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4.

強行犯係の桶結千鉄(おけゆいちかね)が、【阿麻橘(あおきつ)】と言ったのを聞いて、維鶴(いづる)は驚いた表情になる。


そのまま眼をぱちくり。


「阿麻橘。ってことは、凰介の言っていたのはそのことか!」


(なん)です? 言っていたとは。(なに)かありました」


桶結は維鶴の顔を見た。


「仕事のことなんです」


維鶴は笑ってみせる。


阿麻橘(あおきつ)組ってもしかして、言い方が変だったらごめんなさい。安紫(あんじ)会とのドンパチのことじゃありません?」


桶結(おけゆい)が眼をぱちくりする番だった。


「あなたも、何か関わりがあるんですか? 例えば組関係に」


「いえそんな! ないですよ、その関わりではなくて。情報がよく集まるっていうか、凰介(おうすけ)が記者なの御存知でしょう」


「では逆にお訊きしますが。情報っていうとどこまで御存知で?」


「刑事さんが記者を好かないっていうのは分かりますけれど。凰介は無理矢理刑事さんから、情報を炙ったりとかそんなことはしませんから」


桶結は表情が(ゆる)くなり、維鶴の言葉に苦笑した。


「失礼しました」


少しだけむくれている維鶴(いづる)


数登(すとう)はその表情を見て苦笑。


「お取り込み中すみません。清水さんは今、怒留湯(ぬるゆ)さんと御一緒ですか?」


桶結にそう尋ねた。


「一緒じゃあないです。阿麻橘(あおきつ)組と安紫(あんじ)会の間で、動きがあったというだけで。殺しがあったとかじゃあないからね」


桶結は言った。


「では怒留湯さんは鑑識の(かた)とはご一緒ではない。そして、阿麻橘組の件に端緒で噛んでいるだけ、ということですね」


「そうなんですよマル暴、じゃあないのにな」


「あの今日、清水さんは劒物(けんもつ)大学病院の、整形外科にいらしていたみたいですよ。意外じゃありません?」


維鶴は微笑んで言った。


桶結は眼をぱちくり。


「清水さんならこの骨を詳しく鑑定して下さるでしょうが、僕の見たところ。状態としては骨になってから、あまり年数が経っていないように思えます」


「それはさっきも言った」


維鶴が言って、数登は苦笑した。


桶結に、土から出てきた時の経緯を説明する。


頭蓋骨を丹念に見始める桶結(おけゆい)


「特に破損もなければ外部から故意に傷付けられた、ような痕もないし目立ったものは何もない。それでいて骨を包んでいた組織は綺麗さっぱりってところか」


数登は頭蓋骨を受け取って、顎の部分を開いて見せた。


「そして【青】」


「青?」


維鶴も桶結と同じく、数登の持った頭蓋骨を覗く。


「【青】です。分かりますか? 上顎(うわあご)の部分、奥歯です」


「上、顎の」


姿勢に無理が生じてきて、維鶴は顔をしかめた。


「あ、なんか本当。青い!」


維鶴(いづる)は姿勢を戻した。


「何か()められているのかしら?」


「さあ、今のような状態になったのが、生前か死後かははっきり、しませんがね」


数登は少し微笑んでみせた。その瞳の灰色は鋭い。


(なに)かの鉱石か」


桶結も姿勢を戻して、そう言った。


「今は、何も」


数登はかぶりを振って言う。


「いずれにしても詳しい鑑定がいる。清水でなくシダさん、ああ歯朶尾(しだお)っていう鑑識が署に今、いるはずです。連絡してみましょうか」


「あのう、端緒で噛んでいるって言っても、怒留湯(ぬるゆ)さんは来られないの? あなたの相棒でしょう? 誰か他にマル暴さんとかいるんじゃない? 安紫(あんじ)会の動きがあった場所に」


維鶴は桶結に尋ねた。


桶結は困ったように。


「分かりました。怒留湯に連絡入れてみます。ただそもそもね。頭蓋骨が畑から出たっていうのは強行犯係の担当でもないんですよね」


「それもそうね」


「ええ確かに」


維鶴(いづる)と数登は苦笑した。


「とにかくまずね係長に、一報を入れておきますから。怒留湯は来られたとしても夕方くらいでしょう」


数登は微笑んだ。


「有難いです」













依杏(いあ)はどうしても、賀籠六絢月咲(かごろくあがさ)T―Garme(ティー・ガルメ)同一(どういつ)人物には思えなかった。


絢月咲がガルメであるというところで、ガルメとのキャラは違うし、当然だが3Dの容姿と実物の容姿が違うことも、分かる。

だが、どこか他に何かハッとしてしまうところが、あったのだ。


依杏は絢月咲に「ガルメさん」と言ったけれど、その後をどう続けようかと考える。


「どうしたのって。それはええと」







違う部分。


どこが(ほか)には違うか。







絢月咲も依杏を見つめ、そしてハッとしたように眼を丸くした。


その表情に、依杏は多少びっくり。


「いま、ちょっと発見をした。私は今日時間があるけれど、あなたたちも時間はあるのよね?」


「あるよ! 私らは依頼を受けているんだから時間は作っているし。とにかく、なくし(もの)を解決するために見られる所は、行っておく方がいいと思った」


「ありがとう」


絢月咲は笑顔で言った。


「それでね、私もちょっと思いついたことがあるの。で、提案! 外の現場に行く前に、少し上のスタジオを見て行かない?」


「え!」


郁伽(いくか)と依杏は顔を見合わせる。


「絢月咲がそんなことを言うなんて。仕事の中枢機関みたいなものじゃないの」


「スタジオを見せてもらえるなんて! そ、それは嬉しいです!」


郁伽と依杏は同時に言っていた。


「私だって発見しちゃったんだもの。依杏ちゃんは、私がガルメと違い過ぎるから気になったんでしょう?」


絢月咲(あがさ)が言うので依杏は赤くなった。


「違い過ぎるっていうか、そこはバーチャルだもの。少し演出しているところはある! 演出が苦手なの、私」


絢月咲は苦笑した。


「その演出は簡単に言うとね! オーディオインターフェイス!」


「おーでぃおいんたーふぇいす? ほえ」


依杏には簡単ではなかった。


「どうしたのよ変な声が出たよ」


「生理現象でした」


郁伽は依杏の言葉に苦笑した。







郁伽(いくか)先輩が「中枢機関」と云った、ガルメさんのスタジオ。


依杏はドキドキした。







「演出では声も大事でしょう。いまの声じゃ少し足りないからまず、補うの。要は雰囲気を変える。たぶん、依杏ちゃんが『ガルメと違い過ぎる』って思ったのは、それが気になったんじゃないかしら」


今は絢月咲のスタジオ。


依杏は眼が点になりながら辺りを見回していた。


「一番、低遅延なのはこれ!」


絢月咲はマイクの一つを指して言う。


「ていちえん」


依杏は鸚鵡(おうむ)返し。


(らく)にして」


絢月咲は苦笑してしまう。







多種多様のマイクが並び、あらゆる機材のコードが大きい画面の迫力満点スクリーンと、その周辺にあるパソコンに繋がっている。


スタジオ内はとにかく機材の「街」状態だった。




エレクトーンからミキシングの機材から青い箱のような機材、大型スピーカーにヘッドホン、それから絢月咲の言っていたキャプチャ用の機材。

何から何まで全てある。


全てというのは言い過ぎかもしれない。


ただ依杏にはそう思えた。







郁伽(いくか)は興奮かつ慣れた様子で肯きながら、絢月咲のスタジオ部屋をくるくる見回っている。


依杏はスクリーン手前に寄った。


大きい機材だけでなく手元には細かい機材も、多かった。


「ていちえんとは」


依杏は絢月咲に尋ねる。


「3Dになって体を動かす。そのためにはいろいろと入力をするの」


「入力」


「そう入力よ。動きの情報もそうだけれど、音声はマイクを通して入力する」


「な、なるほど。そうすると出力とかも考えなきゃならないと」


「そうなの! それで、入力する時ってマイクの品質で少し、遅れが生じることがある」


絢月咲(あがさ)は画面を立ち上げた。


デジタルのスタジオのようなもので画面はいっぱいになった。


DAW(ディーエーダブリュー)、通称「ダウ」と言うらしい。


依杏(いあ)は画面に見入った。


「すごいかっこいい画面になりました」


「さっき言った演出なんだけれど。音にいろいろ要素を加えたり引いたり、修正したりするのをこの画面でやるの。ただ、そういう作業をすると余計に音の誤差が増えて行く場合がある。遅延は少しでも少ない方が、リアルタイムで何かする時に便利っていうことで、いろいろマイクも選ぶのね」


郁伽も絢月咲の隣に来て、その画面に見入った。


「ただ、今言ったこととか行う作業はあくまでも、ガルメとしての演出だから」


「演出とか言うけれど結局、絢月咲はVST(ブイエスティー)プラグイン好きなのよね。好きって言うかめちゃめちゃ集めまくるのが好き」


郁伽は笑顔で言った。


依杏には『VSTプラグイン』という言葉がちんぷんかんぷんだったけれど、でも分からなくても雰囲気が分かったので納得した。


「うん、そうね。好きのレベルというかコレクターかも」


絢月咲は照れくさそうに言った。


「ただ、DAW(ダウ)は画面で動かすものだから。ということはパソコンがどうにかなったら大変でさ」


「そうだね。でもいま、そんなこと考えなくても大丈夫でしょう? だってこのタイミングで壊れるはずは、ないんだから」


「確かに。それは確定事項ね。依頼を頼んでいるのは私だった」


絢月咲(あがさ)は苦笑した。


「じゃ、じゃあ! あのうこういった機材は、時と場合によりけりで使い分けているということですか」


依杏(いあ)は言った。


自分では『頑張った』と思った。


ない知識を絞り出して返事を考えたので。


絢月咲は笑顔で肯く。







絢月咲が言うには、いま言ったDAW(ダウ)よりも、実際にはオーディオインターフェイスを使うことが多いとか、だそうだ。

何台かある箱のような機材だった。


厚みが薄いものもあれば重厚そうなものもある。


依杏(いあ)は、絢月咲さんの持っているオーディオなんとかには青い色の箱が多いんだな。

ということを憶えた。













依杏は興奮した(てい)で、絢月咲のスタジオのことを数登に説明した。


あのスタジオはガルメを作る中枢なのだ、と。


依杏なりの興奮と感動を伝えたい一心で、やっぱり『頑張った』。


数登(すとう)は肯いて聞いている。


「磁界はどうでした?」


数登がそう言ったので、依杏(いあ)はポカンとした。


「磁界ってなんです」


「いろんな機材の多すぎる所に弱いのではありませんでしたか、Dear(ディア)


依杏は赤くなる。


「た、楽しんで見て来たから大丈夫でした! 湿布は貼りませんでした」


「そうですか。よかった」


数登は微笑んだ。







夕方近くになって、依杏と郁伽(いくか)九十九(つくも)社に戻って来た。

絢月咲が物をなくしたという外の現場を見に行ったあとで。


何本か電車を乗り継ぎ。







「スタジオがすごかったってことを伝えたかったのに」


依杏はむくれながら言う。


「伝わっていますよ」


数登は言った。







絢月咲が物をなくした現場を回るのに、外の現場で回ったのは三箇所だった。


どれも駅から近い場所ではあったものの方角は、三箇所全て違った。


ただ電車を乗り継いで、絢月咲といろいろ会話出来たので、ガルメでない絢月咲に触れられたというのは、依杏としてはよかった点でもあった。


音楽スタジオ、イベント会場。


そして「八重座(やえざ)」駅。絢月咲がガルメとして行った有名料理店の近い駅だ。

八重座駅を出て外の街を見た瞬間の方が、珊牙(さんが)さんの云う、磁界で倒れるとかよりもクラクラしたけれど、とてもすごかった。


そう依杏は思った。







ただそこまで説明をする体力が依杏にはなかった。


三箇所回ったことを、数登に説明したのは郁伽(いくか)である。


「それで、どうでした」


数登が言う。


郁伽はしょんぼりして言った。


「いろいろこれからも、調べてみます。今日はなくし(もの)の解決は、出来ませんでした」


「そんな日もあります」


数登は郁伽に言う。


郁伽は机に突っ伏す。そして顔を上げて言った。


「何かもうちょっとだなあ~」


「一個依頼を受けたら、解決するまでやるんですよね?」


「なくし(もの)を見つけるというより、絢月咲(あがさ)のケースは原因探索に近いかな」


依杏と郁伽は今、数登が頭蓋骨を運んだ遺体安置室にいる。







数分後、怒留湯基ノ介(ぬるゆきのすけ)が慌てて入って来た。


手荒に頭蓋骨に触れる。


「コロシなの?」


「それがまだ」


「確かにこの頭蓋骨だけでは何も分からない! 手掛かりないんだろう」


怒留湯と桶結(おけゆい)のやりとり。


安紫(あんじ)会と阿麻橘(あおきつ)組の方はどうだったの」


桶結は怒留湯にそう尋ねる。


「何も起きちゃいないが」


怒留湯は数登を見た。


釆原(うねはら)記者殿は?」


数登(すとう)はかぶりを振った。


「そう。とりあえずこの頭蓋骨は署へ持って行く。それでいいかな?」


怒留湯(ぬるゆ)が言うので、数登は肯いた。


「シダさんは手が離せないということですね」


数登は微笑んで言った。


「シダさん?」


怒留湯は桶結を見て言う。


「シダさんは鑑識の、歯朶尾(しだお)のことですよ」


桶結が言うので、怒留湯はきょとんとした。


「シダさんか。シダさんね。下の名前は(あかし)。で、歯朶尾は手が離せないってのは、そう。しかし歯にサファイアとは珍しいな」


「サファイア!」


依杏(いあ)郁伽(いくか)は同時に言って、それから顔を見合わせた。


怒留湯は頭蓋骨の顎部分を持って、念入りに観察するように。


そして数登に言った。


「それで、あんたが畑を掘った。以前も非公式で依頼を受けた畑の所有者に頼まれて、行ったら何かおかしいことに気付いた。それで土を掘ったらこれが出たけれど、頭の骨以外は見つかっていないんだね? 頭から下の骨は一本もなかった?」


怒留湯は数登(すとう)に尋ねる。


「ええ、ありませんでした」













「頭の骨ねえ」


菊壽作至(きくじゅさくし)は言った。


いま彼はデスクで週刊誌を繰りながら後輩の五味田茅斗(ごみたかやと)の話を聞いている。


菊壽と五味田は記者でここは、日刊「ルクオ」。


「情報が俺たちに、渡るのがちょっと早いんじゃない? 渡るって言っても、頭の骨だけ見つかったってんで、いろいろ周辺で事件がないか洗ったよ。だが何も起きていないからな」


菊壽はそう言った。


「確かに何もまだ、起きちゃあいません。ちなみに体の骨は見つかっていないそうです。釆原さんからの情報」


菊壽は週刊誌を(ほう)って天井を仰いだ。


「電話掛けてみるか」


「誰にです」


怒留湯(ぬるゆ)さん」


「何か訊きすぎるのはまずいですよ。刑事は記者に情報漏洩出来ないんですから」


「分かっているよ」


「丁度()いな」


やって来た釆原が言った。


「安紫会と阿麻橘組の間で動きがある」


菊壽と五味田は姿勢を正した。


出処(でどころ)は?」


菊壽が釆原に尋ねる。


生憎(あいにく)怒留湯さんからじゃない。劒物(けんもつ)大学病院から」

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