35.
「どこから得たか」
と怒留湯基ノ介。
「少し話は戻る。清水さんの次は俺が分かりにくくする番かな。今度は」
清水颯斗。
「私は話をただ拡げたつもりです」
「うん。でね。安紫会の話に戻すんだけれど」
「ほう」
「いい? あくまでも『どこから得たか』なんだ。俺はさ。若頭自身の部屋へ行ったことがあるの。生きていた若頭がそこへ居て」
「その若頭は替え玉だったと。今の話で言えば、入海暁一だった」
と桶結千鉄。
怒留湯。
「数登さんの予想に乗るとしてだ。あんたの仮定を良しとするならね。ただ、俺らは彼を若頭として話を聞いていたから。あの時はね。オケは一方で、若頭の部屋には行かなかった」
ガサ入れの日。
安紫会の事務所。
その時のことを言っているのだろう。
と杵屋依杏は思う。
桶結。
「ええ。俺は裏へ回っていました」
「事務所のね」
「ええ。そう」
「そう。俺とオケは安紫会の事務所に居た。居たけれど場所は別だ。同時刻には事務所に居たことになるけれどね。それは数登さんも同じだな。とにかく」
手に帽子。
「情報を『どこから得たか』。とりあえず数登さんの仮定に乗っかっていく」
「ええ。ぜひ」
と数登珊牙は微笑む。
怒留湯。
「是非と言われても」
「では怒留湯さんから」
「うん。あんたの集めた資料で可能性を、挙げていくとするなら。という俺の意見」
数登は肯いた。
「若頭の替え玉が入海暁一だったとしよう。するとまあ自然、組員の連絡回しに入海が組み込まれても。そんなにおかしくはない。っていう状態になる」
「俺も参加していいでしょうか」
と軸丸書宇。
怒留湯。
「なんだい」
「組員であれば猶の事でしょう」
「なにが」
「今の仮定であれば。入海先生の情報が得やすいって点です。若頭の替え玉なんだから、組員ならそういう情報を得やすい」
と軸丸。
「そう。それが一点だな」
と怒留湯。
一呼吸。
「でさ。俺らは連行したんだよ」
と桶結へ。
「安紫会の組員たちを。ここの。西耒路署へね」
桶結は肯く。
「洋見仁重と伊豆蔵蒼士でしたね」
「そう。任意での連行だ。二十三時を回っていた。たぶん」
「恐らくね」
と桶結。
怒留湯。
「それで数登さんが若頭と再び会う。入海暁一が生きて戻ってきたその後だ」
数登は肯く。
「そう。だから、入海先生が替え玉だったとしたらさ。俺らの連行の段階で。既に若頭の替え玉の身体は、西耒路署にあったことになる」
と怒留湯。
軸丸。
「つまり。ええと」
と考え込む。
「組員は他にも任意で連行を」
「そう」
「だったら」
と軸丸。
「西耒路署に居た組員は。替え玉かつ入海先生であるその人の署内の動向を把握」
「そう。可能性としてはね。署内で奴らが連絡を取るっていうのは。それは簡単には行かないだろう。俺らとしても簡単に行かせてはいけない。と思うよ。ただ署内に、安紫会の組員も阿麻橘組の組員も連行して来たのは。事実だからな」
怒留湯。
「組員であれば。何らか奴ら同士で、連絡を取り合うだろうっていう。俺がそう思いたい。だけかもしれないけれど」
桶結は怒留湯を見つめる。
「入海暁一が解放されたっていう情報を得るのはさ。と言うか入海が若頭の替え玉であったなら。組員の奴らが、いち早く情報を入手してもおかしくない。それは、西耒路署内に居たのかどうかもある。情報をどこから得たのか。それは俺も分かる気がするの。西耒路署から得た以外には考えられないから」
と言って数登を見る。
「だがね。その後はどうするか。劒物大学病院へ連絡したのは女性の声だった。そしてさ。女性とは限らない可能性も出て来たとあんたは言った」
続く話。
「情報を得るのは組員でも出来るだろう。署に居て身動きが取れなくても。組員同士そこは多分やる。だが、外側への連絡となると話は別だ」
と歯朶尾灯へ言う。
「分かるだろう。あんたも」
歯朶尾は黙っている。
怒留湯。
「つじつま合わせとしてはこんだけか。ただ、今の場合だと組員が殺られた件とか。入海が殺られた件とは何もつながっていない。しかも。殺す殺さないとなればここからは。俺らの領分だし」
と数登へ。
「更に一点」
「さらに?」
「ええ」
と数登。
「入海先生の自宅には。入海先生が解放されたと思われる、その後に。警備が付いていました」
怒留湯は溜息をついた。
「警備か」
「ええ」
桶結。
「俺からも、良いでしょうか」
「なんだい」
と怒留湯。
「いまの時点で。西耒路署の俺らは。流れとして関わっていなかったとは言い切れない。そういうことでしょうか」
「俺も。そう思っている」
と怒留湯。
「じゃあここまで異論はない? 少なくとも、歯朶尾さんを除いては」
歯朶尾。
怒留湯は続ける。
「オケにも。つじつまを合わせるための話があるっていう風に。俺には受け取れた。そうかな」
「そこまで行くかは」
と桶結。
「少なくとも。俺らが関わったという時点から。あるいはその前から。特に、釆原記者殿が、安紫会のことを嗅ぎつけた辺り。西耒路署は既に一連の流れに組み込まれていたということです。恐らく」
怒留湯は肩をすくめる。
「シダさん。俺の記憶ではさ」
と桶結。
歯朶尾へ。
「スクリーンのある場所と言っては。安紫会の事務所の方が印象が強い。分かるだろう。シダさんの場合、そっちはどうでも良いのかもしれない。でも」
と桶結。
「何故、動画をブラックアウトさせる必要があったんだろう」
と歯朶尾を見つめて。
そう。
安紫会の事務所にて。
一気に暗くなった件だ。
動画及びスクリーンのブラックアウト。
ただのブラックアウトじゃないだろうと。
あの時は、いきなり暗くなって。
大騒ぎになっただけだと思っていた。
でも一連をよくよく見て行く中で。
そこに何らかの意図があったのだろうと。
依杏は思ってきた。
それは道羅友葉にも共有していたこと。
桶結さんは「ブラックアウトさせる必要があった」と言う。
「僕が思うに。証拠はありません」
と数登。
「音声を聴くか否かという点」
「証拠ならあるかもしれない。今言ったことに関してだ」
と桶結はかぶりを振る。
「それは」
と依杏。
「音声のこととかでしょうか」
「その証拠ではない。理由でもないと思う。ただ」
と桶結。
「理由なくブラックアウトした感じではない。と俺も思ったよ。怒留湯さんは若頭の部屋だと云った。俺は事務所の裏手に居た。そこで切られたコードを何本か見つけている。そして」
と歯朶尾へ。
「スクリーンとスマホがブラックアウトしただけなんだ。そうだろう」
歯朶尾は桶結を見ている。
桶結は続けた。
「電気系統が全てダウンするなら。事務所内全体で真っ暗闇になっても。おかしくないはずだ。俺は裏手に居たから、ガサ入れ中の事務所の様子はよく分からない」
「つまり」
と清水。
「電気系統自体のダウンではなかったと」
桶結は肯いた。
切られたコード。
なくなった安紫会の装飾品。
コードは切られていた。
それだけだった?
だとすれば?
意味を成すものはなかった?
何の行為?
ただ切っただけ?
それが事務所内の電気系統全体に影響を及ぼしたのか。
と言えば、そうではない。
とするならば。
少なくとも。
抗争中にコードを切るのはまず難しい。
ではいつのタイミングで切られたか。
「全部。西耒路署を中心にして考えれば収束するんでしょうか」
と依杏。
「シダさん。西耒路署内部では動きやすかったんだろう。違うか」
と桶結。
「動画については。ただ単にブラックアウトを引き起こすだけならだ。電気系統全体でダウンさせなくても話は済む。そしてスマホだ。自分で誤作動を起こさせば、それ単体でブラックアウトするだろう。スクリーンとは別にね」
続ける。
「スクリーンとスマホ同時。ではなくてもブラックアウト自体を起こすことは出来たんだ。そしてスクリーンで流れていた、Se-ATrecの音声。西耒路署以外の人間に聴かれたら困る。シダさんがそう思ったのか否か」
「そして警備の件」
と数登。
「それにも西耒路署の人間が関わるんだろう」
と桶結。
歯朶尾は立ち上がった。
入海暁一。
そして伊豆蔵蒼士。
間に血縁という関係が存在した。
名前の苗字が違う。
それは、血のつながりとは言えど腹違いだったから。
先に殺されていたのは、替え玉でない方の伊豆蔵蒼士。
その後に入海暁一。
彼は遺体で発見される。
致命傷は刺されたことによるものだ。
怒留湯と桶結の見方としてはこう。
西耒路署のデータベースにはなかった薬物。
「クロコダイル」という薬物。
それが関係している可能性が高いこと。
安紫会では薬物は、ご法度で即破門もの。
とすれば、安紫会でクロコダイルのやり取りなんかが発覚する場合。
騒ぎとなるのは必然だ。
阿麻橘組であった、力江航靖の遺体。
その遺体からも同様の薬物が検出された。
そして力江を「殺った」と自供したのは、安紫会である洋見仁重。
薬物に対して洋見がよく思わなかったのは。
洋見ならそうだろう。と。
クロコダイル。
既に亡くなっていた伊豆蔵蒼士。
彼の場合は頭蓋骨だった。
その伊豆蔵にもクロコダイルが使われていたという可能性。
では伊豆蔵を殺ったのは誰なのだろう。
薬物絡みでいくとするなら、候補として上がるのはまず洋見。
洋見だろうという見方。
警備の話。
時間は過ぎた。
大分過ぎた。
何時頃なのだろう。
ここは取調室ではない。
自供の件から、安紫会の洋見は西耒路署で過ごしている。
いま取調室には空きがある。
しかし、そこへ入る人があまりいない。
押収された沢山の武器が、床へと積まれている部屋。
依杏たちが集まって話している部屋。
そこでの話は、一旦お開きになった。
それは時間的にという意味である。
取調室でないところで。
予想をああだこうだと言い。
取調室だったら、たぶんもっと別な形だったろう。
しかし、数登は九十九社である。
あくまでも、九十九社の非公式。
数登はじめ依杏らの予想。
予想であり、推測であり。
情況的な話。殺しの件。
ついでに清水も非公式の場で、情報を照らしたことになるが。
ただ西耒路署の刑事にとっては、追加が増えたことになる。
例えば。
エクセレとしての事実確認が追加事項。
洋見への追求内容も追加。
劒物大学病院への事実確認等も追加事項。
取調室への出入りは再び増えることになる。
盗難の件に関しても事実確認は必要だった。
主に歯朶尾へ。
「あなたの荷物から」
と数登は言った。
暗い夜の窓の外。
そこから見える緑。
補っているのは店内の照明である。
「出て来たと」
釆原凰介はこの場に居ない。
だが日刊ルクオは近い。
今のこの場は喫茶店。
数登ともう一人。
歯朶尾だ。
レコードがあり。
その針は盤に載っている。
だが音は店内のもの。
恐らくCDか有線か。
ジャズ。
時間としては閉店ギリギリ。
それが逆に功を奏しているのか否か。
「清水さんがそう仰っていました。何故なのでしょう」
と数登。
歯朶尾。
「清水さんは癖と言っていたけれどさ。自分の中では少し違うと思っている所があるかな。いや、いろいろ一括りに言葉にしたって。結局一般的には、盗ったってことになるんだから」
数登は苦笑。
座っているのはソファのあるテーブル席。
テーブル自体も背が低いものだ。
「あんたはどう思う」
と歯朶尾。
「どう思う。と言うと」
「いや。忙しさにかまけて俺が出て来ちゃってさ。あんたはついてきたじゃない」
「ええ。あなたにお話を伺う必要がありました」
テーブルの上にはトーストとコーヒー。
夜食か。
数登はトーストをかじった。
歯朶尾は皿に手が伸びない。
「訊き足らないところがあった?」
「ええ。途中で途切れてしまいました」
「どのあたり」
と歯朶尾。
「あなたなりの理由を。何故かということをお伺いしたい」
数登は歯朶尾を見つめる。
「何故なんだろうね」
と歯朶尾。
何故なのだろうか。
しばし沈黙。
その後結局。
数登と歯朶尾は、トーストをかじりコーヒーをちびちびやり。
店員たち。
何故か。
歯朶尾自身にも。
これと言って理由が浮かばないという。
数登の聞いたところである。
ただ。
彼がNーRodinこと、上ノ段七日生のライブ会場へ行って。
その警備に励んでいたこと。
そして荷物に手を触れたことのあること。
それは認めた。
歯朶尾はカップを置いた。
「あんたも薄々感づいているとは思うけれど」
「ええ」
「動画のブラックアウトは俺自身というか。俺単独でも引き起こせるみたいなことを。桶結さんも含めて言ったじゃない」
「ええ」
「だからさ。言わなくても勘づいているんじゃない?」
「切られたコード」
「そう」
「歯朶尾さん以外で切った方が居ると」
「そう。俺の指示だ。ただ」
「ただ?」
「アンタらは逆にさ。何でガサ入れなんかに顔を出したりしたの」
「出さない方が良かったと」
「そりゃそうだよ。だから困ったんだ」
店員が数登と歯朶尾を見つめている。
だが、苦笑して会釈。
数登。
「では、動画を企画したのは」
「それは事務所の方針。時間は大丈夫なの、ここ」
数登は店員を見た。
すぐまた眼を戻す。
「署に戻りましょうか」
歯朶尾は再度トーストへ。
「途切れた話ってどこまでだっけ」




