という(ほう)がむしろ珍しいのかもしれない。


そう釆原は思った。







少し移動を開始。


電柱二本から電柱一本の間隔まで接近。

あまり身を隠せる場所がない。


あるとしても、小店の脇の壁くらいだった。




駐車場には車が()まっていなかった。







駐車場から屋敷の様子を伺おうにも、恐らく二人記者が居たのでは目立つだろう。


釆原は思った。







菊壽も少しずつ動き、より門構えに近い位置に移動した。


釆原と眼が合う。




一方(いっぽう)、入海は門構えを見上げて、しばし(たたず)んでいる。

何をしたらよいか分からずポカンとしている。


そう捉えられてもおかしくない佇まいで。




やがて思い出したように、正面の門を少し()れた場所へ移動した。

インターホンのボタンを押したらしい。

何言(なんこと)か、入海はそのインターホンへ向かって話している。


だが距離があるので、釆原(うねはら)たちは内容を聞きとることが出来ない。







入海(いりうみ)はまた茫然と佇むような、体勢になった。


やがて組員が出てくる。

人相の悪い若者。




サングラスを掛け、白いシャツには糊がきいている。

シアサッカースーツは紺色で決めている。


正面の門構えではなく、出口が別にあるのだろう。脇からやって来た。

若者は入海を導いて再びその、屋敷の脇へ歩いて行く。







釆原たちは少し時間を置いた。


すぐ行くと監視カメラか何かを、担当している組員に見つかるかもしれない。


と判断したためである。


少し経てば組員は、入海の応対に入るだろう。


往診(おうしん)だから、特別出口にて応対ってことすかね」


五味田はそう言った。


「どうだろうな」


釆原はそう返す。


だが結局のところ、屋敷へ()たはいいが。


どういう形で様子を伺い、情報を得るかが問題だ。







菊壽(きくじゅ)も来た。


釆原と五味田は、屋敷から離れるふりをして菊壽に近づく。







突然ぐっと肩を掴まれた。


怒留湯基ノ介(ぬるゆきのすけ)だった。


「そこまでそこまで。俺たちの領分だからね」


怒留湯は釆原に言う。


「怒留湯さん。こんにちは」


「こんにちはじゃないよ(なに)しているの」


「手短に言いますが情報はあなた(がた)刑事さんからではありません。独自の情報網から得たんです。自分の担当医が組事務所に入って行くのを(ほう)っておけない(たち)で」


「いや俺もね、担当じゃあないしマル暴でもなくて強行犯係なわけよ。だけれど阿麻橘組とこの、どでかーい会について」


怒留湯は門構えを手で示して言った。


「端緒で噛んじまっている。あなた(がた)のような記者殿が刑事よりも先に、安紫会の事務所および組員に関わるとなると、少々うちとしては面倒なことになるかもしれない、わけ」


「そうでもありませんよ」


菊壽が苦笑して言った。


「だって、何度も言いますけれど西耒路(さいらいじ)署さんからは一切情報を取っていません」


怒留湯(ぬるゆ)はかぶりを振って、釆原(うねはら)から手を離した。


肩を掴むと言っても、怒留湯にとっては腕を少々上げる形になった。


それで釆原のスーツは少々よれたので、手で払って直す。


怒留湯は釆原より背が低い。


「情報を取っていませんので、って()われてもさ」


怒留湯は肩をすくめる。


「あんたらの独自情報網については把握しているよ。例え劒物(けんもつ)大学病院から情報を取った、ということにせよ! 俺は非番なのにこうして出張(でば)っているんだ。担当というかここにマル暴はいないしな。何故だろうね。とにかくあんまり面倒なことにはしたくない! 出来れば明日以降にして欲しいとか思うの」


「明日以降なら面倒なことになってもいいんですかね」


桶結が言った。


「うるさいな。なっていいわけないだろう」


怒留湯はそう返した。


「怒留湯さんは確か、朝比の所の頭蓋骨の件でもお忙しいんじゃありませんか」


「そうだよ。俺たち強行犯係はコロシから頭蓋骨から、いや頭蓋骨は担当じゃないけれど! とにかく(なん)でもやるんだ。忙しくないはずがない!」


「では、『忙しくない状態に』する。ということにします」


釆原はそう返す。


「自分らは周辺を見ておいてかつ怒留湯さんたちに加勢(かせい)をする。それでいかがでしょう?」


「いかがでしょうって、あんたらが『ただ見ておくだけ』とは思えないけれどな」


桶結は苦笑してそう言った。


「自分を担当してくれる病院の先生が組事務所に入って行ったんです。それをこの眼で見て気にするなという方が、無理な話だと思われませんか」


怒留湯と桶結は顔を見合わせる。


「それは完全なる興味だけと言いたいと?」


「ええ完全なる興味、いえ(くみ)事務所に興味はありません」


「葬儀屋の朝比さんとやらも奇特な人だがあんたもなかなかだな」


「何を言われても様子だけは見ますよ」


怒留湯はかぶりを振った。


「そうかい。そうかい! 分かったよ。じゃあ、遠慮なく入海先生の様子を見てくれ。(なに)かあったら入海先生だけを(なん)とかしてくれ。組員の方はこっちで何とかする。いいかい」


「ええ」


怒留湯と釆原。


言い終えた頃合いで、阿麻橘(あおきつ)組の何名かが姿を見せる。


そして西耒路(さいらいじ)署の刑事、強行犯係二名と日刊「麒喜(きき)」の記者三名。


五人は静かに肯き合う。


各々組員の様子を伺うが、特に動きは見られない。







あまりにも動きがない。


「ただ用事で()ている、ということは考えられませんか。連絡を取り合っているという可能性は」


「それもあるね。対立勢力ではあっても組関係は、特に上の人だ。お互いに連絡を取り合って、情報を()わしていることが多い。それで幹部が対立勢力の事務所を訪れるのは義理で(なに)か、用事を抱えて訪れている場合もある。逆もあるんだ。ドンパチ、所謂(いわゆる)抗争前なんかだと連絡が密になったりさ。でなくとも情報を制するっていうのは組関係では、俺たち刑事もそうなんだけれど、特に重要になってくる」


「なるほどです」


菊壽は肯いて言った。


「三人いるだろう。あいつらの顔は何回か見ている。少なくとも阿麻橘組の幹部ではない。ただ階級は()からないけれど組員には違いない」


そう怒留湯は、続けて言った。







安紫(あんじ)会の事務所の前にいる、阿麻橘(あおきつ)組の組員三名。

若い組員だ。


スーツの着こなしは様々で、着ているシャツの色も様々。

すっきりとした出立(いでたち)で派手さはない。


何も気にせず見ているだけでは組員には見えないほど周りに、溶け込んでいる。

わざと、そういう雰囲気を出しているのかもしれない。







だが強行犯係をはじめ、特にマル暴であればその眼を誤魔化すことは出来ないのだろう、と釆原は思った。







三名の組員に動きがなく、安紫会の事務所も静かで平穏を保っている。

少なくとも(いま)はそうだ。


釆原と菊壽は、医師の入海暁一が安紫会の組員に導かれて、そこから屋敷内へ入ったと思われる脇の方へ、移動することに。

怒留湯も一緒である。


屋敷内へ侵入はしない。

リスクが(おお)きすぎた。


屋敷内の様子を伺うために、菊壽は準備して来ていた。

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