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19.

西耒路(さいらいじ)署。

その日の署だ。

時間帯は午後である。

時間に関しては、大幅に逆戻りをしている。

釆原凰介(うねはらおうすけ)と、入海暁一(いりうみあきかず)が話し込んで夜になった。

その時間からの、逆戻りである。


取調室。

逮捕者。

西耒路署の刑事たちは忙しい。

てんやわんやは続いている。

下火になったのは報道のみ。

だが抗争の件がなくなった、というわけではなく。


西耒路署の管轄内に、安紫(あんじ)会がある。

そのためどうしても、署としては忙しくなるのだ。

抗争に関わっていたけれど、逃れていた組員は捕まり。

その組員に話を訊くために、取調室の確保が()る。

だが捕まる組員の数が多いのだ。

何しろ組員ほぼ総出で、抗争に当たったらしい。

あくまでも噂だ。

数が多いので刑事たちも、取調室の確保に忙しくなる。

怒留湯基ノ介(ぬるゆきのすけ)もその一人だ。







取調室は、それほど広さのない部屋が多い。

三、四人入ることが出来れば()い方である。

ただ広めの、取調室もいくつか確保をしてある。

洋見仁重(なだみとよしげ)は、デンと構えて座っている。

さも「部屋の重鎮(じゅうちん)」という雰囲気である。


洋見は慣れている。

というのは、彼は何回か西耒路署にお世話になっているためだった。

喧嘩っ早く、着ているスーツが派手である。

そんなパーソナリティ。

だから、西耒路署のマル暴の間では「派手(はで)」の名で(とお)っている。


取調室に慣れているのか()()り返る姿勢を崩さない。

その態度は、より刑事たちを困らせるものでもあった。

この広めの、取調室には(ほか)にも二人が居た。

だが返された。

今は洋見だけが、そこへ踏ん反り返っているのである。


洋見は、安紫会の幹部候補である。

だが喧嘩っ早いので、()の組員から眼を付けられやすい。

それは今回の抗争の件でもそうだったようだ。







親分は親分で立場上、署に行くのはそうなる。

抗争が起きたからという理由だ。

親玉は組員が何かしでかせば署に行くのである。

ということで、先程まで居た。

鮫淵柊翠(さめぶちしゅうすい)、親分の名前だ。

しかし彼自身には抗争に、参加出来る余裕がなかった。


遠く離れた地に()て、そこで焼物の取引をしていた。

それは鮫淵にとって、曲げられない事実なのだった。

一方、安紫(あんじ)会の若頭(わかがしら)

彼は襲撃を受けたために抗争では、攻撃側ではない。

ので、返されたというのはその二人である。

安紫会の親分と若頭が返された。

若頭の名前は、伊豆蔵蒼士(いずくらそうじ)


洋見の態度は変わらない。

彼の話す内容も変わらなかった。

怒留湯基ノ介(ぬるゆきのすけ)は困り果てた。

それは鮫淵(さめぶち)や伊豆蔵についても、同様のこと。


だが、洋見はそういかない。

安紫会に襲撃をかけた阿麻橘(あおきつ)組は、洋見に対して疑いの眼を向けていたから。







怒留湯は、安紫会の事務所で起こった盗難の件で、そのガサ入れに参加。

その時一度、抗争直後の洋見と若頭(わかがしら)に話を訊いている。


今、怒留湯は取調室とは別の場所に居た。

その別の部屋で、事務所を張っていた時の資料などをまとめている。

入海暁一(いりうみあきかず)

映像にて事務所塀の外側から、彼を観察していた時のこと。

正確に言うと、安紫会の組員を張っていたのであるが。

そういったものをまとめたり、あるいはまとめなかったり。







選択肢は自然と


「じゃあ事務所へ戻っていいよ」


となった。


何日も置いていても、何も変わらぬ態度。

ならば襲撃されたり関わっていない者に関しては、事務所へ返すしかない。

何しろ安紫会では部屋住みが多いのである。







正確に言うとマル暴ではない。

怒留湯は強行犯係だ。

抗争の他にも関わっている事件はある。


書類仕事。

入海の映像についてメモしているもの。

それについては別にしておいた。

怒留湯はメモを見つめている。







取調に今は、桶結千鉄(おけゆいちかね)()っている。

彼は怒留湯の相棒だ。

抗争の件にも関わっている。

桶結が戻って来た。


「どうだった?」


「洋見は相変わらずですね」


「そうか」


怒留湯は頭を()いた。







桶結は(いま)ハードコンタクトレンズ、ではなく眼鏡だ。

署では眼鏡で(とお)っている彼。

動く時、外出時は常にハードコンタクトレンズ着用。


怒留湯はコンタクトレンズが苦手だ。

眼に、異物が入るのが怖いのである。

かといって、自身(じしん)眼がそれほど良い訳ではない。







全ては敵対組織との間で起きたこととすれば、警察としても楽である。

楽というのは言い過ぎかもしれないが。

だが単に衝突として一絡(ひとから)げにすることで、細かい問題を見ずに盗難のことも失踪のことも片付けてしまう。

そうすれば、段落をつけて別の捜査へ時間を()てることが出来る。


入海はもう戻っては来ないかもしれない。

そんな憶測も(ささや)かれつつある。

何しろこの日は、入海の失踪から五日が経過していた。

劒物(けんもつ)大学病院側にも、大きな動きは見られない。

それは西耒路署も同じだ。

捜査をしていないわけではない。


怒留湯は立ちあがった。

桶結と一緒に、阿麻橘(あおきつ)組の取調の方へ(あし)を向けてみる。

騒ぎが大きい。

大声が何回も聞こえてくる。

安紫会の取調側は大人しい一方で、阿麻橘組としては「洋見を吊るせ」という状況である。







怒留湯は桶結へ尋ねた。


「入海先生の自宅には、誰か()っているの?」


「いや、誰も行っていませんよ。現時点ではね。入海(いりうみ)自体の足取りも、何も掴めないままです」


今の午後の時点では、入海の行方(ゆくえ)は西耒路署に情報として入ってきていない。


「そろそろさあ。自宅を張っておいてもいいかもしれないよ。失踪って言ってもこれだけ足取りが掴めないんならね。そりゃ最悪の場合もあるし。更に。俺の考えとしてはもう一つ」


(なん)でしょうね」


「入海先生自身の意思で、足取りの掴めない場所を選んでいる。そんで俺たちの間をすり抜けているという可能性」


「医師でしょう。そういう分野のプロじゃないと思いますがね」


「少なくとも俺はまださ。入海が生きているんじゃないかなって思っているだけ」


「希望的観測ですかね」


「そうなる。黙って自宅に戻っていれば、それは御の字。あとは別の安紫会のゴタゴタを俺ら片付けていけば、いいんだ。そうだろう」


「そもそも、俺らをすり抜ける理由はあるんでしょうかね。入海さんは。そうしていたとすれば逆に、(あし)が付きそうなもんですがね」


「理由というかまあね。一応、俺ら安紫会の事務所を張っていたでしょう」


「ええ」


「安紫会の事務所の往診へ行くなんてさ。劒物(けんもつ)大学病院もまあこう言っちゃなんだが。断る病院だってあるんじゃないかなあ。大抵は断りそうなもんだ」


「それはまあ。それぞれ病院側の方針によるところもあるでしょう」


「だからね。安紫会側からの往診の依頼を断らなかった。そういう部分で、何か病院側へメリットが発生していたとすればだ。誰にだかは知らないけれど」


と言ったが、怒留湯は考え込んだ。


「希望的観測すぎるかな」


「そうっすね」


「他殺体の件はどうなの」


「切り口らしいですよ」


「切り口ですっていうと?」


「安紫会の事務所で見つかった、回線の切り口」


「ああ、庭で見つかったやつだね。オケが見つけたやつね」


「ええ。その件も含めて鑑定に回っているはずですよ」


「押収した武器類との、照合も含めてかな」


「そうなります」


「よし行ってみよう」


「DNA鑑定のこともあります」


「そう。頭蓋骨もだ。ただそっちはまだ判定には日数がある」


「あと少しだと」


「そうかい」







「どうもねえ。違うみたいなんです」


清水颯斗(しみずはやと)が言った。


西耒路(さいらいじ)署の鑑識の一人である。


「違うっていうと何が」


怒留湯は(たず)ねた。


「こちらにあります」


清水は言って示す。


「こちら? うん見るよ。で、どんな感じに違うの」







画面。

その画面上には様々置いてある。

そこそこの広さの部屋。

デスクがある。押収品がある。

鋭利な刃物はとても目立つ。

何本かコードの、サンプルのようなもの。

色とりどりだ。


歯朶尾灯(しだおあかし)

彼もまた鑑識である。

何やら声を出しながら、いま怒留湯たちの()る部屋の中を動いてみている。

その手に刃物を持つこともあれば、何本かコードを持つこともあった。

えいや、とかやりながらである。

多少、周囲には危険かもしれない。

鋭利な刃物なのである。


デスクの上にはパソコン。

歯朶尾のパソコンの画面もまた、何やら写真でいっぱいだ。

その都度、歯朶尾はパソコンの画面と押収品の間を行ったり来たりする。

実物の押収品と、画面の写真を行ったり来たりだ。







清水はパソコンの前へ、固定で居る。


「今シダもやっているように」


清水はそう続けた。


怒留湯(ぬるゆ)はツッコむ。


「何か、よく分からない動きにしか見えない。俺にはだ」


「私にもですがね」


「で、何が違うんだい」


「切り口が違うんです」


清水が画面を示す。


続けた。


「確か阿麻橘組の()うには、()ったのは洋見(なだみ)だっていう話だった。俺らもそうなんじゃないかって線で、考えていました」


「うん。そうだね」


「洋見は幹部候補だが喧嘩っ早いので有名です」


「そうだな」


「ただ。洋見が殺ったっていう事実を掴むには。(なん)の根拠もないんです」


「阿麻橘組がそう云っているだけだもの。今のところはね。根拠は想定でしかない」


「そうでもなくなってきました。画面でもそうなんです」


「それで、切り口?」


桶結(おけゆい)も画面を見ながらポツリ言う。







切り口というのは主に、体表面のもの。

怒留湯は眼を背けたくなる。

痛々しいのだ。

だが見ないわけにはいかない。

他殺体として出た、阿麻橘組の組員の遺体表面だ。

全体の画と、それから一部を拡大したのが数枚。

ただただ傷痕が痛々しい。

時間が経った後に撮影されたからであろう。


「遺体をこの部屋なんかへ、置いとくわけにもいきませんでね」


「そりゃそうだよ。ちゃんと、ご遺体として埋葬して荼毘(だび)()した。ただ」


「ええ」


「頭の部分は見つかっていない。でしょう」


「ええ」







遺体の他にも画像はある。

桶結が事務所にて既に発見していたもの。

庭でだ。

夜のガサ入れで発見された、庭にあった切れたコードの写真。


「薬物銃器対策の奴らに許可は得ていますよ。だから沢山ここへ武器がある」


清水は補足する。


怒留湯は言った。


「清水さんの()うね、洋見が殺ったか(いな)かの根拠っていうのは、要するに。ここにある武器はぜーんぶ安紫会の事務所から押収した。そういうことだな」


「安紫会の奴らが持っていたとか、事務所にあったものです」


「うん」


「それでね。写真にある傷口と照合してみたんです。押収品の切れる部分。その一つ一つと」


「なるほど。それで」


「合わないんです」


「切り口がかい」


「ええ」


「てことは」


そっと触れれば写真は各々(おのおの)動いて移動する。


手前へ持って来た。


それはコードの切り口の写真である。


「オケのコードだな」


「いや別に俺のコードじゃありませんよ」


「じゃあオケが見つけたやつって言うよ」


「そうすね」







写真。

ライトが当たっているために周辺が明るすぎる。

夜間撮影されたものであるということは明白だ。

小さな緑の草花(くさばな)も写り込んでいる、壁際の写真。


「写真のコードも切り口が、どうだなんだって()ったよな」


怒留湯は清水に言う。


「ええ」


「その切り口も今、押収している刃物(はもの)っぽいものと合わないと」


「そうなんです。そのコードが自然に切れたというのは考えにくいんだ」


「俺もそう思っていました」


桶結も補足した。


怒留湯は続ける。


「仮に押収品でコードを切った場合に、その切り口が合わない」


「ええ。何しろ押収品にはね、安紫会の組員で(いま)署にいる奴のは全部入っています」


「事務所が丸腰だな」


と怒留湯はツッコんだ。


「全部はと言っても、全部とは言い切れないかもしれないでしょう」


桶結(おけゆい)は怒留湯に言った。


怒留湯はきょとんとする。


「言い切れないと云うと」


「例えばミサイルとかもある。そういう話でしたよ」


「そんなもん押収したら爆発物処理班も動かなきゃな」


「そのミサイル搭載って、事務所にって話です。ただ冗談なんでしょう。俺も半信半疑でね」


桶結は言った。


「事務所のどこかにあるよってのは、あくまでも噂という話で聞いているよ。実際、今回の抗争では使われなかったし。そうだろう」


怒留湯は清水へ振る。


「ああ、押収物にミサイルはないですよもちろん。よく見れば分かります」


「よく見なくても分かる」


「で、私の言いたいことはですね」


清水は言い()えた。


「あなた(がた)の話の脱線を戻す、ならこうですよ」


歯朶尾(しだお)もわきから割って入る。


「清水さんはこう云いたい。それは俺も含めてです。安紫会から押収した武器類と、遺体の切り口やコードが合わないんです。てことは、要するに安紫会の組員がこれらの遺体やコードを切ったとするでしょう」


洋見(なだみ)が切ったんじゃ。ってことも含めてな」


桶結(おけゆい)が言った。


「そう。洋見も安紫(あんじ)会の組員です。その、安紫会の組員たちが何か切ったんじゃないか。とかいう話と関わりが、少し薄くなる可能性が出て来たってことで」


歯朶尾(しだお)は言う。


桶結は返す。


「あくまで組員と、安紫会の事務所から押収した武器だろう。それがこの部屋にあるだけだ。実際にはもっと持っているかもしれないし、全てとは言い切れない。そう俺は思うがね。ただ、根拠も何もなく『洋見が()った』とは言い切れなくなるのは分かる」


「そうだね」


言って、怒留湯(ぬるゆ)は考え込む。


桶結は怒留湯へ。


「洋見って、何か接触あったとかいう話あるんでしょうか? ()られた力江航靖(りきえこうせい)側と」


「それなんだけれどさ」


怒留湯は頭を()いた。


「洋見と力江っていうより、接触の話でまずやっておきたいのは、洋見と入海(いりうみ)なんだよ」


「死んだのは力江の方が先でしょう」


「おいおい入海は死んでないだろう」


「いや五日も見つかっていないから」


「そうなんだけれどさ」


入海の行方を怒留湯たちはまだ知っていない。


この時点では。


「入海が死んだとまだ決まったわけじゃないだろう」


「それもそうですがね」


「俺の言いたいのは、接触の話なのよ」


「ああ、それって」


桶結はちょっと(あいだ)を置いた。


「あの時。事務所と入海を張っていた時ですね」


「そうそう。その話だ。あとで数登(すとう)さんと釆原(うねはら)記者殿にも共有しようと、思っているんだ」


桶結は眼をぱちくり。


「と言うと」


「俺の記憶とカンと映像を元に書き出したメモより。その話だ。映像提供元は菊壽(きくじゅ)記者殿」


「随分と記者殿が出るんですな」


清水が今度は眼をぱちくり。


「桶結さんって記者とも()むんですね」


歯朶尾がすねたように言う。


怒留湯がツッコんだ。


「俺、オケじゃないけれど炎谷(ぬくたに)にも同じこと言われたよ。デジャブだな」


桶結も加勢。


「事情が事情だ。状況がそうなってしまった。記者殿だが今のところ不利益は(こうむ)っていない」


「警察の情報抜いたりしていないんですか」


「少なくともまだ、やられてはいない」


「で、そのメモよりの話ってのは(なん)だったんです」


歯朶尾は怒留湯へ振った。


「洋見はね、入海へ何か渡そうとしていた。俺はそう思う。ただ釆原記者殿の見解は違うかもしれないが」


「渡そうとしていた」


歯朶尾は考え込む。


「そこに力江とか抗争とか絡んできます?」


「そこまではまだ話は、飛ばない」


「飛ばないとしてもね、私の方も少しお話したいことがありまして」


少し眉をしかめて歯朶尾を見た清水。そう言った。


怒留湯は清水へきょとんとして尋ねる。


「それは抗争の話と絡むのかい」


清水。


「安紫会にはご法度(はっと)がありますよね」


「ああ。鮫淵(さめぶち)親分がご法度だと言っているやつだな」


「そうです」


「それってさ、俺的に考えればね、親分として組の恰好をつけたいからかなあとか思ったりするよ」


「そうですか」


「親分から話を()いた感じではね。鮫淵自身が言っていたのは、組員たちにはしっかり頭を使ってシノギをして欲しいという意味でらしいが。(くみ)全体を束ねる(うえ)でも親分としてはそうしたい。とかね」


「それは取調の席で。鮫淵が言っていたと」


「そう」


「だがまあご法度とは言いますがね。組関係者にとって一番の資金源になるもんです」


「うん」


「そこは鮫淵でも否定出来ないでしょう」


「そうだ。今の奴らみたいな組員にとっては、大事な資金源になりやすいもんだな。だが安紫会では()えてご法度にしている」


「その点、阿麻橘(あおきつ)組はどうなんでしょうね」


「奴らはあの通りだ」


怒留湯は肩をすくめた。


「署では大騒ぎだし。阿麻橘組では特に御法度っていう話は、俺らとしては聞いたことがない」


「では商売(バイ)(おこな)っているという話はありますかね」


「うちの署ではまだ挙げたことがない。そうだよね」


怒留湯は桶結へ尋ねた。


「ええ。ただ」


桶結が言った。


「随分と回りくどい言い方をする気がしますがね、清水さん。どこに本題があるんです」


「じゃ率直に申しましょうか。薬物なんですよ」


怒留湯と桶結は顔を見合わせる。


清水は続けた。


「薬物がらみなんです。そういう情報が入って来ている」


怒留湯は尋ねた。


「うちに話は通してあるの?」


「銃器薬物対策の方ですね」


「ああそうか。押収品の件も含めてね」


「ええ。力江航靖という組員の遺体です。荼毘(だび)に付されて埋葬だって話より少し前になりますね」


「うん」


「頭の部分がなかった。それについても、薬物が絡んでいると考えれば俺らとしても分かりやすい」


「というと?」


「ただ頭をなくしたんじゃない。そりゃ、頭の部分がないというのは物理的な作用が働いたのは間違いありませんがね。その(まえ)段階で薬物の作用もあったかもしれないんですよ。(あと)と言いましょうか。それが胸から上にかけて検出箇所が、そちらへ集中していた。と言えばいいでしょうか」


「何の……薬物なの?」


怒留湯(ぬるゆ)は恐る恐るという感じに尋ねる。


清水はかぶりを振った。


「うちのデータベースにはまだヒットしていないんですよ」


歯朶尾が言う。


「自分で接種したのか、それとも誰かに接種させられたのかってのもまだです」


「分からないと」


桶結。


「ええ。ただ遺体に出来ていた切り口が、安紫会からの押収品と合わない。そうなると、阿麻橘(あおきつ)組内で何らかトラブルがあったとか。あるいは他の組に殺られたとか様々考えられます」


「うん」


「何より、阿麻橘組が薬物に関与しているっていうのはよく分かるってことですね」


「分かったというか判断材料には、なるかもしれないね」


怒留湯が言う。


桶結は怒留湯へ返す。


「阿麻橘組が薬物の商売(バイ)をしているっていう情報は、あまり入って来ていません」


「だが他殺体から出たとすれば、少なくとも関与を否定っていうのは奴らには無理な話になる」


「ガサ入れの時、なんすけれど」


歯朶尾は頭を()きながら、再度発言。


「安紫会の事務所の」


「事務所の?」


怒留湯はトーンが上がった。


「あの時、俺痕跡だけ見つけて上野焼(あがのやき)かなとか言ったやつの話。なんですが」


「うん」


釉薬(ゆうやく)の他にも、ちょっと分からない物質を見つけちゃって」


歯朶尾は言った。


「そいつもデータベースにヒットしないんだな」


「そうなんですよ」


「安紫会の事務所の盗難の件で、十分疑わしい何かが出来たってことだ」


「情況的に言えばってことでしょう」


桶結が言う。


「しかもそれは阿麻橘組の奴らが疑わしい。と」


情況(じょうきょう)的に言えばです」


「まあオケの言うように、確かに情況だ。そういうことになるけれど、敵対勢力同士だからっていう理由も付いてきやすいかな」


「ええ」


「薬物って言ったら組員にとっては、何を置いても一大事だからな。それはご法度だとしても安紫会でも同じことだろう」


「ちょっと分からない物質、と言えば」


清水が言った。


さっきから、ずっとしかめ(つら)だ。


「私個人でも気になることがありました」


「清水さんが、そんなことを言うなんて珍しいです」


歯朶尾(しだお)は眼をぱちくりして、言った。


「いや、今回はいろいろと重なっているっていうのもあるよ。何しろ二千五百円だからな」


「二千五百円」


清水の代わりに今度は、歯朶尾が眉をしかめる番だった。


「清水さんは個人的に、何か動いているということですか」


「まあそうなるかな」


清水は肩をすくめる。


「あ、分かった俺、当ててみるよ。えーと、依頼は個人的なやつでしょう」


「ええ」


「なら九十九(つくも)(がら)みだな」


怒留湯は言った。


「当たり」


清水は怒留湯へ笑って言う。


「ああ。九十九社か。あのガサ入れへ来ていた変な女子が思い浮かびますが」


歯朶尾は面白くなさそうに言った。


「それで、何が『ちょっと分からない』、なんです?」


「それを今、うちのデータと照合しているところだ」


清水はデスク回りへ、溢れた物を示して言った。


「サンプルを収集して来たんだよ。照合していたら、ちょっと気になることが出て来た。だが、()えて何かはまだ言わない。正体不明とでもしておこう」


「そうすか」


歯朶尾は肩をすくめた。


「うちの署のデータと照合。それって、例えば組員とかの?」


「ワンコインの五倍払ってもらっている。その分の働きはする。杵屋(きねや)さんからの依頼だ」


歯朶尾が言った。


「やっぱり」


拗ねている。


「あの変な子か」

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