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24.

 

「だが言いたいことは、俺らとしては何もないんだ。そろそろいいかな」


中逵景三(なかつじけいぞう)は椅子から立ち上がった。


その向かいへ腰掛けていた、杵屋依杏(きねやいあ)


「な、何もお話をしていないです」


「そうは言っても。入海(いりうみ)先生のことについては俺たちの(ほう)で、既に記者たちには話したことだから」


「私たちは、そうじゃなくて」


「いや、そうだろう。入海先生の名前を出したんだ。あんたらは記者連中とつながっていると()ったようなもんだ。そして俺たちは記者連中に話をした」


「入海先生のことではなくて」


「いずれにしろ、疑われるのは真っ平なんだよ。入海の失踪に関わったか? 冗談じゃないな。第一(だいいち)、正規で会うような形ではなく、こうして呼び出された。一体何なんだろうな」


螺良青希(つぶらあおき)も立ち上がった。


中逵。


「前代未聞だろう。第一あなたたちは警察でも何でもない。いきなり来た上に」


「じゃあ」


と言って螺良は行こうとする。


九十九(つくも)社とやらについては。上に報告をさせてもらおう」


中逵はそう言った。


依杏はかぶりを振った。


「私たち記者さんとは、あまり関係がないんです」


立ち上がって、螺良(つぶら)へ言う。


「関係があろうがなかろうがだよ」


「葬儀屋というのはそうです。葬儀屋の私たちには、なかなか問題を解決出来る能力がなくて」


「今の状況を作っているのもそうだ。出来ないとすれば、そうだろうな」


郁伽(いくか)が今度はムッとする番だったが、抑えている。


「例えば、どこか専門に特化した(かた)の協力を得ないといけないと。思ってお話を聞きたかったんです。それでここに居ます」


依杏は言った。


中逵と螺良。


依杏は席に腰掛ける。


「考えがあるのは、そうだろうけれどね」


螺良がそう言った。


「私たちは記者さんとは関係なく、お話を伺いたい。とある個人的な依頼をされているんです。あまり詳しくはお話出来なくても」


「そういう詳しいお話が出来ないとかなんとかが、余計に引き留めている感じに聞こえるよ」


「そうですか」


「そうだよ。で、個人的な依頼だから何? 俺たちには関係がない」


「分かっています。ただ劒物(けんもつ)大学病院のどなたか。医師の(かた)の専門であれば、特化していてかつ、実際に研究と実地でなされている分野が多いと思ったんです。個人的な依頼なんです。ですが受けた依頼について、より深く調べるためには、特化した知識は必要だと思っていて」


螺良はかぶりを振った。


「ええと」


依杏は言いづらそうにした。


「率直に言います。どなたかバーチャルアイドルに詳しい(かた)が、いらっしゃったら」


八重嶌郁伽(やえしまいくか)も中逵も、螺良も眼を丸くした。


郁伽は慌てているが、抑えている。


(なん)だって」


言ったのは螺良だ。


「ですからバーチャルアイドル」


「それで専門分野!?」


「ええと。そうなんです」


「専門分野って、例えばどこの」


中逵が言った。


いつの間にか腰掛けて、その眉をひそめて依杏を見つめている。


「え、ええと」


依杏は言葉に詰まった。


郁伽は(われ)に返ったように依杏を見た。


慌てた様子で。


ただ、少し小声。


杵屋(きねや)の専門分野の話って。絢月咲(あがさ)とかバーチャルアイドルということで、お医者さんの知恵を借りたくて、わざわざここへ来たっての!?」


「ち、違います!」


依杏は思い切りかぶりを振った。


「何が違うの」


「う、上手く言えないんですけれど」


依杏の声は普通のトーンになっていた。


中逵が引き取って言う。


「いや。確かにバーチャルアイドルといえば、専門分野は必要かもしれないな」


依杏と郁伽は眼を丸くした。


先程から螺良は眼を丸くしっぱなしである。


(なに)それどういうこと? お前(はなし)に乗るのか」


「乗るのかというより」


中逵はテーブルの上で手を組んだ。


螺良は唖然とした様子だ。


依杏も螺良の唖然とした態度に、同感だった。

だが頭の中でかぶりを振った。

専門分野の知識が必要なことは、自分の中では間違いないはずだ。

どう訊けばいいだろう。

中逵の様子を見ていれば「バーチャルアイドル」という単語を、出した時点でその(まえ)(あと)で全く態度が違う。

何か引っかかりがある。

態度を見ていればそう思える。

依杏は黙っていた。







中逵(なかつじ)はテーブルの上で手を組んだまま、何事か考えている。


「おい」


螺良がそう言った。


中逵が返す。


「聞いているよ。だが少し考えさせろ」


「何を考えるんだ。こいつら相手に」


中逵は郁伽たちへ振った。


「例えば視覚か聴覚か? 眼科はうちにないけれど、何か眼の研究のこととかであれば扱える。そんな感じだろうか」


依杏と郁伽は眼をぱちくり。

郁伽は依杏を見たが、ただかぶりを振っただけだった。

再度小声で。


「どう」


「少しずつ本題寄りな気がします」


「そう」


郁伽は中逵へ。


「あの、中逵さんでよろしいですか?」


中逵は白衣やシャツのポケットに手を突っ込む。

だが自ら求めている物が出て来ない様子だ。

出たのはメモ帳とペンだった。

破り、それにさらさらと書いた。


「そう。あいにく何もない。のでこれで」


名前がフルネームで書かれた。中逵景三。


依杏(いあ)へ渡される。


「俺は内科だけれど」


依杏と郁伽は黙って肯いた。


「どんな話なら分かる。専門分野といって、例えばバーチャルアイドルに関するものといえば。何か研究に近いものかな」


依杏は戸惑った。


だが言う。


「あの」


「うん」


「中逵さんはバーチャルアイドル、お詳しいのでしょうか」


「いや、何かどっかのバーチャルアイドルが西耒路(さいらいじ)署で、イベントをやったって噂になっていて。事実うちの医師で若い奴は、何人か詳しいのがいる。な?」


中逵は螺良に言った。


螺良は、呆れた様子で中逵を見つめる。


「あのさ」


螺良は依杏に言った。


「入海のこととか、俺たちのことを正式な方法でもないのに疑ったりとか。そういうことではないの」


「そういうことではないです」


「それでバーチャルアイドルと、専門分野なのか?」


「そうです」


「どんどん()れている気がする」


依杏はかぶりを振った。


螺良は相変わらず呆れた様子で、依杏と中逵を見つめる。


郁伽は依杏を小突いた。


「ねえ」


小声だ。


「はい」


「情報漏れているんじゃない? 絢月咲は箝口令だって云っていたけれど」


郁伽が依杏へささやいた。


「そうですね」







確かに郁伽(いくか)のはそうだ。

箝口令とはバーチャルアイドルのこと。

更に企画動画の内容についてである。


動画の企画内容や開催場所、そして配信相手の内容については、絢月咲の話から機密情報として、例え同じバーチャルアイドル間であっても伏せる場合があるということを聞いていた。

いま劒物(けんもつ)大学病院へ来て、医師の中逵(なかつじ)螺良(つぶら)に話を聞いている同日。

その少し前の時間には、依杏と郁伽は絢月咲の自宅へ寄っていた。

絢月咲から箝口令の話を聞いたのだ。


依杏は西耒路署の刑事たちが、安紫会の事務所へガサ入れに行ったことを知っていた。


Se-ATrec(シーアトレック)というバーチャルアイドルが居て、そのアイドルが西耒路(さいらいじ)署の刑事たち向けに動画を配信した。西耒路署の面々は安紫(あんじ)会の事務所で、その動画を視聴した」


ということを知っていた。

絢月咲への機密情報としては「西耒路署」が該当する。

どの署で企画をやったかというのは、同じバーチャルアイドル間でも箝口令として、絢月咲(あがさ)に伝えられていなかったのだ。


だけれど表向きには、どのバーチャルアイドルが企画をしたか。

どの警察署へ向けた企画かという情報。

その両方が伏せられていたはずなのだ。

絢月咲の言う箝口令を、そのままの意味で受け取った場合である。







「あの」


依杏は言った。

螺良は依杏から眼を逸らした。

というより呆れて話へ、参加したくないようである。

依杏は中逵を見た。


「何?」


中逵がそう言った。


「中逵さんでよろしいですか」


「だからさっきそう言ったよ」


「そ、そうですね。出来ればなんですが」


「専門分野の話」


「はい」


「さっき言った研究分野とかそんな感じでいいの? ではどの感じだろうか」


「ええと。例えば、聴覚とか」


中逵は少々考えこむようにした。


依杏は続けて尋ねる。


「少し話は()れますが」


「何?」


中逵は少々苛立った様子だが、そう返した。


依杏。


「あの、イベントの件はどのように情報を」


「記者の奴にもそれは云われたよ」


中逵は呆れた様子で言った。


「あのね、西耒路署とつながりがなくもない。うちの病院」


西耒路署とのつながりから自然、少しずつ伝わったということだろうか。


螺良が口を開いた。


「じゃあなんだ。専門分野であれば、視覚はいいのか。(なん)か聴くが何も見ないとかな」


中逵は苦笑する。


「どっちもなんじゃないか」


依杏は少々慌てた。


「出来れば聴覚で、そこが今のところ専門分野になると思うんです」













更に二日が経過した。

杵屋依杏(きねやいあ)と、八重嶌郁伽(やえしまいくか)劒物(けんもつ)大学病院を訪れての二日。

数登珊牙(すとうさんが)安紫(あんじ)会の事務所へ、若頭(わかがしら)を訪ねたのはこの日より三日前。

数登は偶然にもというべきか(いな)か、話題へ出た入海暁一(いりうみあきかず)には、事務所で会う形になった。


その一日後に劒物大学病院。

依杏と郁伽は行って、なんとか中逵(なかつじ)螺良(つぶら)に会った。


郁伽だけは、安紫会の事務所を訪れていない。

事務所のことに関しては、郁伽はあまり直接の把握をしていない。

数登と依杏からの話だけで把握をしていた。


そして今日。

九十九(つくも)社へ直接、連絡が入った。

依杏と郁伽が病院を訪れての二日。


電話を掛けて来たのは、話題の最中(さいちゅう)に常時呆れた表情を向けて来た螺良だった。

最初、電話を取ったのは定金鴻(さだかねさとる)

数登にとっては上司にあたる人物。

定金は普段から、九十九(つくも)社の社員を全般にわたって見ている立場にある。

数登は以前に、音楽プロデューサーだった故人を偲ぶ会というので。

その会場で一騒動、打ったことがある。


定金としては、音楽プロデューサーである故人を偲ぶ会以前に。

数登の十八番(おはこ)である「個人的な何かしらの依頼を受ける」ということに対して。

「困ったなあ」という顔をする人だった。

だが、定金は最近の数登の行動について、あまり把握をしていなかった。

安紫会の事務所の件などに関しても、あまり知らずに居た。

数登自身、あまり調査に関して定金に伝えないのである。

定金(さだかね)は流れて来た数登の行動をキャッチして、再度「困ったなあ」という顔をするのが日常だった。


電話を受けた際。

何か法要の依頼でもなく、大学病院からだったのだ。

定金は「ハテナ」という顔を(ほか)の社員に向け、更に別の社員へ電話がわたった。

最終的に郁伽の元へ、受話器が来た。







「劒物大学病院ですけれど」


螺良青希(つぶらあおき)がそう言った。


郁伽は返す。


「螺良さん、ですよね? 先日はありがとうございました」


「九十九社さんでいいんだよね? ここは」


「そうです」


「随分電話を替わったような気がするけれど」


「すいません」


郁伽は苦笑して言った。


「うちの上司が慌ててしまって」


「なんだよそれ」


「あまり、先日のことは表立ったものではなかったので」


「何か個人的依頼に関するものだったって。云っていた」


「そうなんです」


「情報は役に立ったの? 中逵さんが主に取り合った件だ」


郁伽と依杏はあの後、中逵を筆頭にして院内を歩き回った。

何かバーチャルアイドルに関することだ、というのでは憚られた。

それは病院側へ、何かしらの情報を開示するという意味においてだ。

だからきちんとした研究見学の、一環という名目で通してもらうことにした。

財布あり。


そこは聴覚分野に関する研究室だった。

依杏としては、その研究室に入った時点で、頭の中でぼんやりしていたものが形を取りつつあった。

幸い、依杏の持ち物にはこの時のためにか、ノートパソコンもあった。

依杏の頭で形を取ったものが研究室に行きついて、依杏は自分で()っておいた資料などを、その研究室に居た医師に渡した。

医師兼研究熱心な人へ。







郁伽は言った。


「その時のことは杵屋(きねや)が」


「いや、それはいい」


螺良はそう返す。


郁伽。


「いいんでしょうか」


「役に立てたということで捉えておく。それより伝えることがある。整形外科の話」


「整形外科」


郁伽は眼をぱちくり。


「ところで何でうちへ電話を?」


入海(いりうみ)の件だ」


「え」


「入海。整形外科というか病院自体へ顔を出していない。何か訊いていないか」


「え……」


郁伽は言葉に詰まっている。

依杏は、今この場に居ない。

依杏は外回りで、これまた仏具のカタログの件について印刷屋にアドバイスを賜りに行っていた。

数登(すとう)がやって来た。


「ど、珊牙(さんが)さん」


言って、郁伽は数登へ受話器を渡す。


数登は話を始めた。


「入海先生の件です」


螺良はそう言った。


数登。


「ええ。先日僕はお会いしたばかりですが」


「そうでしたか」


何言(なんこと)か言葉を()わした。


螺良が言う。


「入海は安紫会の事務所へ、往診へ行った後から」


「ええ」


「いろいろあったんです。病院側としても対応を考えあぐねまして」


「それは入海先生の実働時間のことですね」


「そうです」


「事情はこちらでも伺っております」


「そうでしたか」


「それで」


「なるべく休みを取らせていたそうですが」


「なるほど」


「ええ。それで……」


「今は」


「いないんです。連絡をしても、何も誰も」


「折り返しがないと」


「はい」


「入海先生のご自宅へ確認は」


「以前も何か荒らされていたという話を、うちとしては聞いております」


「ええ。西耒路(さいらいじ)署の刑事さん(がた)から連絡は。何かありましたか」


「いえまだ何も」


「なるほど」


数登は郁伽を見た。


「行けますか?」


「行けます」


郁伽は肯いた。


「今から僕らで向かいます」













依杏(いあ)は外回りのついでに、清水之暖(しみずゆきはる)へ連絡を取ってみていた。

サンプルの件。

そして劒物大学病院で得た情報のこと。

入海の自宅は荒らされていたのだという。

安紫会の事務所で失踪した時からの五日の間に、荒らされたと想定されるもの。

清水や告船灯(つがふねあかし)西耒路(さいらいじ)署の鑑識は、その際入海の荒らされていたという部屋へ繰り出して、何かしらを収集していたという。


白い糸。

それは神経や筋肉の筋だけではない。

それだけではなくて、糸としてのイメージとするのであれば。

例えば、糸そのものであれば何か結んだりすることにも、使うことが可能だ。

今の場合、それはあくまでも表現の域を出ない。

依杏にとっては、清水の言うサンプルの正体不明というものが、頭の中で予想として形を取りつつある。













社用車。

九十九(つくも)社の社用車というのは、一体全体が何台も黒い。

それは葬儀屋というイメージの固定で、黒い色が選ばれているのかもしれない。

そこはそうかもしれないが、数登(すとう)自身の好みの車種はまた別に固定されている。

だが今の場合、とにかく()いているものに乗り込んだ。

急いだ。

数登と郁伽の二人である。


「入海先生は」


郁伽(いくか)は呼吸を一つ一つ挟む。


そうしながら言う。


「お休みでした。杵屋(きねや)と行った時に」


運転席の数登。


劒物(けんもつ)大学病院へですね」


アクセルの踏み方が荒く、車体は一時ガクッと傾きをつけた。

郁伽は一時つんのめる。シートベルトを忘れた。

後部座席。

出た車。


「そ、そうです病院へ行った時です」


「その前日、僕は一度入海先生へお会いしています」


「なんでまた入海先生は組事務所へ……」


数登は自分で、言ったように組事務所。

この場合は安紫(あんじ)会の事務所へだ。

そこへ訪れて入海と会ったのである。


「入海先生ご自身で何か、用があったのは間違いなさそうです。入海先生とお会いする(ほう)を優先されて、僕は若頭(わかがしら)に部屋から追い出されてしまいましたからね」


「若頭に話は聞けたんですか」


「ええ。そこは大丈夫でした」


「それでも追い出されたんですね」


「アポなし訪問でしたから」


「でも、でも」


郁伽はかぶりを振る。


「事務所に行く前に、リスクとか想定してなくちゃおかしくありませんか!?」


「確かにね」


「入海先生ですよ」


「ええ」


数登はどんどんスピードを上げている。

郁伽の顔はひやひやしている様子。

車で行くにはなかなか、入り組む通りなので回り道が多くなる。

時間も掛かる。

それもあってスピードが今こうなのかもしれない。

郁伽が動揺しているのは表情からも明らかで。

速度というのは法定内か(いな)かに関わらず、出過ぎると怖いものだ。







「杵屋へ連絡入れました?」


郁伽がそう、やっとの様子で言った。


「いえ。郁伽さんが」


郁伽自身が連絡を入れろということなのだろう。


数登に向かって郁伽は眼をぱちくりしたが。


「あ、そうですね」


信号。ブレーキ。


シートベルトがあったのでよかった。


「杵屋も今から向かうって」


「なるほど」













着いた。

沢山の刑事たちだ。

大きさはそれほどない。

一軒家が住まいだったようだ。

入海(いりうみ)と表札に出ている。

中へ入った数登と郁伽。

そこはもぬけの殻。

ただ一点目立つものがあった。血の痕だ。


数名と押し合いになった。

というか刑事に呼ばれもしないのに、自発的に来たためというのもある。

数登と郁伽は九十九(つくも)社なのだ。

数登はしきりに中を見て回っていた。

咎める者がない。

静かな慌てた感じが、より物々しさを生む空間。

郁伽はひたすら血の痕を見つめていた。

その眼が離せない様子だ。







「どうして」


「言っても始まりません」


「そ、そうですけれど」


「先日の劒物大学病院は」


「え」


「先日はどうだったんです」


「い、入海先生はいなくて」


ついていた赤。

それは服の血痕だ。

郁伽は持ち上げようとするが、その時初めて刑事に止められる。


「その前日も休みだったって、珊牙(さんが)さんあたしに連絡を」


「ええ」


やがてドヤドヤと人が増えて来た。

一軒家ということであまり遠慮がないのかもしれない。

縦に狭いこの家では、一階だけではなく二階もあるようだ。


「リスクは想定していない」


数登がそう言う。


「それどころか」


言ったのは怒留湯基ノ介(ぬるゆきのすけ)だった。

西耒路(さいらいじ)署の強行犯係も、今しがた到着したということだろう。

数登は返した。


「遅かったですね」


「ちょっとね。いろいろ確かめたいことがあるんだけれど。家の中に誰かの頭があったなんてことはないよな?」


「それはまだ。僕たちも来たばかりです」


数登は周囲へ眼をやった。


「僕らより前に、いらした刑事さん(がた)のほうが。お詳しいかと」


「そりゃそうだな」


怒留湯は数登の隣へ来ていた。

そのまま、ずんずんと部屋の中を歩き始めた。

キッチンに居間に戸棚に食器棚。

テーブル。

荒らされていたのは一階である。

衣服が散乱しているのも居間。







「二階はまだ確認、していないんだよね」


怒留湯が大声で数登へ尋ねる。

数登は肯いた。

桶結千鉄(おけゆいちかね)もやって来た。

怒留湯の話を聞いたからか、逆の方向へ行った。

二階へ行くということだろう。


「頭って」


郁伽は動揺した様子で言う。


「頭ってなんですか」


怒留湯は郁伽をスルーした。


「盗まれたものは何かあった?」


(いま)確認中ですが我々、家の詳細まで把握させていただいたわけでは」


「だよな」


怒留湯は他の捜査員と話をしている。


「頭というのは恐らく」


数登が郁伽に言う。


「先日の他殺体のことを仰ったのか。あるいは、(いま)姿の見えない家の主のものを言っているのか」


郁伽はかぶりを振る。


「事件ですよね」


数登は黙っている。


やがて言った。


「郁伽さんたちは、先日劒物大学病院へ行かれた」


「は、はい」


「それは賢明だったのかもしれません」


「え」


郁伽は眼をぱちくり。













頭は結局見つからなかった。

盗られたものがあったのかどうか。

それも定かではない。


西耒路(さいらいじ)署へ、ディアと郁伽さんが行かなかったのは賢明でしたね」


数登は言った。


だが今は西耒路署である。


「大学病院へは正面突破ではありませんでした」


依杏がそう言う。


「ええ」


数登。


「訊きに、行ったのはバーチャルアイドルのことで」


「ええ」


「あたしあの。いろいろ一人で収集していたものがあったんです」


依杏はノートパソコンを取り出す。


「安紫会の事務所にガサ入れへ、珊牙(さんが)さんと一緒に行った時に」


「清水さんの、サンプルの話はもう聞いたのよね」


郁伽(いくか)は尋ねる。


依杏は肯いた。


「スマホに一応、いろいろ保存していたんです。あの、最近なんかだといろいろ高度に解析とかも出来るようになってきていて」


「この(あいだ)劒物(けんもつ)大学病院の話、よね」


「そうです。認証システムっていうのは、年々各段に上がって来ているっていう」


依杏(いあ)はファイルを開いた。


「とかいうことでした。だからスマホで保存していたやつでも、一応解析を頼んでみたんです。今はこっちに」


「データの欠如などについては、どうだったのでしょう」


数登はそう尋ねる。


「一応大きい欠損はしていませんでした。だからもちろん有料ですけれど、九十九社の案件ってことで回してもらえたんです」


「ちなみに結果は、少し時間が掛かるっていう話でした」


郁伽は言った。


数登。


「なるほど。では僕の方も少々答え合わせをしましょうか」


依杏と郁伽は顔を見合わせる。


(なん)の答え合わせですか」


「アツはバーチャルアイドルと面識がないそうです。一方で、ディアと郁伽さんには面識がある」


賀籠六絢月咲(かごろくあがさ)くらいですけれどね」


郁伽が言い添えた。


「ええ。そして僕もまた面識はありません。一方で入海先生との面識はあります。そして若頭とも」


「若頭っていうのは安紫会のってことですよね」


「そう。安紫(あんじ)会は若頭の伊豆蔵蒼士(いずくらそうじ)さんです。蒼と書く。僕がビニールハウス以外で受けた、依頼のことを憶えていますか?」


「それが今DNA鑑定に回っていて、珊牙さんは。私たちはおろか畑の所有者さんにも結果を教えてくれていない」


「ええ」


数登は微笑んだ。

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