29.
繋がった。
電話。
相変わらずの活動休止状態。
週刊誌ではそのことについて、いろいろ書かれる。
安紫会の事務所と、賀籠六絢月咲。
関係があるかないか。
つながりがあるかないか。
いろいろな噂と言葉と問いと野次。
そして安紫会の事務所側が、ノーコメントを貫いている状況。
今は混乱状態と言った方が、いいのかもしれない。
「伊豆蔵蒼士は、一体誰だ」
書き叩かれるのも、良く作用したとは言い難い。
安紫会の事務所から姿をくらましている、伊豆蔵蒼士。
DNAは伊豆蔵本人のものではないその人。
親分である鮫淵柊翠はほとんど、出入りせずにいる。
事務所から移動をしなくなった。外周りを控えているのだ。
焼物の取引後に抗争と相成って、それから立て続けというのもある。
若頭のことを、親分自ら探して欲しいと刑事へ願い出たほどだ。
話題性で若頭は伸し上がった。
週刊誌で書き立たれるのは毎度、鮫淵の方。
書き立たれる以前から、若頭ではなかった可能性はあるのか?
一体、誰だ! 誰なんだ!
話題性が話題性を増やしていく。
事務所のノーコメント。
口を噤むほどに膨れ上がる話題性。
杵屋依杏も気になるところではある。
だが一介の九十九社であり報道には届かない部分も多く。
一方で絢月咲は、この所刑事の元へ行くことが多いとか。
電話での会話。
西耒路署は、女性という点を主眼に置いている。
その上で組事務所や関わった人間を、洗い始めている。
自然、絢月咲のところにも回って来る。
そういう構図かもしれない。
依杏は尋ねる。
「どうです? 調子は」
「調子は、依杏ちゃんも聞いているんじゃない?」
「すみません」
「たぶん私から聞かなくてもいいレベルだと思うけれど」
「それはまあ確かに」
とは言えず。
絢月咲は溜息をついた。
「私は実際に取調を受けている。噂じゃなくて本当なの。昨日も、そうだったから」
依杏はなんと答えていいか、分からなかった。
絢月咲は続ける。
「九十九社に私が個人的に依頼したこと。刑事さんにも広まっているの」
「なくし物の件でしょうか」
「そう」
「それは、清水さんから周りの刑事さんへ。情報が伝えられるってことも」
「自宅へ来てくれたのは、清水さんだったわね」
「あの……」
依杏はこの際だ、と思って言った。
「絢月咲さんって事務所所属でしょうか」
「依杏ちゃんにまで、安紫会の事務所かどうか。なんて聞かれたくないな」
「そうじゃなくて」
依杏はかぶりを振ってしまう。
「事務所に所属する感じのバーチャルアイドルかどうか。という意味で。以前に聞いた感じだと、スタッフさんとの交流があるようなので」
「事務所ね」
「お名前とか、訊いても構いませんか」
「エクセレ」
依杏はメモした。
絢月咲。
「事務所が、どうかしたの」
西耒路署とバーチャルアイドルの連携。
西耒路署と劒物大学病院側の連携。
珊牙さんの話に出た連携という言葉。
動画企画のことを考えれば、事務所と西耒路署と考える方が自然だ。
と依杏は思って。
「エクセレと刑事さんのつながりとか」
「つながり」
「スタッフさんと、そういう話にはなったりとか」
「なんだか、ちょっと難しい話なのかな」
依杏はよく分からなくて無言でいる。
「それは企画動画の話をしているの? 西耒路署と安紫会の事務所のこと。トレックから聞かなくても、どこの署でやった。というのは私の耳にも入ってしまっている。ある意味では公だから」
「清水さんが絢月咲さんの自宅へ行かれたこと、憶えています」
「ええ憶えている」
「それ以外で、事例って何かあるでしょうか」
「なるほど。清水さんと私のつながりがあるかどうか」
電話の向こうで苦笑したのが、依杏にも分かった。
「清水さんに限ったことではなく、事務所単位の話ですよ」
「西耒路署とエクセレっていうこと?」
絢月咲は少し沈黙した。
「依杏ちゃんと郁伽に依頼をお願いした時に、言ったことがある」
「言ったこと」
「憶えているかな。イベントの警備で刑事さんがついてくれたこと。スタッフさんから、そういうつながりの話を聞いたことは、私はない。ただ、今順を追って話をしていけば可能性は、あるかもしれない。私から直接、スタッフさんへ訊いた方がいいの」
「今。絢月咲さんが話を訊く方面で動くと、刑事さんを刺激するかも」
依杏は頭を巡らせた。
絢月咲の依頼を受けたあとから、いろいろあり過ぎた。
イベントの警備の話については、憶えていなかったと言ってもいい。
「エクセレ所属のアイドルって、誰々か訊いてもいいでしょうか」
「そういう情報は流しちゃいけないのよ」
「すみません」
「でもこの際やけっぱち。言っておくね」
絢月咲は名前を何人かあげた。
どれも彼女と関わりのあるアイドルの名前でかつ、依杏は全く分からない名前のアイドルだった。
「そして、Se-ATrecね」
「同じ事務所内でも、ええと」
依杏は少々。
「今回みたいに余程のことがない限り。あるいは合同での仕事でない限りは。仕事内容の共有もあまりしない。ということですね」
「そうなる、とは思う」
絢月咲は考え込む様子だった。
依杏。
「なくなった扇子については」
「確かにそう。それは見つかった」
絢月咲。
「盗難だったらっていう話を清水さん、してくれたよね。私、正直言うとその辺はもう考えていないの。私が今、なくし物の件を刑事さんに自分のせいだって言われる感じだし。ただね」
「ただ?」
「なくした場所と、同じではない場所で扇子を見つけた。家の中ではスクリーンのある部屋でなくした。と依杏ちゃんたちに伝えた」
「扇子はどこに、あったんですか」
「手荷物の中に」
依杏は少々考え込んだ。
「絢月咲さん」
「なに?」
「データ収集って出来ますか」
「データ収集?」
「ええと」
「データ収集って」
「活動休止中にお願いすることじゃないかも」
「どうかすると刑事さんに眼を、つけられちゃうかもしれない」
「絢月咲さんが事務所へ行く機会とかあったら、お願いしたいなって」
絢月咲は一呼吸置いた。
「行ったらデータ収集をしろってこと?」
「ええと、何なら私も一緒に行きます」
「データっていうのは事務所内の?」
「そう難しいことじゃないです。ただ人と話す機会があれば。それを録音してほしい」
「録音。議事録じゃないわね」
「そうです」
「なんだか複雑」
「そこはそうだと思われます」
「郁伽は?」
「郁伽先輩。一応、絢月咲さんと同じ歌の活動をやっているから」
「頼みづらいと」
「はい」
「分かった。出来るなら。危なっかしい気がするけれど」
サンプルが足りないと軸丸書宇から言われた依杏。
そう言われたは良い。どう動くかは考える必要がある。
今は刑事側や、安紫会の事務所を当たるのは難しいと思われる。
サンプル収集自体が難しいのだ。
なんだかいろんな場所でごちゃごちゃしているのもある。
だが、今数登に言われている血縁に関することの資料を繰る必要がある。
照らし合わせる必要がある。
安紫会の事務所と血縁の意味。
そういえば、阿麻橘組の資料も足りないのではないかと依杏は思っていた。
*
絢月咲は絢月咲で、単独でデータを集める方が良い。
そうなった。
いずれにしても、アイドル関係者は今、注意を張る必要がある。
郁伽も同じく。
絢月咲とは少し事情が違うものの。
顔出しをするしないという点。
絢月咲たちバーチャルアイドルは顔出しをしない。
何故か。
アバターとしての活動が主だ。
リアルとの境界。アバターはリアルではない。
それゆえに、嘘の幅が多様だ。
リアルとアバターの、その間に横たわっている思惑や行動。
そういうものに報道関係者や刑事たちは敏感になってきており、特にその点でアイドルは注意を張られる。
西耒路署とエクセレ。
郁伽は郁伽で九十九社と掛け持ちの、歌の活動とはなるが。
セッションやペアで動画を、作成し配信する。
というのがバーチャルアイドル好きにも、動画好きにも受けるところではあった。
今はそれが手軽に行える状況でもない。
特にエクセレではそんな状況。
「慈満寺と九十九社の連携は、どうなんだろうね」
鐘搗麗慈。
安紫会の事務所とエクセレ? それは分からない。
麗慈は続けて言った。
「絢月咲さんと、安紫会が繋がっているかもしれないっていう証拠は出たの」
「出ない」
と郁伽。
「慈満寺と九十九社がどうかした」
「資料に入れないの」
「何の」
「珊牙さんの言った血縁とかいう資料だよ」
「九十九社は抜いてあるわ。どうして慈満寺を入れる必要がある」
「以前に資格ありなしで云々とか。いろいろあった」
「慈満寺のお坊さんの件と、今はまた別の問題。その資格ありなしの話まで拡がったら、どんどん有耶無耶」
と郁伽。
資格のありなし云々。
それに掛かる慈満寺で起きた事故、そして事件のことを指している。
慈満寺でもそういえば、一部組関係者の話が出ていたような。
だが、安紫会の中で起きたいろいろのことと。
慈満寺の周辺に組関係者の、少々の絡みがあったということはまた別問題なわけで。
「じゃあ、慈満寺関係者の資料はないってこと」
「九十九社は抜いてある。慈満寺に関しては考えもしなかった」
「そっか」
と麗慈。
地面の上に手をついて、座り込んだ。
九十九社単独で行っている血縁関連の調査。
数登は怒留湯基ノ介たちにも話はしたけれど、怒留湯たちは彼らで今アイドル方面へ調査の手を伸ばしている。
血縁に関しては、どうなのか。
「じゃあ、直ちゃんとか」
麗慈。
今、郁伽たちは頭蓋骨の見つかった畑に居る。
「直ちゃんも一応、頭蓋骨を見たよ」
「それはまあ、そうだけれど」
郁伽は苦笑した。
「資料に含める必要性がないわ」
「そう」
「うん」
刑事も改めて聞き込みへ来ている。
三人で固まっているのはもう一人、杝直。
「杝はどう? お姉ちゃんのほう」
郁伽は直へ尋ねた。
「そこそこだが、獅堅の方が元気がない」
「どうして」
「なんかバーチャルアイドルの活動が減っちゃった。それに端を発している」
「そう」
「アバターのフィギュアがあるんだが」
「フィギュア」
郁伽はきょとんとして言った。
直。
「獅堅がよく作っているやつだ。そのフィギュアってのはリアルだ。動画に出てくるバーチャルアイドルはよく動くし、3Dだろう」
「そうね」
郁伽は少々考え込む。
「杝と直ちゃんは、何かバーチャルアイドルのことで知っていることはある?」
「そのバーチャルアイドルの中の人が変わると、どうなるのだろう。逆に質問になるが」
「え」
郁伽はポカンとする。
「どうなるって。どうなるんだろう」
「直が例えば、T―Garmeになったりすることはあるのか」
「ああ」
郁伽は微笑んだ。
だが、少しまた黙った。
「ねえ、その獅堅さんってフィギュアを作っているって言っていたわよね。何か、イベントで主催するようなことはあったりするの」
「ないな」
「そう」
「イベントを主催はしない。最近だと舞台裏のこととか勉強を始めたみたいだ。作るというかモデルはバーチャルアイドルだからな。3Dについてもモデリングとかいろいろあるって、言っていたな」
「イベントとかの方面で、何か詳しいことでもあれば。と思ったんだけれど」
郁伽は考え込む。
「例えばアバターを別の人がやるにしても、それはそれで大変よね」
「それって血縁と何かつながることなの」
と麗慈。
「さあ。でも、私は今まで以上にただ配信するんじゃないっていうか。仮想での配信だからこそ、出来ることと危険な部分がある。ってすごい意識したくらいかな」
「ふうん」
*
資料とサンプル。
多い方がいいかもしれない。
一方で情報はどうだろう。
リアルで触れる部分と、その他で見る情報にはいくらかの溝がある。
それとどう折り合いをつけるかも重要になってくる。
情報といって決して多くはなかった。
資料は多い分、そこから得られるほんの一握り。
そして見えて来ない部分と見えてくる部分と。
サンプルは、依杏は絢月咲と郁伽に手伝ってもらって集めた。
それが改めて解析へ回る。
そして結果が出た。
一段落目。
集めた資料。
絢月咲はまた、取調室に居た。
その向かいは桶結千鉄だ。
「あなたの活動のことですが」
と桶結。
「表向きはアイドル」
「表向きは、ではありません。ただ単純にアイドルですよ」
「アイドルとは異なる点がいくつもある。どの人物が動いていたとしても。視聴者にはそれが見えない、という点です。動きの見えるのはアバターだ。そうでしょう」
絢月咲は口を噤む。
「特にバーチャルでの活動です。私らの署ではあまり取り扱っていない。ので何とも言えませんがね。サイバー空間におけるセキュリティには、特に気を付けて活動をしているはずです。違いますか」
「違いませんけれど」
と絢月咲。
「仰りたいことは何ですか」
「事務所であればその分。特に気を付けている箇所も多いでしょう。あなた方は基本顔出しをしない。というのはそのもの本人の顔で活動をしない。ということです。動くのはアバターだ。セキュリティも厳重とすれば、その裏での活動自体も見えにくい」
「だから。何を仰りたいんです」
「例えば、アバターとしての活動を行っていない時の、あなたの活動です」
「私は今、活動を休止中なのは刑事さんも御存知のはずです」
「ええ」
「それに、私刑事さんには言いませんでしたけれど」
絢月咲は少々後ろへ下がるようにした。
椅子ごと。
「私自身、西耒路署の刑事さんに。手伝っていただいている。それもあなた方に拡がった」
「その件は知っています」
「どうして表向き、とか言われなくちゃならないんです。私自身物がなくなって困っているから刑事さんを頼りました。何でかは分からないけれど、やっぱり盗難だったかもしれないんですから」
「アバターでの活動をしていない時です。表向きのあなた方アイドルの、素顔というのは非常に分かりにくいものになります。ネットでの活動に刑事が介入するというのも。余程のことがない限りはしない。ですがアバター以外の活動で例えば、その盗難があなた方の間で行われているとすれば。どうでしょうか。あるいは薬物の」
「桶結さんは強行犯係のはずですがね」
と数登珊牙。
「オイ何だ」
桶結は思わずといった様子だ。
数登。
「あなたは強行犯係です」
「あんたは葬儀屋だろうに」
「ええ」
数登は苦笑した。
「ですが薬物事案は課が違うはずでは」
「今回のは複雑に事案が絡み合った上で、遺体も出ている。あんたも見ただろう。それに今ここにいるべきは葬儀屋ではないよ」
「ええ、ですから。少し場所を変えましょう」
桶結はきょとんとしている。
怒留湯がドアから顔を出した。
「すまんね。あんまりこういうことしちゃいかんのは、よく分かっているんだけれど」
桶結は溜息をついた。
怒留湯は肩をすくめる。
*
「さて、だ。なくし物がどうとか、九十九社に依頼したそうだがね」
少し広くなったが、取調室ではない。
自販機があり、ガラス張りの窓。
糖類の多い飲み物はない。
西耒路署のとあるスペースだった。




